瘴気患者の浄化
スラリンの治癒能力を使いながら、私たちはやってくる患者を癒していく。
私たちのところにやってくる患者は、スライムによる治癒を受ける代わりに順番を前倒しにしてもらっているので基本的に文句は言わないのでとても楽だ。
「ふむ、小さな傷であればすぐに治癒することができるが、やはり傷が深ければ時間がかかるようだな」
魔物に腕を噛まれた冒険者の足の傷をまじまじと観察するセルビス。
いくつもの砂時計を併用して、治癒にかかる時間も測っているようだ。
「聖女様……」
「すみません、悪気はないので。治癒技術の発展のために少しだけ多めに見てあげてください」
「は、はぁ」
スラリンよりもセルビスに対する苦情の方が多いくらいだ。
セルビスに注意してもやり方が変わらないので、こうやって患者の優しさに甘えるしかない。
やがて治癒が終わると、しっかりと足の様子を確認して送り出した。
「ふー、結構な人数を治癒したね」
患者が出ていくと、私は両腕を上げて伸びをする。
今のところ私が聖魔法で治癒をしているわけではないが、それでも患者と接するには中々に気を遣うものだ。スラリンによる治癒が完全にできているか、しっかりとチェックしないといけないし。
「選別していてもひっきりなしに患者がやってくるので、この治癒院の忙しさが伺えますね」
「まったくだよ」
ここの人たちはこれよりも多い数の患者を毎日捌いているのか。そう考えると、イザベラをはじめとする聖女や見習い聖女の人たちには尊敬の念を抱くばかりだ。
「それにしてもこれだけの数を治癒できるなんてスラリンはすごいね」
既に患者を三十人以上は治癒している。まさか、これだけの数の患者を治癒できるとは思っていなかったので驚きだ。
「ソフィア様、スラリンの体の色が薄くなっていませんか?」
「あれ? 本当だ」
膝の上に乗っているスラリンをよく見ると、若干ではあるが色素が薄くなっているような気がする。綺麗なライム色が色褪せており、心なしか元気がないように思えた。
「……徐々に怪我に対する治癒の時間が遅くなっている。疲労しているのかもしれないな」
患者のデータをとっているセルビスが書類を見つめながら険しい顔をしている。
「そうだよね。いくら治癒能力があっても無限に治癒をすることはできないよね」
聖魔法を使う私たちであっても魔力が無くなってしまえば、治癒をすることはできない。
治癒を使い続けたスラリンにも限界がきているのかもしれない。
撫でてみると心なしかスラリンの肌の潤いがなくなっている気がする。
あまり酷使するのは可哀想だ。
「ソフィア、このスライムに聖魔力を与えてみてはどうだ?」
スラリンの治癒はここまでにしようと思っていたが、セルビスがそんなことを言い出した。
「え? スラリンに?」
「このスライムは、お前の結晶を取り込むことで治癒能力を獲得した。ならば治癒のエネルギー源となっているのは聖魔力であってもおかしくはない」
「なるほど、とりあえずやってみるよ!」
セルビスの仮設には納得できるものがあったので、私は言う通りにやってみる。
指先に聖魔力を灯すと、スラリンがビクリと体を震えさせて寄ってきた。
まるで極上の餌を目の前にしたかのように。
そのままスラリンに聖魔力を注いでやると、スラリンの体は綺麗なライム色を取り戻し、肌つやも良くなった。
「スラリンが元気になった!」
「ふむ、やはり聖魔力をエネルギー源としていたか」
セルビスの仮設は見事に的中しており、本人も渾身のどや顔をしながらペンを走らせている。
「私の聖魔力でも元気になるのでしょうか?」
「確かにそれは気になるな」
「ルーちゃんもやってみて!」
交代して今度はルーちゃんが聖魔力を注いでみる。
すると、スラリンは私の時と同じように喜んで聖魔力を吸収し出した。
「私じゃなくても元気になるみたいだね」
「しかし、ソフィア様の方が食いつきはいいように思えます」
「そこは聖魔力の純度の差だろうな」
ちょっとした差異はあるようだが、私じゃなくてもスラリンを回復できるようになるのはいいことだ。将来的には聖女の頼もしい助手的な位置づけになるかもしれない。
などと希望を見出していると、突如として扉がノックした。
返事すると入ってきたのはイザベラだ。
「ソフィア、すまねえけど、こっちに瘴気患者を回してもいいか?」
てっきりエリアヒールをする準備が整ったのかと思いきや、瘴気患者の浄化依頼だった。
エリアヒール以外にも色々と手伝うつもりだったので、瘴気患者の一人や二人ドンとこいである。
「いいよー」
「軽過ぎだろ。瘴気の症状も聞かねえのかよ」
快諾するとイザベラが肩透かしを食らったかのように言う。
「浄化には自信があるからね」
結界や治癒だなんだとやっていたが、そもそも私の本分は浄化だからね。
魔王の瘴気でもない限り、大抵のものは浄化できると思う。
「それは頼もしいこって。そんじゃすぐに回すからな」
私がそのように返事すると、イザベラはすぐに去っていく。
きっと部下の聖女やメイドに指示を出しているのだろう。
恐らく担架に運ばれてやってくるはずだ。私たちは運び込まれやすいようにイスの位置などを変えて準備する。
「瘴気患者が入ります!」
扉を開けたままにすると、慌ただしい様子で見習い聖女たちが担架に乗せた患者を運んできた。
瘴気に蝕まれているのは冒険者と思われし女性だ。
「う、ううっ……」
なにやら鋭いもので斬り付けられたようで、右腹部に大きな裂傷が走っており、瘴気の影響で傷口が腐敗していた。
「瘴気持ちの魔物に襲われたんです! 俺の仲間は助かりますか!?」
そんな声を上げたのは後ろに控えている冒険者仲間らしき男性。
仲間が瘴気に汚染されて気が気でない様子だ。
「大丈夫ですよ。すぐに瘴気を浄化して、治癒しますから」
見たところ女性を苛んでいる瘴気は腐敗型だ。放置していれば、傷口から徐々に身体が腐敗していくという恐ろしい瘴気だ。
腐敗していく痛みは中々に辛いものなので、速やかな浄化と治癒が求められる。
「あれ? スラリン?」
早急に聖魔法で浄化をしようと思っていると、スラリンが瘴気に汚染された女性へと乗り移った。
「お、おい! そのまま触れればスライムにも瘴気が感染――」
仲間の冒険者がそんな風に焦った声を上げるが、それはスラリンが突如として発光し出したことで中断される。
女性の瘴気の源である右腹部に移動したスラリンが、翡翠色の光を放ち出したのだ。
それはまるで聖魔法の浄化のよう。
「あっ、瘴気が小さくなっている」
呆然と見守っていると、女性を蝕んでいる瘴気が小さくなっているのがわかった。
苦しみの表情を浮かべていた女性が、みるみるうちに穏やかな表情へと変化していく。
「このスライムには浄化能力まであるというのか!」
これにはセルビスやルーちゃんも驚きの様子だ。
まさか治癒だけでなく浄化までできるとは。
しばらく見守っていると、スラリンは女性の瘴気を完全に浄化し、それから裂傷の治癒を始めた。
「え、ええ?」
「安心してください。しっかりと瘴気は浄化されてますし、傷口の治癒も始まっていますから」
明らかに戸惑った様子を見せる女性の仲間に、安心してもらえるように状態の説明をする。
「スライムが瘴気を浄化? それに治癒まで?」
仲間の冒険者は明らかに戸惑っている様子だが、女性が快方に向かっていくのはわかったようで安堵の表情を浮かべた。
「これは素晴らしい。次は瘴気患者のデータをドンドンとるぞ!」
「さすがに瘴気患者はそうポンポンとやってこないから」
相変わらずの反応を示すセルビスに、私は苦笑しながら突っ込んだ。




