キュロス医
メアリーゼの執務室から退出した私とルーちゃんは教会本部の廊下を歩いていた。
が、私たちの傍にはもう一人の女性がいる。それはエクレールだ。
メアリーゼとの話し合いは一応終わったらしく、あるいは私のせいで中断することになったのかはしらないが、私たちと一緒に退出して歩いている。
「「「…………」」」
コツコツと私たちの足音だけが廊下に響き渡る。
教会本部の中がやけに静かに思えた。気まずい。
別にエクレールのことは嫌いではない。厳しいところはあるけど、彼女は基本的に優しく真面目だ。人格や振る舞いも大人らしく、私が尊敬する女性の五指に入る人物だ。
だけど、昔から指導員として怒られることや注意されることが多かったので、急にプライベートで話すとなると何を話せばいいかわからなかった。
ちなみにルーちゃんは私とエクレールの一歩後ろを歩き、抱いているスライムを撫でている。
主である聖女に付き従う模範的な静かな聖騎士ですよと言わんばかりの態度がちょっとズルい。聖女と聖騎士は対等なパートナーなので、ちゃんと隣に並ぶべきだと思う。
基本的に教会で育った者は、エクレールをもっとも頼りにすると同時にもっとも恐れている。それは小さな頃から彼女の優しさと怖さを叩き込まれているからだ。
とはいえ、このままずっと無言というのには耐えられない。
私は意を決してエクレールに話しかける。
「エクレール様は、いつまで王都に?」
「滞在は五日程度の予定でしたが、ウルガリンの騒動があるので少し伸びることになりそうです」
軽い世間話を振ったつもりが、いきなり地雷を踏み抜いてしまった。
ちょっと考えればそうなることはわかるじゃないか。どうして私はそのような聞き方をしてしまったのやら。
だからといって天気の話を振るなんて、コミュ力の低さを晒しているようなものだ。そんな意味のない会話をエクレール相手にするなんて私にはできない。
考えろ、私。もっと益のある会話をするんだ。
その時、私が閃いたのは、キューとロスカの異変についてだ。
「エクレール様はキュロス医の知り合いはいますか?」
そもそもキュロスが人間と共生し始めたのは 目覚めてからの話で、キュロスについての知識を私が持っているはずもない。
ルーちゃんも生物の知識については 疎く、専門家への繋がりもないので 顔の広そうなエクレールに腕の立つキュロス医を紹介してもらおうという魂胆だ。
「キュロスがなにか病気にでも?」
私がそのように尋ねると、エクレールの瞳が鋭くなる。
怒っているようにも見えるが、この様子は多分興味がある時の感じ……だと思う。
「いえ、そういうわけではないのですが、気になることがありまして……」
「私で良ければ相談に乗りますよ。これでもキュロス医の資格を持っておりますから」
懐からカードを取り出して見せてくるエクレール。
よく見てみると、そこにはキュロス医の第一級資格を証明する文字や紋章がついている。
「えっ!? エクレール様が!?」
「キュロスは私たちを支えてくれる大切なパートナーですから。生活を支えてもらっている分、キュロスたちの力になれればと思い、勉強しました」
自慢するでもなく淡々とした表情で告げるエクレール。
キュロス医を紹介してもらおうとしたら、まさかのエクレール本人がキュロス医になっていた。しかも、第一級。本人のギャップも相まって信じられない思いだ。
私が眠っている間にエクレールは、また一つキャリアを積み上げていたようだ。
きっとエクレールは教会を辞めることになっても、色々なところで活躍することができるだろうな。
「さすがはエクレール様ですね」
「お世辞はいいですから、あなたが気になっているキュロスについて教えてください」
心からの賞賛の言葉だったが、エクレールはまったくそんなものは気にしていない。
それよりもキュロスの異変についての方が気になるようだった。
私はキューとロスカに起きた体毛の変化、聖力を宿してしまったことをエクレールに話す。
すると、エクレールは目を丸くし、眉にシワを寄せたりと表情を変えた。
「……信じられないことですが、そのような嘘をつく理由もありませんね。一度、あなたのキュロスを見せていただけますか?」
「わかりました。案内します」
百聞は一見にしかず。
私たちはそのまま教会を降りて、キュロス舎に向かうことにした。
●
「……本当に体毛が変わっていますね」
教会本部を出て、横手にあるキュロス舎にやってくるとエクレールが呆然と呟いた。
彼女がこれほど 驚いている姿を見るのは、私が二十年ぶりに目覚めた時以来かもしれない。
「やはり、このようなことは前例がありませんよね?」
「キュロスというのは夏を迎える前と、冬の向かえる前に毛が生え変わります。それらは黄色や薄茶色といった毛色であり、生息地によって多少は変化しますが、このような色合いの体毛に変わる個体は見たことがありません」
尋ねてみると、やや早口でキュロスの生態について語り出すエクレール。
キュロス医の資格を持っているだけあって、かなりキュロスに詳しいようだ。
そして、そんな詳しいエクレールですら、このような体毛をしたキュロスは見たことがないみたいだ。
「少し触れてみても?」
「いいですよ。キュー、ロスカ、ちょっとお医者さんが検診するから大人しくしていてね」
キューとロスカに声をかけ、キュロス舎の中に三人で入っていく。
「失礼します」
エクレールがそう一声をかけて、キューとロスカへと近づく。
二匹の全身のくまなく確認するように視線を巡らせ、時に位置取りを変えながら眺める。
それからゆっくりと手を伸ばし、身体を触って状態を確かめ始めた。
「キューもロスカがいつもより大人しいですね」
普段から二人ともお利口さんなのだが、私やルーちゃんが触診をしている時は 羽を広げたり、少し歩いてみせたりと落ち着きがない時もある。
それなのにエクレールが触診している時は、身じろぎ一つ見せずにシャンとしていた。
「……本能的に逆らっちゃいけない相手だってわかっているんだ 」
きっと、本能が察知したに違いない。私も同じようなものだから気持ちがわかる。
やがてエクレールは触診を終えたのか、キューとロスカに労いの言葉をかけると離れる。
「体調はどうですか?」
「まったく異常はなく健康です」
「そうでしたか……」
キュロス医でもあるエクレールがそう診断したのであれば安心だ。
ひとまず、私の聖力による健康被害などはなさそうだ。思わずホッと胸を撫で下ろす。
「ソフィア様の聖魔法に影響を受けて聖力を宿し、その象徴たる体毛へと変化した。頭の痛いことに、その仮説が濃厚のような気がしますね」
「ソフィア様のやることですからね 」
エクレールが悩ましそうに呟き、ルーちゃんが神妙な表情で同意の声を上げた。
どうしてそこで 同調しているのかわからない。
「この子たちのように聖魔法をかけ続ければ、同じような変化が起きるのか興味深いですが、今は様子を見ることにしましょう。普段、この子たちは新しい屋敷の方に?」
「はい、そちらもキュロス舎がありますので」
「しばらくは、私が様子を見に行っても 構いませんか? 経過観察をしたいので」
「構いません。是非ともお願いします」
エクレールが身近にいると少し気が抜けないけど、キュロス医として様子を見に来てくれるのは非常に心強いことなので彼女の提案にありがたく乗った。




