治癒の許し
「ソフィア、治癒院に行くぞ」
ウルガリン奪還事件から活動を自粛して屋敷でのんびりとしていると、セルビスが押しかけてきてそんなことを言った。
――治癒院。
それは聖女や見習い聖女が常駐して人々の治癒や浄化、解呪をする医療施設である。
勿論、教会本部や支部でも治癒はしてくれるが、人口の多い街などでは追い付かないために専門の医療施設としていくつも設立されている。
当然、王都のような大きな街にはいくつもの治癒院があった。
「急にどうしたのセルビス? 怪我したのなら私が治してあげるけど?」
怪我をしたのならば教会、あるいは治癒院に駆け込むのが普通であるが、ここにいるのは一応大聖女だ。別にそんなところに行かなくても大抵の怪我は治せる自信がある。
「俺は怪我などしていない」
「じゃあ、なんで治癒院に向かうの?」
「そのスライムのデータをとるためだ」
首を傾げると、セルビスはソファーに鎮座しているスラリンを指さした。
「スラリンの?」
「そのスライムが、どこまでの怪我ならば治癒できるかのか。あるいは聖女と違って聖力や魔力を消費することなく、治癒し続けることができるのか検証したい」
「なるほど! もし、スラリンみたいな治癒能力をもったスライムが今後も生まれれば、治癒院は大助かりだし、聖女不足の解消の一助にもなるしね!」
「う、うむ、それもそうだな」
あっ、この歯切れの悪い反応はそこまで考えての提案ではないようだ。
ただ目の前にある未知の存在に対する探究心のような気がする。
「そういうわけで治癒院に行くぞ!」
私がジットリとした視線を向けると、セルビスが誤魔化すかのように言う。
しかし、それに待ったをかけたのがルーちゃんだ。
「お待ちください、セルビス様。教会の者に声をかけていますでしょうか? 治癒院という場所の性質上、セルビス様といえど突然の来訪は歓迎されないものとなります」
「治癒院はいつも忙しいしね」
それに治癒院は人の生死に関わる仕事だけあって、勤務している人たちも真面目だ。
いくらセルビスであろうと部外者が入り込むことは難しい。
聖女ということになっている私でも、公的な書類がないと難しいだろう。
「む、そうか。では、サクッと許可をもらいにいくぞ」
私たちがそのように言ってみせると、さすがのセルビスも納得してくれたようだ。
というわけで、私たちはスラリンによる治癒の許可をもらうために教会本部に向かうことにした。
●
キュロス馬車に乗って教会本部にたどり着く。
「うわー、すごい数のキュロス馬車だね」
昨日のウルガリン奪還があったせいだろう。教会本部にはすごい数のキュロス馬車が並んでいた。
普段管理しているキュロスや馬車の数よりも遥かに多い。きっ色々なところに声をかけて、貸してもらっているのだろう。
「恐らく、ウルガリンに拠点を作るための応援部隊でしょう」
昨日のうちにそれなりの聖女や聖騎士が急遽派遣されたと思うが、防衛都市の大きさを考えると心許ないのだろう。
増援と思われる聖女や聖騎士だけでなく、環境を調べるための研究員や学者なんかも乗り込んでいる。
他にも簡易拠点を設立するための職人や木材をはじめとする資材、食料などがドンドンと積まれてキュロス馬車が出発していく。以前にも増して教会本部は大慌てだ。
そんな忙しそうな光景を横目に見ながら、私たちはいつものようにキューとロスカを預けて中に入
る。
慌ただしく見習い聖女や職員、メイドが行き交う中、私は見覚えのある元同僚を見つけた。
「あっ、サレン!」
「今度はどうしたのソフィア?」
受付嬢であるサレンに声をかけると、やや疲れた感じの表情だ。
綺麗な笑みはぎこちなく、どことなくいつもより声が低い。
「大丈夫? なんだか顔色が悪いけど?」
「誰かさんが急遽防衛都市を奪還してくるものだから、こっちは人員の派遣やら手続きで忙しくてね」
「あうー、ごめんなさい」
などと呑気に聞いたのがいけないのだろう。サレンに掴まって頭をぐりぐりとされてしまった。
そうですよね。あんな出来事があって定時に帰れるわけがないよね。
顔色の悪さと目に浮かんだクマから見るに、きっと徹夜に違いない。
「とりあえず、『ヒール』をかけておくね」
このままだと申し訳ないので私はサレンに聖魔法の治癒をかけてあげる。
「『ヒール』って、別に私は怪我をしているわけじゃ――あら? 身体が軽いわね?」
「ちょっと使い方を変えれば肉体的な疲労も癒すことができるんだよ。あくまで応急処置だけどね」
「……ただのヒールでもそんな風に使い分けられるなんてさすがね。ありがとう、ソフィア。大分楽になったわ」
疲労除去のヒールは少し効いたみたいでサレンの顔色は大分マシになっていた。
旦那さんやお子さんもいるんだし倒れたら大変だからね。
「それで今日はどうしたの? また街を奪還してきたとか言うんだったら、さすがに私もブチ切れるわ」
「さすがに私もそんなことはしないよ」
笑みを浮かべながらサラッと不穏な言葉を漏らすサレン。
疲れがたまっているせいでいつもよりも発言が過激だ。
「今日は治癒院での治癒の許可を貰いたくてね」
「あら、治癒院なら今はどこも手が足りていない状況だから、ソフィアが行けば即戦力として歓迎されるに違いないわ。すぐに手続きを進めてあげるわね」
そのように言うと、サレンが嬉しそうにいそいそと書類を手にする。
二十年前もかなり忙しい職場だったけど、この時代でも忙しいのには変わらない職場のようだ。サレンがやけに嬉しそうに手続きを進めようとするのが怖い。
「待って。治癒をするにあたって、一つだけ試してみたいことがあるんだけど……」
「試したいことって?」
首を傾げるサレンの前に、抱えていたスラリンをずいっと差し出す。
それを訝しんだサレンだけど、すぐに気付いたようで驚きの表情を露わにした。
「変な色のスライム……だけど、聖力を帯びてる!?」
「そう! そして、この子には治癒能力があるんだ」
「えっ、本当に!?」
「うん」
「……わかったわ。でも、私だけじゃ判断できないからメアリーゼ様に相談しましょう」
さすがにサレンの一存だけでは判断できないようだ。それもそうだよね。
とはいえ、突き返されなかっただけでもこれは大きい。
サレンからそのように言われた私たちは、教会の奥へと進んでメアリーゼの執務室に向かった。




