聖女の未来のために
サレンに案内してもらった私たちは、メアリーゼの執務室へ。
いつものようにノックして入室の許可を貰った私たちは、ゾロゾロと室内に入った。
「……おや、今日はセルビスさんもいますね」
「少し邪魔させてもらう」
セルビスを見て物珍しそうな顔をしているメアリーゼ。
その表情はサレンと同じく疲れ気味だ。お年を召しているからか、余計に疲れているように見える。
執務室のテーブルには山積みになった書類がいくつも重なっていた。いつもそれなりの量の書類が積み上がっているのを目にしたが、今回は群を抜いている。
きっと、ウルガリン奪還のせいで色々な決済書類や報告書が必要になっているのだろう。
「ごめんね、私のせいで忙しい思いをさせちゃって」
「いえいえ、これが現場に立つことのできない私の仕事であり頑張りどころですから。気にしないでください」
申し訳なさからそのよう言うと、柔らかな表情で述べるメアリーゼ。
ううっ、なんというカッコイイ言葉だろうか。前世の会社の重役たちはメアリーゼの爪の垢を煎じて飲んでもらいたい思いだ。
「ちょっと楽になる魔法をかけてあげるね! 『ヒール』」
「ありがとうございます。普段から自分にもかけていましたが、ソフィアの方が遥かに効果が高いですね。さすがです」
「えへへ」
元はメアリーゼもかなり実力のあった聖女だ。そんな彼女から聖魔法を褒められるとやはり嬉し
い。
「それで今日はどうされましたか? 労いにきてくれただけというのもありがたい限りですが、セルビスさんもいらっしゃるので違うのでしょう?」
「実は……」
そう尋ねてくるメアリーゼに私はスラリンを見せて、もろもろの説明をした。
すると、メアリーゼは目を丸くして感心したようにスラリンを見つめた。
「なるほど、治癒の能力を持ったスライムが……」
「どうかな? 治癒院で治癒させてみるっていうのは?」
「本当に治癒をする能力があるのですか?」
「私が少し実演してみましょう」
メアリーゼの問いかけにルーちゃんがそう言って前に出る。
自らのナイフで指先を当てると、針で刺したかのような小さな血の雫が出てくる。
よかった。セルビスのように無言で大きな傷を作らなくて。
目の前で急に自傷されると本当に怖いから。
ルーちゃんは血の雫が浮かんだ指をスラリンに近付ける。
すると、スラリンがそれを呑み込み、瞬く間に傷口は治癒された。
「聖魔法でもなく、治癒ポーションを使うこともなく治癒ができるとは……ッ!」
これにはメアリーゼも驚いている様子だ。
「しかし、その治癒がどこまでの発揮できるのかわからない。このスライムの力を解明し、有効活用することができれば聖女不足の解消の一助にもなるかもしれない。どうかこのスライムでの治癒の許可を貰えないだろうか?」
などと真摯な態度で願い出るセルビス。
その様子を見て私とルーちゃんは詐欺師を見るような視線を向けた。
完全に屋敷で言った私の台詞の丸パクリだ。
ここまで見事にパクられると逆に清々しさすら覚えるから不思議だね。
セルビスの言葉を聞いたメアリーゼはしばらく悩んだ末に、
「本来であれば、治癒院に魔物を連れ込むなど言語道断ではありますが特別に許可いたしましょう」
「本当!?」
「保守的な考えばかりでは進歩いたしませんからね。このスライムが我々の力になってくれることになれば、将来的に聖女の負担は大幅に激減するでしょう。聖魔法を扱う聖女たちの重荷を少しでも下ろしてあげたい。私はそう思いました」
「メアリーゼ、ありがとう!」
「いえいえ、難しいことは私にドンと任せてくれればいいのです。そのために偉くなったようなものですから」
やっぱり、メアリーゼはどれだけ偉くなってもメアリーゼのままだ。
いつも皆のためのことを考えて行動してくれる。私たち勇者パーティーが魔王を討伐できたのは、彼女のような立派な大人がいたからに違いない。
「それでは治癒院への紹介状を書いておきますね。これを見せて説明すれば、職員も納得してくれるはずです。なにかあったとしても責任は私がとりますから」
「わかった」
大司教ほどの人物が責任を持つといってくれた。これほど頼もしい言葉はない。
「その代わりになるのですが、できれば治癒院の治癒も手伝っていただけますか? なにかといつも苦労している様子なので」
「うん、スラリンの治癒だけでなく、私もお手伝いするね!」
さすがにスラリンのデータ採取だけのために行っては心象もよくないだろうし、元から手伝うつもりであった。
お邪魔させてもらう以上は、それなりに役に立たないとね。
●
メアリーゼから紹介状を貰った私たちは、教会本部を出て治癒院へと向かう。
「む? キュロス馬車を使わないのか?」
「治癒院までそう遠くないし、道が入り組んでいるから歩いた方が早いよ」
「そうか。ならいい」
私がそのように説明をすると、セルビスは納得したように頷いて付いてきた。
ここ最近はなにかとキュロス馬車での移動が多かった。たまにはこうやって徒歩で行くのも悪くない。
「ちなみに大司教から紹介された治癒院はどこなんだ?」
「南区にある治癒院だよ」
「王都の治癒院で一番大きく、患者が途絶えないことで有名な治癒院です」
そう、ルーちゃんの言う通り、南区の治癒院は有名だ。
大きな城門から近くに建っているために怪我人が最短ルートで運ばれてくる。
王都の市民だけでなく、王都にやってきた旅人、負傷してしまった冒険者や見習い騎士、見習い聖女なんかがごちゃ混ぜになって搬送されてくるので患者が途絶えることがないのだ。
常に生死に関わる治癒をする様は、まるで戦場のようだと例える者もいる。
「ほう、それは良いな」
「なにが!?」
私とルーちゃんの説明を聞いて、どうしてそんな言葉が出てくるのか不思議だ。
「データになる患者は多いに限る」
「セルビス、不謹慎だよ」
相変わらずセルビスは研究のことになると、周りへの配慮がなくなるな。
治癒院に付いても余計なことを喋らないようにルーちゃんにしっかり見張っていてもらおう。
私がアイコンタクトをすると、ルーちゃんは察してくれたのかしっかりと頷いた。
後ろの魔法使いに空気を読むという言葉はきっと無いからね。
そうやってしばらく南下して進むと、石造りの教会が見えてきた。
「あれが南区の治癒院だよ」
「どう見ても教会ではないか?」
「老朽化していた教会を修繕し、そのまま治癒院として使用しているのです」
かつては教会が設置されていたが歳月による経年の劣化によって廃棄された。
昔は治癒院の数も少なく、城門から遠いせいか搬送中に亡くなってしまう怪我人も多かった。
それを憂いたメアリーゼが修繕と建て直しを買って出て、出来上がったのがこの治癒院である。
「ほう、実に賢い立ち回りじゃないか」
「でしょう? メアリーゼはすごいんだよ!」
「お前の大司教自慢は聞き飽きた。それよりも中に入るぞ」
私がメアリーゼの素晴らしさを布教しようとすると、セルビスが素っ気なく言って進み出した。
……セルビスが冷たい。




