二人のペース
『ソフィア様、お風呂が沸かしましたので入れますよ』
夕食を食べ終わり、紅茶を飲みながらまったりしているとエステルが声をかけてきた。
「……ここにはお風呂があるの?」
エステルの声に一番に反応したのは、私ではなくソファーから立ち上がったミオだ。
「うん、あるよ。お風呂が好きだから家にもあるところを選んだんだ」
「……私も入りたい」
真っ黒な瞳をキラキラと輝かせながら懇願してくるミオ。
こんな可愛らしい上目遣いで頼まれて拒否できるわけない。
「わかった。それじゃあ、皆で入ろうか!」
「……そ、それはダメ!」
ナイスな提案をしたにも関わらずミオに激しく否定された。
まさかの返答に私は雷を打たれたかのような衝撃を受ける 。
「ええ!? な、なんで? 私とお風呂に入るのは嫌?」
「……そ、そうじゃない。ソフィアやルミナリエとは一緒に入りたい。でも、皆では……」
え? どういうこと? 私たちと一緒に入りたいのに、入りたくない? なぞなぞ?
「ソフィア。俺がいることを忘れてないか?」
「ああ、そっかそっか! つい昔の感覚のままで言っちゃった! ごめんね!」
ミオとフリードがいるから、つい昔のような気分で提案してしまった。
そうだ。今やフリードも二十五歳で立派な成人男性だ。昔のように皆で一緒にお風呂に入ることはできない。
昔と変わらない部分もあるけど、やっぱり時間の経過で変わった部分はたくさんあるんだよね。
「俺は中庭で適当に剣でも振ってくる。上がったら声をかけてくれ」
「うん、わかった。先に入らせてもらうね」
しみじみと思っていると、フリードが剣を手にして中庭に出ていった。
どうやら気を利かせてくれたらしい。
「別にリビングでくつろいでいてもいいんだけどね……」
『多分、落ち着かないのだと思いますよ』
なんとなしに呟いた言葉にエステルがクスリと笑いながら答える。
よく考えれば、この屋敷の中で男性はフリードだけだ。
女性たちが入浴している中、一人でゆったりするのは中々に難しいだろう。
フリードにはちょっと無理をさせてしまっているかもしれないけど、今日は久しぶりにミオに再会できたので甘える ことにした。
『こちらタオルです』
「ありがとう」
『お着替えの方は、後ほど私がご用意しておきますね』
エステルからタオルを受け取った私たちは、リビングから脱衣所へと移動。
脱衣所もそれなりの広さが あるので、三人が一緒に入っても問題はない。
昔の教会本部は脱衣所が狭い上に、入る人数も多かったのでいつもぎゅうぎゅうだった。
あれはあれで楽しかったけど、快適さは皆無だ。しかし、ここは段違い。
互いに広々としたスペースで服を脱ぐことができる。
聖女服をスルスルと脱いでいき、棚にある籠の中に折りたたんで入れていく。
その際、チラッとミオの身体を盗み見る。
ルーちゃんの肌も綺麗だが 、ミオも肌もかなり綺麗だ。
身体はグラマラスで あるとは言えないが、リリスのようなスレンダーな体つきで美しいと思える。
「……ソフィア、そんな風にジロジロ見られると恥ずかしい」
「さすがは感知の聖女。視線に敏感だね」
「あれだけ舐め回すような視線を向ければ、誰だって気付きますよ」
感心していると横にいるルーちゃんが呆れたような顔で言った。
どうやら見られてないルーちゃんでもわかるようなあからさまな視線だったらしい。
私に見られて恥ずかしがっていたミオであるが、ルーちゃんが服を脱ぐ姿を見ると圧倒されたかのような表情になった。
「……ルミナリエの成長がすごい」
「うん、すごいよね」
「や、やめてください」
ミオと一緒に凝視すると、ルーちゃんがタオルでたわわな果実を隠した。
別に前世が男性というわけでもないけど、やっぱり綺麗な身体というのは、それだけで老若男女問わず惹き付けるものだ 。
「……でも、一番綺麗な身体なのはソフィア」
「わかります」
「へっ、私?」
じーっと観察していると、何故かミオとルーちゃんが視線を向けてきた。
「身体のバランスが非常にとれていて美しいです」
「そ、そうかな?」
自分の身体をじっくり見ることなんてあまりないので、そう言われてもピンとこない。
他人の身体をじっくりと見ることはあるが、こんな風に見つめられたことは少ないので照れてしまう。
「……それにソフィアはまだ十五歳。私たちとは肌の張りが……」
自らの肌を触りながら悩ましそうに呟くミオ。
二十代になると若々しさが途端に落ち込むからね。
今世では経験していないけど、前世でもそれは実感したものだ。
「さ、服も抜いただし浴場に入ろうか」
羨ましそうな二人の視線から逃れるように、私は浴場に入る。
扉を開けると、浴場の中はもうもうとした湯気が漂っていた。
エステルが魔道具でしっかりとお湯を入れて、浴場も温めてくれたらしい。
裸になると身体を守るものが一切取り払われてしまうけど、妙に勇ましい気持ちになるのはどうしてだろう。不思議だ。
そんなことを思いながら真っ先に洗い場に向かう。
温かな湯船の中にドボンと行きたいが、まずは汚れを落として入るのがマナーだ。
焦る気持ちを必死に我慢して、かけ湯をして髪や身体を洗っていく。
その気持ちはミオやルーちゃんも同じなのか、それぞれが黙々と身を清めていた。
「ようやく湯船に入れる!」
「……早い」
そして、真っ先に髪や身体を洗い終えた私は、すぐに湯船へと移動。
ふふふ、長かった髪の毛をバッサリと切ったからね。これも髪を切ったことの利点だ。
足先からゆっくりとお湯に入れていく。温かなお湯に包まれるのを心地よく感じながら、ゆっくりと身体を沈める。お湯の熱さが全身にゆっくりと伝わっていくようだ。
「……ふう」
あまりの気持ち良さにため息のような言葉が漏れた。
湯船の縁に頭を乗せて、体重を預ける。
すると、お湯の浮力で身体がぷかーっと浮いた。
ちょっとだらしないけど、重力から解放されるようでこれが心地いい。
そうやって無心でお湯に浸かっていると、髪や身体を洗い終えたルーちゃんとミオもやってきた。
私と同じようにゆっくりと身体を沈めていく。
「いいお湯ですね」
「……うん、お湯に浸かると気持ちがいい」
「ミオは長旅だったもんね」
特に長旅をしていたミオは、湯船に入るのも久し振りだったのだろう。
温かなお湯に身体を沈めて恍惚の表情を浮かべていた。
「私たちも今日は色々なことがあったから疲れたね」
「こうしてのんびりしていると、今朝方にウルガリンを奪還したのが嘘のようです」
私の言葉に同意しながらもルーちゃんが微笑む。
ウルガリンの奪還をし、キューとロスカの異変について確かめたり、墓参りをしたりと色々あったので、それなりに疲労がたまっていた。
こうしてお湯に浸かって身体を温めていると、今日の疲れも流れでていくようである。
私は手足を投げ出すようにして浸かり、ルーちゃんは段差を利用し身体の七分目まで浸かっている。ミオは小さな身体を折りたたむようにして三角座り。
お風呂に入る体勢でもそれぞれの性格を表しているようでなんだか面白い。
しばらく、お湯の中でのほほんとしていると、私はあることを思い出した。
ハッとした私は居住まいを正して、ミオの方へと向く。
「ねえ、ミオ。聞きたいことがあるんだけどいい?」
「……なに?」
「フリードとは付き合ってるの?」
「――ッ!?」
率直に尋ねると、ミオは身体をビクリと震えさせて見るからにあたふたとした。
さっきはフリードもいたので聞かなかったけど、ずっと気になっていた。
「……な、なんで気になるの?」
「だって、二十年も経ったんだし、二人の関係も変わったりしたのかなって」
幼い頃からずっと一緒にいた二人だ。それでいながら屋敷にきてからのあの会話。
さすがに二人の関係性も変わっているだろうと期待しての質問だ。
既に付き合っていて、ひょっとしたら近い内に結婚でも考えているのかもしれない。
「私も進展があるのか気になりますね」
「……ルミナリエまで」
こういったところではルーちゃんも女の子なのか、好奇の視線を向けた。
やっぱり、女子で集まると 恋バナが定番だ。
ルーちゃんは剣一筋でまったくそんな素振りは見せないし、私はそもそも二十年結晶の中にいたので浮いた話があるはずもない。
リリスは仕事に邁進しており、サレンは既に家族持ち。
私の周りには甘酸っぱい恋をしている女性がいなかった。
だから、今まさに甘酸っぱさを漂わせているミオの動向が気になる。
私とルーちゃんがジーッと視線を注ぎ続けると、やがてミオは根負けしたのか口を開いた。
「……な、なにも変わってない」
「え? 恋人でもないの?」
「……違う」
驚きのあまり思わず声を上げると、ミオが小さく零すように答えた。
「お二人の仲の良さから内縁関係にはあると思っていたので意外ですね」
これにはルーちゃんも驚きの様子だ。
「……そ、そもそも、フリードが私のことを好きかどうか……」
「あの様子を見れば、絶対好きだよ!」
「……そうかな?」
ミオを見守るフリードの視線には明らかに護衛以上のものがある。
傍から見れば、そんなことは丸わかりなのであるが、本人はまったく気付いていないようだ。
ミオもフリードに好意はあるみたいだが、まったく想いを口にしていない様子。
まさか、ここまで変化がないというのは驚きだった。
だって二十年だよ? 明らかにお互いに好き合っているのになにも 進歩がないなんて。二人ともどれだけ奥手なのか。
「ずっと傍に異性がいるのに、まだそんな段階だなんて……」
「ソフィア様、そのお言葉はご自分にも跳ね返ってきますよ」
ルーちゃんがナイフのように鋭い言葉をかけてくる。
長い時間ではなかったが男性三人、女性一人。そんな勇者パーティーであったが、何も甘酸っぱいことはなかった。
ランダンは剣や冒険のことばっかりだし、セルビスは今よりも尖っ ていて魔法にしか興味がなかった。アークは世界を代表する勇者で、王族やら貴族からモテモテ。というか、私なんか相手にされるはずもない。
「あ、あの時が世界の危機だったから」
などと弁明してみせるもまるで説得力はなかった。
私もミオのことをとやかく言う権利はなかったのである。
「まあ、人にはそれぞれのペースがありますからね」
「それもそうだね」
私はそれ以上の追求は止めて 、纏めるようなルーちゃんの台詞に深く頷いたのだった。




