ブラックな職場
「……この変わった色のスライムで治癒をさせろねえ」
メアリーゼの手紙を読み終わったイザベラが難しい顔をしながら呟く。
「だ、ダメかな?」
「いいぜ」
「そ、そうだよね。ダメだよね。でも、スラリンの能力はきっと役立つ――」
「人の話聞いてんのか。いいって言ってるだろうが」
「ええっ!? いいの!?」
想像以上に軽い反応に私は戸惑う。
「い、いいの? こっちから提案してるけど、スラリンは魔物なんだよ?」
「それがどうしたよ? こっちは見ての通り、寝る暇もねえくらい忙しいんだ。治癒さえできるなら猫の手でも魔物の手でも借りてえくらいさ」
イザベラの思い切りがいいのもあるけど、それと同じくらい忙し過ぎるんだろうな。
「それに何かあったとしても婆が責任とってくれんだろ?」
「う、うん」
「なら、あたしとしちゃ問題ねえよ。好きにやってくれ」
一見して思考を放棄しているように言ってるように見えるが、先ほどの問いかけには確かな信頼のようなものが見えていた。
イザベラとメアリーゼに何があったのかは知らないけど、互いに信頼しているみたいだ。
「ありがとう。お礼といってはなんだけど私も治癒を手伝うよ」
「本当か?」
私がそう言うと、イザベラが真剣な顔で問いかけてくる。
ただのお手伝い程度だけど、そんな真剣に言われるとビビッてしまう。
「え、あ、うん。そうだけど?」
「よっしゃぁ! それなら後で怪我人をひとまとめにするから後でエリアヒールを頼むぜ!」
「うん、わかった」
戸惑いつつも頷くと、イザベラは嬉しそうにガッツポーズをし、出入口とは別の横にある扉を開けた。
どうやら応接室と控室のようなものが繋がっているらしい。
「おい、お前ら! 怪我人を聖堂に集めろ! 本部からやってきた聖女がまとめて治癒してくれるってよ! 素早く動けば今日は家に帰れるぜ!」
「ほ、本当ですか! イザベラさん!?」
「や、やった! 二週間ぶりに家に帰れる!」
「嘘じゃないですよね!? 嘘だったら教会本部に告発しますからね!」
「ああ、嘘じゃねえよ。他の奴にも声かけてさっさと集めろ」
「「はい!」」
部屋ごしに聞こえる見習い聖女らしき子たちの声。
その声音を聞くと、かなり嬉しそうであるのがわかった。
繁忙期なのに定時で上がっていいと上司に言われた時の社畜みたい。
二週間も家に帰れていないとか、道理でイザベラがスラリンと共に大歓迎してくれるわけだよ。
それからイザベラはスムーズに動き出して、私たちのための診察室を開けてくれた。
割り振られたのは一般的な診察室。ベッドやテーブル、イスの他に消毒液や包帯、ガーゼといった様々な医療器具が置かれている。
さすがに王都の治癒院だけあって設備も充実しているみたいだ。
私が過去にお手伝いしていた時よりも遥かに良い。
「とりあえず、診察室はここな。準備ができたら待機してるメイドに声をかけてくれ。事前に魔物での治癒を受け入れた奴だけ優先的に割り振る」
「うん、わかった」
どうやら。事前に患者に治癒の方法を説明してくれているようだ。
いちいち患者の許可をとるのは面倒だったので非常に助かる。
私が返事すると、イザベラはにこにことしながらも扉を閉めた。
静かになるとセルビスが思わずといった様子で口を開いた。
「最初とは態度が大違いだな」
「まあ、忙しい時は誰だってああなるよ」
私も前世では社畜という生き物だったのでわかる。
余裕がないと他人に優しくできないものだよね。
イザベラもかなり苦労している様子だ。
「こういった聖女不足を解消するためにも、スラリンには期待だよ」
「ああ、そのためにも詳細なデータをとろう!」
私がスラリンを撫でながら呟くと、セルビスが紙とペンを用意しながら意気揚々と言う。
「どこで調達してきたの、その服?」
「宮廷魔導士のローブでは患者が委縮すると注意されてな。メイドに貰った」
セルビスの服装がいつものローブ姿ではなく、男性看護師が身に纏うような白衣になっている。
スラッとした身体つきでありながら、黒髪に眼鏡といった出で立ちなので実に似合っていた。ちょっとグッとくるのが悔しい。
「ということはルーちゃんも!?」
セルビスがそのような理由で着替えているのであれば、ルーちゃんも同じような感じで着替えているに違いない! 見習い聖女服か? それともお手伝いのメイド姿か!?
貴重な光景を焼き付けるべく私は期待して振り返る。
「いえ、私は護衛なのでそのままです」
「ええええええ! なんで!?」
「なんでと言われても着替える必要がないからです」
「仰々しい鎧や剣を見て、患者が委縮しちゃうかも……」
「治癒院に護衛の聖騎士がいるのはおかしいことではありませんよ。現にここにくるまでに数人いたでしょう?」
「そ、そんなぁ……」
ルーちゃんのコスプレ姿を拝めると思っていたので非常に残念だ。
「可愛らしいルーちゃんの見習い聖女姿やお手伝いメイド姿が見たかった……」
「冗談はほどほどにして、そろそろ患者さんを入れてもらいますよ」
イスに背中を預けながら呆然と呟くと、ルーちゃんが呆れながら外に控えているメイドに声をかけた。
それから程なくして扉がおずおずとノックされる。
「どうぞ」
返事をすると、扉がガラッと開いて男性が入ってくる。
頭に巻いた白いタオルに薄いシャツ。ダボッとしたズボンからして大工さんのようだ。
イスに座るように促してから私は尋ねる。
「今日はどうされましたか?」
「仕事でとちって刃物が当たっちまってよう」
そう言って右腕に巻いている包帯を見せてくる男性。
真っ白な包帯は血で滲んでいる。
「怪我の様子を見るために包帯を解きますね」
応急処置として巻かれた包帯を解いていくと、そこには鋭い刃物で裂かれたかのような切り傷があった。
「スライムを使った治癒をするって聞いたけど、それで本当に治るのか?」
訝しんだ視線を傍らに佇んだスラリンに向ける男性。
事前に説明を受けていたとはいえ、不安なのだろう。
「もし、治らなければ私が聖魔法で治癒しますので問題ありませんよ」
「そ、そうか」
にっこりと笑顔で答えると、男性は安心したように頷いた。
そんなやりとりをしていると、スラリンが男性の腕を見てもどかしそうに蠢く。
やはり、傷口といったものに敏感に反応するようだ。
「では、スラリンーーじゃなくて、スライムによる治癒を行いますね」
「あ、ああ」
男性が頷くのを確認して、私はスラリンを持ち上げて右腕に乗せる。
すると、スラリンは体を変形させて右腕を包み込む。
「お、おお」
スラリンに纏わりつかれて戸惑いの声を上げる男性。
どうだろうか? この傷でもスラリンは治癒させることができるだろうか?
などと思いながら注意深く見つめていると、みるみるうちに傷口が塞がっていく。
やがて傷口が完全に塞がると、スラリンは体を震わせて男性の右腕から離れた。
「傷がなくなった。本当にスライムが怪我を治してくれた」
呆然としている男性の右腕を念入りに触診しながらも確認。
セルビスも驚きの様子で眺めてはペンを走らせている。邪魔だけど詳細なデータ採集のためだから仕方がない。
「問題なく治癒されていますね。とはいえ、失った血はすぐに補填されるわけではないので今日は無理をなさらず、ゆっくりと栄養をとって休んでください」
「あ、ありがとうございます」
未だ信じられないといった表情をしていた男性だが、我に返るなり立ち上がって診察室を出ていた。
「セルビス、さっきの人の名前とかも控えている?」
「当然だ。あらかじめメイドからリストを貰っている」
「なら経過観察もできるし安心だね」
スラリンの治癒能力がどこまでかわからない以上、経過観察できるようにしておくに越したことはない。
セルビスの様子からしてその辺りも抜かりはないだろう。
「ルーちゃん、次の患者さんを呼んでもらって」
「わかりました」
私がそう頼むと、聖騎士であるルーちゃんが移動する。
颯爽と動き出す姿はいつも通り聖騎士っぽく凛々しいのであるが、診察している感がちょっと薄い。
「やっぱり、メイド服に着替えない?」
「着替えません」
期待を込めた眼差しで提案するが、ルーちゃんはピシャリと断って扉を閉めた。




