ソフィアポーション?
セルビスが外にいるキューとロスカを観察してブツブツ呟く中、アークが口を開いた。
「スライムを触ってみてもいいかい?」
「いいよ」
セルビスと違ってシンプルな好奇心というのがわかるので快く返事する。
すると、アークは手を伸ばしてスラリンを優しく撫でた。
「久しぶりにスライムを撫でてみたけど、手触りがいいね。育てる手間もほとんどかからないって聞くし、うちでも飼ってみようかな」
「飼うべき! きっと、家族の皆も喜ぶはずだよ!」
「リアスとも相談して前向きに検討しようかな」
などとアークが考えながら撫でていると、スラリンが蠢いて手に纏わり出した。
「はは、僕の手はご飯じゃないんだけどなぁ」
じゃれついていると思っているアークであるが、なんだかそうじゃない気がする。
まるで私の結晶の呑み込んだ時のような意思を感じた。
注意深く観察していると、アークの指にあった切り傷がスッと無くなった。
「ああっ! アークの指の切り傷が消えた!」
「本当だ。書類で切った傷が無くなっている。一体、どうして?」
スラリンから手を離し、まじまじと己の指を見つめるアーク。
「傷が塞がっていくのが見えたけど、まさかスラリンが治癒してくれた?」
「聖力を宿していたことだし、あり得ないことではないね」
などと考察していると、傍で様子を見ていたセルビスが突然ナイフを取り出す。
それから自分の手をサッと斬り付けて、傷を作ってみせた。
血が滴り落ちないようにハンカチで拭ってくれているが、それなり大きな傷だ。
「ちょっと、セルビス!?」
「今のではわかりにくい。もっと詳しい様子が見たい」
ハッキリ見たいのはわかるけど、やるなら一声かけてほしい。
流れるように自傷されると、傍にいる私たちとしては堪ったものじゃない。
セルビスが傷をつくった手を差し出すと、スラリンはその怪我を覆うように纏わりついた。
そのまま観察していると、傷口が小さくなっていった。
アークの時と違って、傷口が大きいのでハッキリとそれがわかる。
まるで聖魔法で治癒をかけている時のようである。
「どうやら少しの怪我なら治すことができるようだな。興味深い生態だ」
深い笑みを浮かべながら治癒していく傷口を見つめるセルビス。
完全にマッドな研究者だ。
「結晶を呑まれたのは痛かったけど、結果としてすごいスライムが生まれたからいいよね?」
「あ、ああ。このスライムに能力がどれほどのものかはわからないけど、もしかしたら今後大きな力になってくれるかもしれないしね」
うちのペットが希少な結晶を呑み込んでしまって申し訳なかったが、結果として新しい力と発見を得ることができたのなら大いにプラスだと思う。
「場合によってはソフィアポーションよりも大きな期待ができるかも」
などと喜んでいると、アークが妙な言葉を口走る。
今、変な単語が聞こえた。
「ちょっとアーク。ソフィアポーションってなに?」
「え? このポーションのことだけど? 原料はソフィアの結晶だし、治癒と浄化という奇跡を体現化した画期的なポーションだから、いい名前だと思うんだけど」
「却下! 普通に浄化ポーションでいい!」
ただでさえ、恥ずかしい銅像とか劇とか色々あるんだ。これ以上、変な名称のものは増やさないで欲しい。
断固とした態度で却下すると、アークはしょんぼりとした。
●
「なるほど、私たちが稽古している間にそんな事があったのですね」
稽古が終わるなり、リビングに戻ってきたルーちゃん、フリード、ミオに私は先程の出来事を語った。
ちなみにランダンを含めて、アークやセルビスは帰っている。
ウルガリン奪還による魔神の調査の調整や、浄化ポーションなどについて色々と調べたいらしい。私のせいで色々と忙しくさせてしまって申し訳ない思いだ。
「……ソフィアの結晶を原料にしたポーション。ソフィアポーション」
「違うよ、ミオ。それは浄化ポーションだからね?」
まじまじとポーションを見つめながら、間違った言葉を呟くミオを窘める。
アークと同じ名称で呼んでいる。本当にその名前で定着しそうになるのでやめてほしい。
「まさか、キュロスだけでなくスライムまで聖力を帯びるとは……にしても、昔から思っていたが、ソフィアはちょっと目を離すと色々な出来事を引き起こすな」
「一見して普通の人に見えますが、歴代の聖女の中でも随一のトラブルメーカーですから」
「……わかる」
「ええっ!?」
神妙な表情で意気投合してみせるフリードとルーちゃん。
思っていたよりも辛辣の評価に聞いていた私は驚愕せざるを得ない。
私って、そんな評価をされていたのだろうか。納得いかないけど、ここ最近は特に色々と起こしているので何も言えなかった。
「さて、ミオ。俺たちもそろそろ帰るとしよう」
なんともいえない空気が漂う中、フリードがそう言って立ち上がった。
教会の墓地で再会してから、勢いで屋敷に連れ込んで泊まらせてしまった。
まだ王都に戻ってきて間もないことだし、教会本部に顔を出して今後の予定やら仕事やらを尋ねる必要があるだろう。ずっとここで遊んでいるわけにもいかない。
フリードのそんな言葉を耳にしたミオは不安そうな顔をしていた。
「大丈夫。また急にいなくなったりしないから。基本的にこの屋敷にいるから、暇になったらいつでも遊びにきて」
「……うん、わかった」
そう言ってミオの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑って抱き着いてきた。
前回はお別れを言うこともできなかったけど、こうして目覚めた今では違う。
いつでも会って喋ることができるのだ。だから、お別れを過剰に寂しがる必要はない。
「ルミナリエ、次こそは決着をつけるぞ」
「いいでしょう。次は鼻の下を伸ばさないようにすることですね」
「べ、別に鼻の下など伸ばしていない! 変なことを言うな!」
私たちが挨拶を済ませると、フリードとルーちゃんがそんな言葉を交わしていた。
年の近い聖騎士だけあってかこちらも非常に仲がいい。
フリードがきてからルーちゃんも気合が入っている様子なので、このまま互いを高め合えるような良き関係を維持してほしいものだ。
「それじゃあ、世話になった」
「……またくる」
ひとしきり挨拶が終わると、フリードとミオは屋敷を去っていった。
二人の姿が見えなくなると私はルーちゃんの方に向き直って、両手を広げる。
「さあ、ルーちゃん。今日は私に甘えてもいいよ!」
「いきなりどうしました?」
「昨日、今日はミオに構いっぱなしだったから、ルーちゃんが寂しかったかなーって思って」
「……別にそのようなことはありません」
私がそのように言ってみせると、ルーちゃんはプイッと顔を背けて屋敷へ戻る。
「えー? うそー? 本当に寂しくなかった?」
「私はそのような子供ではありませんから」
などと言い張るルーちゃんであったが、夜は同じベッドで眠ってくれた。
ミオも可愛いけど、やっぱりうちの聖騎士が一番可愛い。




