スラリンの変化
私のポーションの服用についての感情はひとまず脇に置いて、ポーションの浄化について尋ねることにした。
「確かそのポーションは浄化もできるんだったよね?」
「実際に汚染区域に赴いて使用した結果、それなりの範囲を浄化することができた。どの程度の強さの瘴気や、最大範囲まで浄化できるのかはまだ不明で検証の余地はあるが、瘴気に侵されていた大地が蘇ったのは確かだ」
「じゃあ、それをたくさん作ることができれば、汚染区域を取り戻すことができるんじゃ!」
「さすがにそれは難しいだろうね。このポーションがどこまで通用するかあやふやだし、原料となる結晶も有限だから」
「そ、そっか」
思わず興奮して口にした私の言葉であるが、アークの冷静な意見で我に返る。
ポーションを汚染区域に散布してあっという間に浄化し、次々と大地を取り戻す。
なんて希望を抱いていたが、そもそも原料になっているのは私の結晶だ。
それは有限であり、世界にある汚染区域を浄化できるほどの量は到底賄うことはできないだろう。
「ごめんね。落ち込ませるようなことを言って……」
「ううん、私の考えが足りなかっただけだから」
私が勝手に期待して落ち込んだだけだ。アークがそんな風に謝る必要はない。
「これさえ量産できれば、ソフィアをはじめとする聖女の負担が大きく軽減できるんだけど」
申し訳なさそうな表情で呟くアーク。
対面にいるセルビスもわかりづらいがしょんぼりとしている感じがする。
魔王を倒してからもアークやセルビスは、人類の発展のために必死に頑張ってくれた。
取り分け、アークは私のような犠牲者を多く出さないためにも聖女の育成や補助には力を入れてくれたという。
聖女にかかる重圧の解放を望んでいるのは、私だけじゃなかった。
その気持ちが痛いほどに伝わってきて、心が温かくなる。
「そんなに苦しそうな顔しないでよ。アークやセルビスのお陰で世界安定しているし、助かっている人も大勢いるんだから」
「……ありがとう、ソフィア」
励ますように背中を叩くと、アークは若干泣きそうな顔になりながらも笑ってくれた。
「私たちのできるペースで確実に前に進んでいこう」
「そうだね」
「ということは、このポーションの運用については問題ないというわけだな? なにせこれさえあれば、助かる人は多いに増えるだろうしな」
一連の会話を聞いて、セルビスがニヤリと笑った。
「う、うう、うん」
あんな風に言った手前、やっぱり恥ずかしいからダメなどと言うことはできない。
しばし感情との葛藤があったが、私は渋々ながら頷いた。
すると、セルビスが満足そうな顔で笑う。
くっ、私たちの感動的な会話をそんな風に利用するなんて。
ぐぬぬぬと腹黒眼鏡の顔を見て歯噛みしていると、膝の上に乗っていたスライムがずいずいと動き出した。
「はー、スラリンを撫でていると心が安らぐー」
「スラリン?」
「今、考えたこの子の名前」
「キュロスの名づけといい安直だな」
「ほっといて! 呼びやすいのがいいんだよ! ねー、スラリン」
スラリンに言い聞かせるように呟くが、当の本人は気にした風もなく膝の上を進んで行く。
なにか気になるものでもあるのだろうか。
撫でるのをやめて解放すると、スラリンは粘着質な体を利用してテーブルに移った。
それから結晶のところへとうじうじと近づいていく。
結晶の傍にやってくるとスラリンはそれをジーッと見上げた。
「どうしたの? 結晶が珍しいのかな?」
などと微笑ましく眺めていると、突如スラリンが結晶を呑み込んだ。
「ああっ!? ソフィアの貴重な結晶がっ!?」
これには何となしに眺めていたアークやセルビスも激しく動揺している。
杖や聖女服といった材料にできるだけでなく、貴重なポーションの材料にもなる結晶だ。
その貴重さを再認識した後に、スラリンの餌になるのは何とも勿体ない。
雑食だとは知っていたが、まさかこれを好んで丸呑みするとは予想外だ。
「こら、スラリン! ぺってしなさい! ほら、ぺって!」
思わず抱き上げてスラリンを背中? から叩いて吐き出させようとするが、一向に吐き出す気配がない。
「直接、手をねじ込んで取り出せ!」
セルビスに言われて、荒っぽくも手をねじ込んでみる。
「あ、あれ? なんかガッチリと固定されていて取れない!」
結晶に触れることはできるのであるが、ガッチリと内部でホールドされていて全く動かない。スラリンからこれは絶対に渡さないというような強い意思を感じる。
「餌もちゃんと与えているし、傍にはお茶菓子だってあるのに!」
よりによって、どうしてこんな硬そうなものを食べようとしているのかわからない。もっと他にいい餌がたくさんあるよね!?
「どけ、ソフィア。俺が魔法で焼いてやる」
「やめて! 拾って名前までつけたところなのに殺しちゃうなんてあんまりだよ!」
躊躇なくそのようなことを言うセルビスから守るように、私は身体で覆うようにスラリンを守る。
確かにそれが確実かもしれないけど、名前をつけたばかりのペットが可哀想だ。
「おい、貴重な結晶とスライム一匹の価値だ。比べるまでもないだろ」
「それでも嫌だ!」
セルビスの言葉に私は駄々をこねるように反対する。
アークもセルビスと同じ気持ちなのか、いつものようにとりなしてくれることはない。
まだ一緒に過ごした時間はそれほどでもないけど、疲れた時に撫でさせてもらって何度も癒された。枕代わりにして一緒に眠った夜もある。
そして、なによりこれだけ懐かれれば情も湧くというものだ。
貴重な結晶のためとはいえ、可愛らしいスラリンを殺したくなんかない。
必死になってスラリンを抱きしめていると、突如として胸の中が光り出した。
「スラリン……?」
光っているのは胸の中にいるスラリンだ。
正確には体内にあった私の結晶が強く輝いている。
結晶は徐々に溶け出すかのように小さくなり、やがて体内から消失。
光が消え去る頃には、ライム色をしたスラリンが残っていた。
「結晶が消えて色が変わった?」
セルビスが呆然と呟いた通り、キューとロスカのようにスライムの色が変わった。
「それだけじゃない、聖力も帯びている」
「本当だ」
キューとロスカの変化と同じように、色が変わっただけでなく聖力も宿っていた。
とはいえ、前例があったので、戸惑いこそしたものの私は落ち着いていた。
「また私に影響されたのかな?」
「またって、どういうことだい?」
ウルガリン奪還の経緯については話したが、キューとロスカの色が変わったことについては二人に話していなかったな。
戸惑った様子の二人に、スラリンだけでなくキューとロスカにも同じ変化があったことを告げる。
「ほら、窓から見えるでしょ?」
ちょうど庭で優雅に散歩をしているキューとロスカを指さす。
教会本部では敷地面から出歩かせるわけにはいかなかったが、ここは私の屋敷なので自由に敷地を歩かせている。
勿論、二匹はとてもお利口さんな ので、勝手に屋敷の中に入ってきたり、外に出たりはしない。
「本当だ。体毛の色が見たことのない色だし、聖力も帯びている」
これにはアークも驚愕している。
自らがプレゼントしたキュロスが、あんなにも色違いになっていたら驚くのも当然だろう。
そんな中、セルビスは酷く真面目な表情でこちらに振り返る。
「お前の身体を調べたい。一度、俺の研究室にこないか?」
「絶対嫌だよ」
これまで生きてきた中で最低の誘い文句を聞いた。
セルビスの研究室で身体を調べるなんて、一生のお願いくらい信じられない。
身体のすみずみまで調べられて、とんでもない目に合いそうだ。
「ちっ、後でキュロスの毛でも採取しておくか」
「落ちてる毛だけだからね! 無理矢理抜いたらダメだよ?」
「わかってる」
ぼそりと呟くセルビスにきちんと釘を刺しておく。
放っておくと勝手にキュロス舎に忍び込んで無理矢理採取しそうで怖いから。




