教会墓地
キューとロスカの様子を見ていたいと言うエクレールと別れると、私とルーちゃんは教会本部の裏手にある墓地にやってきた。
ここは教会本部に関係のある者が埋葬される場所だ。
身寄りのない者や孤児 だけでなく、命を落とした歴代の聖女や聖騎士、それぞれの見習いの子たちも埋葬されている。
二十年前は魔王との戦いがあり、多くの聖魔法の素養を持つ子供が教会に集められ、教育を受けた末に最前線へと投入された。
その事実だけを聞けば若者の命を散らす、非人道的な行いであると言えるが、当時はそんなことを言っている場合ではなかった。
国や街や村が瘴気に呑み込まれ、文字通り世界の危機だったのだ。
そのため聖魔法の素養を持つ多くの者が戦い 、そして亡くなっ ていった。
ここはそんな者たちが眠る場所なのである。
花束を手に墓地に入っていくと、芝の生えた広大な墓地に等間隔に並んでいる墓碑。
身寄りのない平民や孤児の墓碑が続き、教会関係者の墓碑は奥にある。
数々の墓碑を通り過ぎて歩 く。
この辺りは身寄りのない者の墓碑なので、誰かが墓参りをしているといったことはない。
そのはずが、墓碑はとても綺麗で花も添えられていた。おそらく、教会職員や見習いの子たちがかかさず手入れを行ってくれているのだろう。
これなら身寄りがない人たちも報われるというものである。
平民の区画を抜けると、教会関係者の墓碑となる。
芝の生えた平地に並んでいるたくさんの墓碑。遠くには墓地を囲うように木々が見えている。
「……墓碑が増えてるね」
二十年という時間が経過したので、墓碑が増えるのは当たり前だ。
だけど、思わず呟かずにはいられなかった。
「もっとも死者が多かったのはソフィア様が戦われていた時です。その時は生死不明の者も多く、埋葬も後回しになっておりましたから」
私の言葉にルーちゃんが静かに答える。
エステルのかつての主であったケビンネスのような状態が多かったのだろうな。
薄雲が流れていて真っ青だった空が、薄青色へと変化している。
陽が中天を過ぎて西へと傾き、段々と陽の光が重くなっているように感じた。
辺りは静寂な空気で満ちており、大声で話すのが憚られる ような雰囲気。
悲しくなるほど美しい墓地だ。
立ち並ぶ墓碑を目にすると、名前などが刻まれている。
そこに刻まれている没年は驚くほどに若い。恐らく聖女見習いの子たちだろう。
それを見ると無性に悲しくなった。
世界のために大きく貢献した聖女や聖騎士の墓碑は、他のものよりも少しだけ質がいい。二十年前とそれは変わっていない様子なので、そこを中心に探していく。
すると、ルーちゃんが一つの墓碑の前で足を止めた。
「ラーシアたちのお墓?」
「いえ、恐らくエステルの元主であるケビンネス様のお墓ではないかと」
墓碑を見てみると聖騎士ケビンネス=ウールハイトという名前が刻まれている。没年数も二十年以上前となっており、エステルが言っていた時期とも整合した。
「間違いないね。エステルのためにお花と祈りを捧げておこう」
「そうですね。きっと彼女も喜びます」
花束は少し多めに買ってある。ケビンネスの墓碑に向き直った私とルーちゃんは、アブレシアの花を一輪ずつ添えた。
ケビンネスとはそれほど深い交流があったわけではないが、二十年前の戦いを支えてくれた聖騎士の一人だ。
当時の戦いの厳しさを知っていた私としては、それだけで敬意に値する想いだ。
「あなたのメイドだったエステルは、私の屋敷で今も働いてくれているから。レイスになっても帰還を待っていたってすごいよね」
本当ならエステルが一番に駆け付けたいかもしれないが、彼女は基本的に屋敷から出ることができ
ない。
仮に出られたとしても聖なる結界で守られている教会の墓場までやってくることは無理だ。だから、私たちがエステルの分まで精一杯祈ろう。
「……行きましょうか――あっ、こら! お供え物を食べてはダメです!」
祈りを終えて次に行こうと思ったところで、ルーちゃんの焦った声。
目を開けてふと視線をやると、墓碑にあるお供え物を食べようとしているスライムの姿が。
目の前の食事に興味を示しているスライムと、それを必死になって止めようとしているルーちゃんの姿がなんだかおかしい。
しんみりとした空気は一気に吹き飛んで思わず笑ってしまった。
無事にスライムを捕獲すると、私たちは改めて歩き出す。
ラーシアやカイナのお墓を探して視線を動かした。
「……エスカ、ロビン、ミナ、ロサリアも亡くなっちゃったんだ」
墓碑には幾人もの同僚や先輩、後輩の名前が刻まれていた。
自分が眠っている間にこんなに亡くなった人がいるなんて。まるで実感が湧かなかった 。
埋葬された瞬間に立ち会えなかったからだろうか。
それでも目の前に墓碑が建てられている。
どこか空虚な気持ちながらも私はアブレシアの花を添えて、祈りを捧げていった。
「ここですね」
そうやって進んでいくうちにラーシアとカイナの墓碑を見つけた。
いつも二人で行動することが多かったからだろうか、建てられている墓碑も仲良く並んでいた。
「……たくさんの花束だね」
二人の墓碑にはたくさんの花束が添えられていた。
その量が尋常ではなく、私は思わず驚く。
「ウルガリン防衛戦では彼女たちに命を助けられた市民や兵士の方がたくさんいました。今でもその恩を忘れずに墓参りにきてくださる方が大勢います」
二十年という歳月が経過してもなお色褪せることのない感謝の念。自分のことでもないにも関わらず、嬉しくて不意に涙が出た。
だけど、湿っぽいお墓参りにはしたくない 。二人はいつだって前向きだったから。こんな姿で向かいあっては二人に怒られてしまう
私は溢れ出る涙を拭って笑みを浮かべた。
「こんなにもたくさんの人に慕われるなんて、さすがはラーシアとカイナだね!」
没年数と月日を見ると、私が魔王討伐を果たす少し前だというのがわかった。
もう少し早く魔王を倒していれば、二人は生きていたのかもしれない。
そんな風に 思ってしまうのは傲慢なのだろうか。
どちらにせよ、既に過ぎてしまった時間を 戻すことはできない。
忸怩たる想いはあるけど、心の奥に押し込めて私は花を捧げる。
「ラーシア、カイナ……私たちのパーティーが魔王を倒したよ。魔王の瘴気を浄化するのに少し時間が経って、やってくるのがこんなに遅くなっちゃった。ごめんね。二人が守っていたウルガリンは陥落しちゃったけど、私とルーちゃんがさっき取り戻してきたよ。メアリーゼが人員を派遣して、復旧
を始めるって言ってたからまた昔みたいに賑やかになるよ」
手を合わせながら語りかける私。
二人が亡くなった実感がないし、色々と喋りたいことが多すぎて話が纏まらないところもあるけど、二人に言いたかったことは何とか伝えられたような 気がする。
――ありがとね、ソフィア、ルミナリエ。
言い終えて一息つくと、不意に柔らかな風が吹いて優しいそんな声が響いた気がした。
ハッと顔を上げるも目の前には墓碑があるだけで、周囲には誰もいない。
「……今、声が?」
「私にも聞こえました」
怪訝に思って呟くと、ルーちゃんにも聞こえていたようだ。
「眠っているラーシアとカイナがお礼を言ってくれたのかな?」
「そうだとしたら嬉しいですね」
返事をしてくれたことが嬉しくて、私からもお礼をしたくなった。
「二人やここに眠っている皆が幸せな来世を送れるように祈りを捧げるよ」
私のように記憶を保持して転生することはできなくても、せめて幸せな第二の人生を送ってほしい。
そんな願いを込めて、祈りを捧げると私の聖魔力が反応し、大きく広がった。
「ソフィア様から聖なる波動が……ッ!」
特に聖魔法を発動させるつもりもなかったのに、勝手に聖なる波動が出てきて驚く。
だけど、中途半端に終わらせるのも嫌だったので、そのまま祈りを捧げ続けた。
翡翠色の光は墓地を包み込むと、しばらくして何事もなかったかのように消え去る。
「ソフィア様、今のは……?」
「聖魔法を使うつもりじゃなかったのになんか出ちゃった。ルーちゃんの身体に異常はない?」
「異常は特にありません。強いていれば、空気が澄んでいることでしょうか?」
ルーちゃんに言われて深呼吸をしてみると、確かに空気が澄んでいた。
墓場というのは、外からやってくる邪気や怨念を呼び込んでしまうことがある。
今の聖魔法でそれらを綺麗にできたのかもしれない。
よくわからないけど、まあいいや。 ラーシアやカイナをはじめとするここに眠る皆が、次こそは平和な生活を送ってくれれば。
私だって女神様に出会えたんだ。きっと、皆も素敵な第二の人生が待ってるよ。
なんてポジティブに考えていると、不意に誰かがこちらにやってきた。
駆け寄ってくる気配にいち早く気付いていたルーちゃんが警戒した様子を見せる。が、近寄ってきた人は見覚えのない聖女だった 。




