感知の聖女
聖女はかなりの距離を走ってきたのか、立ち止まると肩を揺らして荒い息を吐いた。
艶やかな漆黒の髪は綺麗なストレートでまったく癖はない。クリッとした大きな瞳は髪色と同じ黒。とても清楚で可愛らしい印象の聖女だ。
なんだか急いでやってきたみたいだけど、一体何の用だろう?
「……ソフィア?」
などと疑問を抱いていると、黒髪の聖女の口からポツリと言葉が漏れた。
「え? 私を知ってるの?」
「……知ってる! ソフィア、生きていたんだ!」
思わず反応すると、黒髪の聖女は勢いよくこちらに駆け寄って抱き着いてきた。
私よりも小さな身体。ふんわりとしたいい匂いが鼻孔をくすぐった。
「……ソフィア! ソフィア!」
黒髪の聖女は感極まった様子で私の名前を連呼し、胸に顔をうずめてくる。
可愛らしい女の子に抱き着かれるのは嬉しいけど、身に 覚えのない人からだと戸惑う。
どうするべきかとあたふたしていると、前方から聖騎士と思われる男性が走ってきた。
「ミオ!」
「ミオ?」
聖騎士の男性が呼んだのは、恐らく胸の中にいる聖女の名前。
黒髪に黒目にミオという名前……私の中にあった記憶のパズルがかっちりとハマる。
「ええ? もしかして、ルーちゃんと同じ見習い聖女だったミオ!?」
「……むう、ようやく気付いた?」
驚きながら言うと、胸の中にいた聖女――もとい、ミオが顔を上げた。
「ごめん、私の記憶にあるのは四歳の頃だったから」
「……そうだった。ちょっと我がままだった。ごめん、ソフィア」
「ううん、気にしないで」
ミオ。ルーちゃんと同じく、私が教会で面倒を見ていた見習い聖女の一人だ。
「ミオ、急にどうしたんだ? その人と知り合いなのか?」
私とミオが笑みを交わし合っていると、遅れて聖騎士の男性がやってくる。
ルーちゃんと同じ白銀の鎧を身に纏い、青いマントを羽織っている。
銀色の髪に涼しげな青い瞳。とても整った顔立ちをしている青年。
ミオを思い出した私は、この聖騎士が誰なのか当たりをつけていた。
「久しぶりだね、フリード」
ミオと同じく教会に預けられた孤児の一人。
聖魔法の素質があったことから、聖騎士として幼い頃から訓練を受けていた少年だ。
今はすっかり身長が私よりもデカくなっており、青年だけど。
「む? 俺の名前を知っているのか? 生憎と俺はあなたのことを知らないのだが……」
私が声をかけると、フリードは怪訝そうな表情をする。
「……フリード、本当にわからない?」
「どういうことだ? 俺は聖女様とそこまで交友は深くない。この人とは間違いなく、初対面だと思うが?」
「初対面だなんて酷いなー。五歳になってもおねしょが続いていたから相談に乗ったり、一緒にパンツを洗って 乾かしたりした仲なのに」
「なっ! そのことを知っているのはソフィアか!?」
「そう、私だよ!」
私たちしか知らない秘密話を暴露することで、フリードは私に気付いてくれたようだ。
「……フリード、小さい頃はおねしょをよくしていたの?」
「フッ、あなたにもそんな可愛い時期があったのですね」
「や、やめろ! そんな目で俺を見るな! 子供の頃の話だ!」
ミオの純粋な瞳と同期であるルーちゃんの微笑ましそうな視線に晒され、フリードは顔を真っ赤にして顔を手で覆った。
「思い出させるきっかけになる話や証拠なら他にも色々あったはずだ。どうして、こんな恥ずかしい話を……」
指の隙間からフリードの恨めしそうな視線が突き刺さる。
「ごめんごめん。つい、小生意気な昔の頃を思い出しちゃって……」
今でこそ落ち着いた様子を見せているが、フリードはやんちゃ小僧だった。
私の中でのフリードの記憶は、その頃しかないからついからかうように言ってしまった。
「生意気な頃って、もう二十年以上も前だから当然――いや、すまなかった。ソフィアは世界を救ってくれたのに不躾なことを言って」
文句を言おうとしたフリードであるが、途中で自分が放った言葉に気付いたのか、慌てて言い直して頭を下げた。
そんなフリードの頭に私はポンと手を置いた。
「五歳のやんちゃ小僧がそんな風に気を遣えるなんて成長したね。偉い偉い」
「やめろ。人の頭を勝手に撫でるな」
「……フリード、顔赤い」
頭を撫でると、フリードが鬱陶しそうに振り払って頭を上げた。
こういう照れ屋でぶっきらぼうなところは昔と変わらないようだ。
ミオだけでなく、ルーちゃんにもくすくすと笑われている。
「それにしても、ミオはよく私だとわかったね。目覚めたことは公表していないし、髪の毛だってバッサリ切ったのに」
「……この温かくて力強い聖魔力はソフィアのもの。私が見間違えるなんてあり得ない」
「そうだった。昔からミオは、聖力や魔力に敏感だったもんね」
ミオは昔から力の流れを知覚することが得意だった。
たとえ、私が目覚めたことを知らなくても、髪型で印象が変わっていても、変わることのない聖力や魔力を見れば一目瞭然だよね。
「アブレシアの地下で魔王の瘴気を浄化し続けていると聞いていたが、こうしてここにいるということは浄化が終わったのか?」
「うん、終わったよ!」
「本当!? やっぱり、ソフィアはすごい」
フリードの問いに晴れ晴れと答えると、ミオが無邪気な笑みを浮かべて抱き着いてくる。
「えへへ、そう? やっぱり、すごい?」
「うん、ソフィアはすごい!」
「えへへ」
可愛らしい後輩に無邪気に褒められ、私は素直に嬉しかった。
つい、顔がだらしなくなってしまう。
「ところでミオとフリードもここにいるということは墓参りですか?」
「……そうだった。皆のお墓参りにきたんだった」
ルーちゃんがそのように尋ねると、ミオが思い出したように顔を上げた。
久しぶりに会えた私と離れたくない、だけど、墓参りはしたい。どうしたらいいのかとわからないようにソワソワとしている。そんな小動物っぽい動きが可愛らしくて、思わず頬が緩んでしまう。
「安心して。私はいなくなったりしないよ。待っててあげるから、用事を済ませておいで」
「……うん、わかった。絶対だよ?」
縋りつくような視線と共にかけられる言葉にしっかりと頷くと、ミオは顔を華やげてパタパタと離れていった。その後ろにフリードが付き添う。
私たちと同じように墓参りをするのだろう。
墓地にやってきて悲しい現実に直面したけど、こうして今も生き残っている知り合いに出会うことができた。
「……これもラーシアやカイナからの祝福なのかな?」
未練がないようにと送り出して祝福したけど、結果として私が勇気づけられる結果となっている。
大聖女だなんだと言われるようになったけど、やっぱり二人には敵わない気がする。




