治癒院長
治癒院の中は清潔感があり、とても広かった。
陽光を取り込めるように大きな窓が設置されており、天井には女神セフィロト様が描かれている。廃棄された教会を修繕して作り直した場所なので、とても馴染み深い雰囲気だ。
それだけであれば穏やかな様子なのであるが、見習い聖女やお手伝いのメイドが忙しなく動き回っている。
怪我を負ってしまった患者らしきものが多く並んでいる。
「すまない、重傷だ! 優先させてくれ!」
入り口にいると後ろから冒険者らしきものが怪我人を背負って入ってくる。
それを察した私たちはすぐに端に寄る。
外で依頼を受けて怪我をしてしまった冒険者だろう。背負われた者はぐったりとしていて、地面に血液を垂らしていた。
声を聞いて見習い聖女が駆けつけてくる。
怪我の様子を看ると、速やかに判断して奥の部屋へと案内した。
「判断が迅速だな」
「怪我人の容態に合わせて調節するのが大事だからね」
そうでなければこれだけの人数を捌くことはできないだろう。
「にしても、この雰囲気が懐かしいや」
「ええ、昔を思い出します」
「あっ、ということはルーちゃんもやったんだ?」
「はい、騎士の稽古とは別の意味で死ぬかと思いました」
「二人ともここで働いていたのか?」
「うん、見習い聖女になって治癒を覚えると、稽古代わりにここに投げ込まれるから」
てっきり私だけの代だけかと思っていたが、ルーちゃんの時も続いていたらしい。
ということは、今ここではいずり回っている見習い聖女も、その稽古の一環なのかもしれない。
「実戦で使わせてドンドンと習熟させていくわけか。利に適っているじゃないか」
それを聞いたセルビスは感心したように頷いている。
確かにそうなんだけど、あまりにも患者が多いのだ。
聖魔法を使い過ぎて、常に魔力欠乏症のような状態で動き回るのはとてもしんどい。
だからといって、自分たちが帰ってしまえばその間にやってきた怪我人は重症化したり、死んだりしちゃうわけで。
ああ、思い出すと当時のブラック時代を思い出すようだ。
あまり深く考えるのはやめよう。
「ひとまず、メアリーゼ様の紹介状を持っていくことにしましょう」
「そうだね」
ここでこうして突っ立っていても邪魔になってしまうだけだ。
速やかに用件を伝えてお手伝いをさせてもらうことにしよう。
ルーちゃんが紹介状を持って受付の人に話しをしに行く。
その間、私とセルビスは待機だ。
立場のややこしい私と、宮廷魔導士であるセルビスが行くよりも聖騎士というわかりやすい身分をしたルーちゃんの方が話が早いから。
すぐに話はついたようでルーちゃんに呼ばれて、私とセルビスは職員に案内されて奥へ。どうやら治癒院長に会わせてくれるらしい。
かつては礼拝堂として使われていた場所には、順番待ちらしい患者が座っている。
相変わらずこの治癒院に押しかける患者は多いみたいだ。
周りの様子を伺いながら進むと、やがて私たちは奥の応接室に通された。
そこに座っていたのは不機嫌そうな顔をした女性だ。
燃えるような赤い髪に黄色い瞳。
聖女服をだらしなく着崩しており、気だるそうに煙草を口にしている。
「治癒院長とあろうものが煙草を吸うとは何事ですか」
「うるせえ。そんなこと知ったことか。忙し過ぎてこれでもやってないとやってられねえんだよ」
ルーちゃんが咎めるような声を上げるが、女性は知ったことがないとばかりに煙を吐き出した。その煙を受けて、ルーちゃんが煙たそうにする。
とても敬虔な聖女とは思えない出で立ちと口調だ。
女性は短くなった煙草を口から離すと、荒っぽい手つきで灰皿にぐりぐりとする。
「ったくよ、婆からの使いが何の用か知らねえけど、こっちは忙しいんだよ。聖騎士だか誰だか知んねえが用件を早く言ってくれ」
やはり、忙しい治癒院で働いているだけあって余裕がないらしい。
顔を見ると青白くなっており魔力欠乏症になっていることがわかる。あまり眠っていないのだろう目元にクマも残っていた。
「……もしかしてイザベラ?」
赤い髪に荒っぽい口調や態度。特徴あるそれらは私の記憶に鮮明に残っていた。
「あん? そうだが、それがどうしたって言うんだよ?」
「私だよ、私! ソフィア! この顔を見て、わからない?」
「はぁ? あたしには聖女の知り合いなんて大して――おわーっ! ソフィアか!?」
傍に近づいて顔を見せると、イザベラが目を大きく見開いてイスから転げ落ちた。
「わわっ、大丈夫?」
「なんでソフィアがここにいやがんだ!? お前はアブレシアの地下で瘴気を浄化中だろうがっ!?」
まるで幽霊でも見るような怯えっぷりにこっちも少し傷つく。
だけど、私が目覚めたことを知らなければそのような反応をするのも当然だ。
「公表していないけど、瘴気を浄化して目覚めたんだよ」
「だからって、おまっ、おまっ、顔が……」
パクパクと口を開いたり閉じたりしていたが、イザベラは深呼吸をして立ち上がる。
「ちょっと待て。落ち着きたいから一服させろ」
こちらの返事を聞くこともなく、達観したような表情で煙草に火をつけて咥えるイザベラ。
彼女なりに気持ちを落ち着けたいらしい。
「ソフィア様、ここの治癒院長とはお知り合いだったのですか?」
「うん、元同期っていったところかな?」
「元というのはどういう意味だ?」
ルーちゃんの質問に答えると、セルビスが突っ込んだ質問をしてきた。
私が曖昧な答え方をしているから、そこは察して突っ込まないでほしいんだけど。
「幼い頃のあたしは、稽古に耐えられなくて逃げ出した逃走組だからな」
どうしたものかと考えていると、煙を吐きながらイザベラが答えた。
イザベラと私は同じ時期に教会本部にやってきた同期だ。
しかし、彼女は三年ほど修練を積んだ末に、突然行方をくらましてしまったのだ。
「それならば私と似ていますね。私は才能が無く、途中で聖騎士へと変わりました」
「どこが一緒なもんか。あたしは稽古に耐えられなくて逃げ出したどうしようもねえ奴だよ。しっかりと稽古を重ねて、自分の手で新しい道を掴み取ったてめえとは違う」
ルーちゃんの言葉を聞いて、吐き捨てるように言うイザベラ。
「でも、イザベラもその服を着てるってことは、今は聖女になったってことでしょ? それって全然すごいことじゃん。そんな風に自分を卑下するのはよくないよ」
「ちっ、相変わらずてめえは真っすぐだな。やりにくくてしょうがねえ」
そんな風に言いながら視線を逸らすイザベラ。
ちょっと照れているらしく顔が赤くなっていた。
「色々あったけど、またこうして会うことができて私は嬉しいよ!」
「やめろ、ベタベタするな!」
イザベラに抱き着くと、彼女は慌てた様子で私を引き剥がそうとする。
消毒液と煙草の入り混じった匂いだけど、不思議と臭くは感じなかった。
「えー? いいじゃん。貴重な同期でしょ?」
「そんな風にじゃれつくような年齢でもねえだろうが――って、てめえ何でそんな若えんだよ。あたしと同い年のはずだろ!?」
今頃気付いたのかまたしてもギョッとしたような顔をするイザベラ。
つっけんどんな態度をしているが表情が豊かで突っ込みがとても鋭い。
「色々と話が積もるのはわかるが、そろそろ話しを進めてくれ。時間は有限だ」
などと懐かしがって笑っていると、セルビスがやや苛立ちを募らせながら言った。
早くスラリンの研究データがとりたくて仕方がないようだ。
「そうだな。てめえらは一体なにしにやってきたんだよ」
「まずはこれを読んで」
私は紹介状とは別の手紙をイザベラに渡した。




