皆でお泊り
それから私は魔王との戦いや、浄化を終えて目覚めてからのことを語った。
ミオとフリードはそのことを興味深く、時に笑いながら聞いてくれた。
「それにしても、ミオは昔よりも喋れるようになったね?」
昔はずっとフリードの後ろに隠れる、超人見知りする子だった。
私の傍にいた時も、あまり喋りかけてくることはなく物静かだった。
それがこんな風に表情豊かにして、滑らかに喋っている。
二十年という歳月があったにしても、私からすれば大きな衝撃だった。
「……ん、私も成長した」
「身内以外の知らない人にはてんでダメだがな……」
誇らしそうにしているミオだったが、フリードがすかさずに補足を入れた。
「……フリード、酷い。それは言わなくてもいい」
頬を膨らませてぽかぽかとフリードの肩を叩くミオ。
しかし、悲しいかな。腕が細く華奢な体格をしているミオの一撃はまったく響いていなさそうだ。
むしろ、フリードの鎧を素手で叩いて痛そうだ。ちょっと涙目になっている。
「あれ? でも、エステルには普通だったよね?」
「……彼女は人間じゃないから」
ミオの中の基準がちょっとよくわからない。不思議だ。
「……でも、聖女になって色々な人と話すうちにマシになった」
「確かにそうだね。なにかきっかけでもあったの?」
まだ身内以外はてんでダメかもしれないが、身内には滑らかに喋ることができている。
内気だったミオに大きなきっかけがあったに違いない。
「……ソフィアをはじめとする身の回りの人がいなくなって思った。もっと色々とお話したかったって……死んじゃったら、もう二度とお話することができないから」
「うん、そうだね。その人のことを何も知らないままに話せなくなるのは悲しいもんね」
そのきっかけの中に自分が入っているのが意外であるが、ミオも二十年という月日を生きてきて色々と思うことがあったようだ。
色々と辛いことがあったけど、それを乗り越えてここまで成長した。それが嬉しい。
「聖女見習いだったミオも今では聖女かぁ」
ミオの纏っている法衣を見れば、それが見習い服でないことはすぐにわかる。
私とデザインは少し違うが、彼女のも 中々に素敵な聖女服だ。
「……十歳の頃になれた」
「わっ、そんなに早くなれるなんてすごいね!」
私の世代は聖女になった年齢が早い者が多い。皆が死ぬ気で頑張って努力したのもあるけど、実情はそれだけ世界がひっ迫していたからだ。
私たち聖女はどのような環境下でも聖魔法を発動させられることを望まれる。
極寒の中での祈祷や、灼熱に近い 気候での戦闘支援、不眠不休の状態での結界の維持、そして、瘴気に満ちた汚染区域での浄化。
幼い頃から、それらの全てを叩き込まれる。
すべては魔王に対抗し、瘴気を打ち払うため。
それほど若い年齢で聖女に慣れているのは、まさしく才能と努力の証だった。
「……ここまでやってこられたのはフリードがいてくれたお陰。私一人じゃきっと無理だった」
「俺もミオがいるからこそ厳しい稽古を乗り越えることができた。それはお互い様だ」
互いに支え合うことで前に進むことができた ようだ。それって素敵だな。
笑い合う二人の姿を見て、私とルーちゃんもそんな風でありたいと思った。
●
「……もうこんな時間」
リビングに差し込んでくる夕日に気付いて、ミオがそんな呟きを漏らす。
ミオやフリードと話し込んでいたら、いつのまにか夕方になっていた。
二十年ぶりの時間を埋めるには、数時間という短い時間では到底足りなかった。
窓の外を見つめるミオの眼差しはとても寂しそうだ。
「よかったら、今日はうちに泊まってく?」
「……いいの?」
「もう日も暮れますし、部屋の数も余っていますから」
「うん、泊まって泊まって。もっとミオとフリードと話したいし」
そんな私とルーちゃんの言葉を聞いて、ミオがフリードへと視線をやる。
ミオとしては泊まりたいが、決定権は護衛であるフリードがあるらしい。
フリードはミオの視線を受け止めると、しっかりと頷いた。
「……泊まる!」
「やった! これでもっとお喋りできるね」
「……うん」
泊まれることになり嬉しそうにはにかむミオ。
『ソフィア様、追加分のお料理を作りますので夕食は少々お待ちいただけますか?』
ミオと喜んで手を合わせていると、エステルがおそるおそる声をかけてくる。
二人を連れてきたのは突然だったので、四人で食べるにはやや準備が心許ないのだろう。
夕食のことなんて全然考えずに勢いで許可してしまった。エステルにも事前に確認しておくべきだった。失敗。
「……それなら私たちも手伝う」
申し訳なさそうに提案してきたエステルに、ミオがそのようなことを言う。
「いいね! 皆で料理するのも楽しいし!」
目覚めてからは基本的に教会の食堂や、街の食堂を利用することが増えていた。
ここ最近はあまり料理をやっていなかったので久しぶりにやってみたい。
「思えば、ここ最近はあまり自炊をしていませんでしたね。久しぶりに料理をしたい気分です」
「長旅で保存食には飽きていた。悪くない」
ルーちゃんやフリードも同じ気持ちだったのか、すっかりやる気だ。
『ソフィア様たちがですか!? そんな……ご主人様やお客様にお手伝いをさせるなんて……』
しかし、仕える側としてのエステルとしては恐れ多いのだろう。
「私たちも料理が好きだからやらせてくれないかな? それともエステルは私たちと一緒に料理したくない?」
『その言い方はズルいですよ、ソフィア様。私も皆さまと一緒に料理がしたいです』
私のちょっと意地悪な質問に、 エステルはこくりと頷いてくれた。
夕食を皆で作ることになった私たちは、身軽な服装へと着替えて厨房に向かう。
「エステル、夕食のメニューはどうする?」
『材料はそれなりにありますので、基本的なものはなんでも作れますよ。皆さんの食べたいものをお作りしましょう』
ふむ、これだけの人数が揃っていれば大抵のものは作れる気がする。
ここはお客さんであり、王都に帰ってきたばかりのミオとフリードの希望を訊くのがいいだろう 。
「ミオとフリードは何が食べたい?」
「……クリームシチューが食べたい」
これだけの人数がいれば、それなりに豪華な料理が作れる。しかし、ミオが望んだものはあり触れたものだった。
「クリームシチューでいいの?」
「……うん、皆で好きな具材を入れてごった煮にしたシチュー」
「小さい頃によく教会で作りましたね」
ミオの言葉を聞いて、ルーちゃんが懐かしげに言う。
昔は教会での料理も 自炊が基本だった。見習いだけでなく、 聖女や聖騎士も当番で料理を作っていた。
とはいっても、最終的には皆が集まって料理することを楽しんでいたために、それぞれが勝手にやっていたっけ。
貧しいながらも皆でわいわいと集まって、料理をして食べたのが懐かしい。
「いいね! 汁物はそれにしよう! フリードは何か希望はある?」
クリームシチューとなると合わせになるのはパンだ。そこにサラダや果物が加わるとして、もう一品は欲しいところだ。
「……が食べたい」
「え? なんて?」
「シイタケの肉詰めだ」
聞こえなかったので聞き返すと、フリードは大きな声で言った。
意外な注文に私は思わずポカンとする。
「……ソフィアが作ってくれたシイタケの肉詰め。あれも美味しかった」
「食べ盛りの私たちも、あれを食べると満足しましたよね」
教会でごくまれに食卓に上がってくるお肉。
安いお肉であまり量もなかったので、潰して野菜と混ぜてシイタケに詰めていたっけ。
「わかった。シイタケの肉詰めだね」
懐かしい注文にクスリと笑い、私たちは料理を開始した。




