奪還報告
ウルガリンから王都にある教会本部に戻った私とルーちゃんは、早速とばかりに今日の報告をサレンにした。
「……今、なんて言った?」
「街道の浄化ついでに防衛都市ウルガリンも浄化してきたよ」
聞き返されたので簡潔に告げると、にこりとした微笑みを浮かべていたサレンが固まった。
隣で事務仕事をしていた受付嬢さんもギョッとした顔でこちらを見ている。
「ルミナリエ、本当なの?」
「…………はい」
その言葉にルーちゃんがしっかりと頷く。
「え? おかしいわよね? 私が頼んだのは街道の浄化よね? どうしてそこまで行っちゃったのかしら?」
「街道を浄化して行ったらいつの間にかウルガリンの傍まで行って、だったらウルガリンも浄化しようかなと……」
思わず尻すぼみになってしまう私の弁明。
サレンの表情がさっきから一切変わらないのが妙に怖い。よく見ると目が笑っていないし。
「ちょっと来なさい」
「ええ?」
サレンはイスから立ち上がると、私の手を引いて奥へと歩き出す。
ぐいぐいと引っ張られていくことに戸惑いながら、私はなんとか後ろをついていく。
なんだかおかしい。街道だけじゃなくてウルガリンまで浄化して奪還してくれるなんて嬉しい……的な誉め言葉を期待していたのに、そのような反応がまったく返ってこない。
というより、どことなくシリアスな空気を感じた。
これってどういうこと? 助けを求めるような視線を後ろに向けると、ルーちゃんは何故か諦めたような表情でスライムを胸に抱いていた。
「どこに行くの、サレン?」
「メアリーゼ様のところに決まってるじゃない! こんな大事、ただの受付業務員でしかない私には手に余るわ!」
「ええっ!? これってそんなに大事!?」
まさかそんな大事扱いされるとは思っておらず、私はサレンの言葉を聞いて仰天した。
そんな私の反応を見てサレンは何かを堪えるかのような顔をしていたが、それを一気に解き放った。
「大事に決まってるじゃない! ウルガリンの奪還だなんて本来なら国が総力を挙げて挑むものよ! それをあなたたちは二人でやってしまうなんて……ああ、これからが大変よ」
「ええっ!? 二十年前だったらこのぐらい普通だよ!?」
あの時は魔王と陣取り合戦のような状況だった。
魔王をはじめとする眷属や瘴気を宿した魔物が、ひたすらに瘴気を振りまいて、私をはじめとする聖女が浄化して回っていた。
そして、違う場所がまた瘴気で汚染されて、そこに移動して浄化してを繰り返す日々。
思い出したらなんだか腹が立ってきた 。
私のそんな個人的な思い はさておき、二十年前であれば都市を一つ奪還してきたことなど、あり触れた出来事でしかない。勿論、それは吉報には違いないが、 国を挙げてまで大喜びするものでもなかった。
「魔王や眷属と最前線で戦っていた聖女の常識で行動しないでよ!」
確かにそれもそうだ。あの時は戦時だったのだ。今のような平時とはまるで感覚が違うのだろう。そのことをすっかり 失念していた。
「というか、ウルガリンには瘴気持ちのオーガキングがいたはずなんだけど……」
「それも倒して浄化したよ」
「た、倒した……」
きっぱりと告げると、サレンは口をぱくぱくとさせた。
上手く言葉が出ないらしい。
それから彼女は気持ちを落ち着けるように深呼吸をして足を止めた。
「……ねえ、ソフィア、一つ聞いてもいい?」
「な、なに?」
「本当にただ勢いでウルガリンまで浄化してきたの?」
真剣な眼差しでこちらを見つめるサレン。
澄んだその瞳は私の胸の奥にある想いを見透かしているようであった。
「ううん、あそこがラーシアとカイナが守っていた場所だって知っていたから。彼女たちのお墓参りをする前に、どうしても取り戻したくて……」
「やっぱり、そうなのね。ありがとう、ソフィア。あの場所がずっと奪われたままなのは二人の友人である私としても悔しかったから」
同世代の一人であるサレンも思うところはあったようだ。
「さて、そういうわけでメアリーゼ様に報告よ」
神妙な顔つきをしていたサレンが晴れ晴れとした表情で歩き出す。
「それって私抜きでなんとかならない?」
「なるわけないでしょ。ほら、行くわよ」
●
教会の奥にある螺旋階段を上り、廊下を突き進むとメアリーゼの執務室へとたどり着いた。
「メアリーゼ様、サレンです」
サレンが扉をノックすると、中から入室を促すメアリーゼの声が聞こえた。
「な、なんでエクレールがいる――じゃない、いらっしゃられるのですか?」
入室するとメアリーゼだけでなく、まさかのエクレール までいた。
二十年前の私の指導員であり、大変お世話になった女性だ。
アブレシアの教会にいるはずの彼女が、どうして王都の教会本部に!?
動揺のあまり素の言葉が飛び出したが、最後はなんとか取り繕うことができた。
「魔神の件がありましたので、こちらに出向いて情報を共有し合い、今後の対策などを練っていたのです」
「そ、そうでしたか。ご苦労様です」
エクレールがくるなら事前に言っておいてほしい。
屋敷にレイスが出てくるよりもホラーだ。
「それで今日はどうしたのです?」
「ソフィアとルミナリエがとんでもないことをしました」
「とんでもないこととは一体……?」
サレンの言葉に戸惑いを隠せないメアリーゼ。
隣に立っているエクレールの眼鏡が陽光で反射し、光っているように見えて怖い。
メアリーゼの問いかけにサレンは私から聞いたことを纏めて話す。
「まさか、ウルガリンを奪還してしまうとは……」
「ソフィア様、ウルガリンを奪還した後はどうされたのです?」
メアリーゼが目を丸くして驚く中、エクレールは冷静に詳細を尋ねてくる。
教会の授業で名指しで当てられたような感覚。反射的に背筋が伸びた。
「瘴気持ちの魔物が入ってこられないように結界で都市を覆っておきました。一か月くらいは瘴気に侵食されることはないと思います」
「言いたいことはたくさんありますが、まずは奪還したウルガリンを安定させるのが先決ですね」
「ただちに聖騎士、聖女、聖女見習いを派遣し、ウルガリンの周辺状況の確認や維持をしてもらいます。サレン、このリストにある人員をここに呼んできてください。詳細な説明は私がいたします」
「かしこまりました」
メアリーゼが書類を渡すと、受け取ったサレンが大急ぎで執務室を出ていく。
「魔神への備えとして各地から人員を収集したタイミングでよかったです」
「ごめんなさい、二十年前と同じ感覚で奪還しちゃった」
魔神について調べている最中なのに、大事を持ち込んで申し訳ない気持ちだ。
「何を言っているのです、ソフィア。あなたがやってくれたことは紛れもない善行であり、人類にとって大きな進歩です」
「ウルガリンを防衛都市として復活させた今では、クロイツ王国との安全な国交回復も見えてきました。これもあなたたちのお陰です」
「「ありがとうございます」」
メアリーゼだけでなく、エクレールも褒めてくれた。
てっきりお説教をされるかと思っていたけど役に立ったようで良かった。
「それならウルガリンからクロイツまでも私とルーちゃんが浄化してこようか?」
「「ソフィア様、自重してください」」
「大聖女だと世間に公表したいのですか?」
「あう、ごめんなさい」
なんて調子に乗った発言をしたら、エクレールだけでなくルーちゃんとメアリーゼにも怒られたので素直に謝った。
「まったく、あなたという人はちっとも変わりませんね」
「えへへ」
「へらへらしない」
エクレールがため息を吐きながら、昔のように小言を漏らす。
それが懐かしくてつい口元が緩んでしまう。
エクレールに怒られるのは怖いけど、懐かしくてつい嬉しくなってしまう。不思議な気持ちだ。
「ところで奪還した人物についてはどうしましょう?」
ほっこりとした空気が流れる中、エクレールが口を開く。
はっ、そういえばそうだ。これが大聖女ソフィアであれば無問題であるが、私はそれを良しとしていない。
かといって、功労者の名前が出てこないというのも変だ。
「頭の痛い問題ですね」
「流浪の聖女と聖騎士が奪還したっていうのはどう? 教会本部が抱える秘密の戦力……みたいな?」
悩ましそうに呟いているメアリーゼに私は素晴らしい提案をした。
教会本部の隠された戦力って、響きがちょっとカッコいい。封印していた前世の中二心がちょっと
疼く。
「ばかばかしい話ですが、間違いではないので否定しづらいですね」
「……それは妙案が浮かばなかった際の最終手段にしましょう」
残念ながら私の提案は即採用とはならなかったようだ。
だけど、私としては流浪の聖女と聖騎士という設定を期待したい。




