やっぱり人見知り
翌朝、響いてくる乾いた音で目を覚ました。
「……うん?」
外から響いてくる音が気になって、ベッドからむくりと身体を起こす。
同じベッドにいるミオはまだ寝息を立てていたので、起さないようにベッドから這い出る。
カーテンを少し開けると、中庭ではルーちゃんとフリードが木剣で打ち合い稽古をしていた。
早起きしていきなり稽古とは二人ともとても元気だな。
二人の場所が入れ替わり、舞でも踊るかのように剣が合わさる。
洗練された動きというのは、素人が見ても美しいと感じられた。
「……ん、んん、ソフィア?」
二人の打ち合い稽古を眺めていると、窓から差し込む光で起きてしまったのだろう。ミオが瞼を擦りながら上体だけを起こす。
まだハッキリと意識が覚醒していないのだろう。
ストレートの黒髪は寝癖がついており、瞳は焦点が合ってないかのようにぼんやりしている。
私も朝には強い方ではないが、ミオは私よりも弱いようだ。
「ごめんね、起しちゃったね」
「……この音、なに?」
「ルーちゃんとフリードが中庭で稽古してるみたい」
「……フリードが?」
「私は見に行くけど、ミオはもう少し寝てる?」
「……私も見る」
尋ねると、ミオはこくりと頷いた。
そういうわけで私とミオは寝室を出て、中庭に面して廊下の縁に腰をかける。
すると、後ろからススッとエステルがやってきた。
『おはようございます、ソフィア様、ミオ様』
「おはよう、エステル」
「……おはよう」
今日もとても元気のいい笑顔である。朝から元気をもらえる思いだ。
「エステルはレイスなのに朝から元気だよね」
「……確かに」
人間である私とミオよりも、よっぽどシャキッとしている。
『最初は日の出ている内はしんどかったんですが、少しずつ鳴らしていると平気になりました』
二十年も暮らしている内に耐性がついたのだろう。
高位のアンデットの中には、最初から同じような耐性を備えているものもいるので珍しいことではない。
『それに今は新しいご主人様にお仕えすることができて嬉しいんです。朝だからといって休んでいるわけにはいきませんから』
「エステル……」
頬を掻きながら健気な笑みを浮かべるエステルがとても尊い。
『え、えっと、ホットミルクをどうぞ!』
「ありがとう」
自分で言って少し恥ずかしくなってしまったのだろう。エステルが照れを誤魔化すようにマグカップを差し出してくれた。
ちょうど目覚めの一杯が欲しかったところなので、私とミオは有難く受け取る。
マグカップがじんわりと手を温めてくれるのを感じながら、チビチビとミルクを口に含む。温かく柔らかなミルクの味が、起きたばかりの胃に優しく染み渡る。
そして、私たちの視線の先には木剣を交わしているルーちゃんとフリードの姿が。
先ほどから絶えることなく乾いた剣戟の音が響き渡っている。
「ルーちゃんとフリード、どっちが強いんだろう?」
「……フリードに決まってる」
などとなんとなしに呟くと、ミオが力強く断言した。
自信満々な一言に、私の中の闘志が湧き上がる。
「いいや、ルーちゃんだね」
自分のパートナーを務める聖騎士だ。
やっぱり、自分の聖騎士ほど強く合ってほしいと願うのは当然だった。
ミオと私の視線がぶつかって火花を散らした。
内気で気弱なミオであっても、ここは譲れないらしい。
「ルーちゃん、頑張って!」
「……フリード、負けたらダメ」
私が応援の声を上げると、ミオもすかさず声を張り上げた。
木剣を打ち合わせていたルーちゃんはチラッと視線を向けただけ。
しかし、フリードは私たちの声援を聞いて大いに動揺していた様子。
「隙あり!」
それをルーちゃんが見逃すはずもなく、フリードの木剣を飛ばして首元に木剣を突きつけた。
「やったー! ルーちゃんの勝利だ!」
私がどうだとばかりに喜んでいると、ミオがしゅんとしていた。
「……フリード、油断した?」
「いや、そういうわけじゃない」
ミオの口からしてかなり不満そうだ。
ミオの問いにフリードは珍しく答えづらそうにしている。
「確かに直前までは互角だったのに、急に崩れて負けたよね。私たちの声が邪魔だったのかな?」
「剣を打ち合わせている中、その程度で気を抜かしたりはしませんよ」
などと首を捻っていると、戻ってきたルーちゃんが冷静に答えた。
「フリードの動きが悪くなった要因は他にあります」
「それは?」
気が散ってしまったことが原因でなければ、他に何の要因があったのだというのだろう。
「お二人の格好です」
「私たちの格好?」
「寝間着のまま着替えずにやってきましたね? あまり薄着のまま男性の前に出るのは良くないかと思います」
ルーちゃんに言われて自分の姿を見下ろしてみる。
昨日は結構温かかったので薄着のネグリジェのようなもので就寝した。
一応、羽織もあるがそれなりに露出があるのは確かだった。
「……フリードのえっち」
「くっ、違う! 違うんだ!」
ミオが顔を真っ赤にして小さく言うと、フリードは必死に否定した。が、否定しきれいない心があったのか後半の言葉は尻すぼみになっていた。
「とりあえず、着替えようか」
「……うん」
●
「……勝負はしきり直し。もう一度、ちゃんと勝負して」
着替えて中庭に戻ってくるなり、ミオはしっかりとした声音で告げた。
どうやら先程の決着が納得いかず、仕切り直しをさせようとしているみたいだ。
「私は構いませんよ」
「よし、望むところだ」
ルーちゃんはそれを冷静な態度で受け止め、フリードは汚名返上とばかりに燃えていた。
「おうおう! 楽しそうなことやってるじゃねえか! 俺も混ぜてくれよ!」
「ランダン様!?」
やる気満々で位置に付こうとしていた二人だが、そこに割って入る陽気なおじさんがいた。
ランダンだけでなく、後ろにはアークやセルビスも付いてきている。
早起きなおじさんたちだ。また遊びにきてくれたらしい。
ランダンは鞘に入ったままの大剣を手にすると、そのままルーちゃんやフリードに襲いかかった。とんでもなく好戦的だ。
どうやらルーちゃんとフリードの決着はまたの機会になりそうだ。
騒がしくなった中庭から視線を外すと、アークとセルビスがこちらにやってくる。
「おや、ミオじゃないか。オルドレッドの守護についていたと聞いたけど、こっちに戻ってきていたんだ?」
「……はぃ」
アークが声をかけると、ミオがギリギリ聞き取れるかのような小さな声で返事する。
私の傍にやってきて必死に袖を握ってくる。なにこの生き物可愛いんだけど。
「フリードの言っていた通り、私たち以外には喋れないんだ」
「これでも大分マシになった方だよ。昔は声をかけても、誰かの背中に隠れて返事してくれなかったから」
苦笑しながらのアークの言葉にふんふんと頷くミオ。
これでもミオ的にはかなり前進しているらしい。前が返事なしだとすれば、確かな前進だといえるだろう。
「……セルビス様が睨んでくる。私、なにかした?」
「あれは別に睨んでいるわけじゃないよ。日頃から眉間にしわを寄せ過ぎて、あんな顔になっちゃったんだ」
「変な言い方をするな」
セルビスは視線が鋭いのでいつもそんな風に勘違いされやすい。
私の言葉を聞いて、セルビスはフンと鼻息を鳴らした。
傍から見ると気を害したかのように見えるが、これが彼の平常運転だ。
「アークとセルビスも今日はどうしたの? 時間ができたから遊びにきてくれた?」
「そんなわけあるか」
とか言いながら、自然な手つきでお土産をエステルに渡しているセルビス。
今日もお菓子とか入っていてくつろぐ気が満々なんだけど。
「ちょっと、色々と話が合ってね。ウルガリンついて詳しく聞かせてもらおうかな」
「……はい」
爽やかな笑みを見せるアークであるが、肩に乗せられた手にはしっかりと力がこもっていた。




