奪還
瘴気持ちの魔物たちを私たちは迎撃し、前進しながらウルガリンの内部へと入っていく。
奥へと進んで行くごとにドンドンと敵は数を増やしたが、キューとロスカが参戦したことで戦闘は随分と楽になっていた。
ソフィアの聖魔法によって死角に潜んでいる魔物や遠距離攻撃を仕掛けてくる者は優先して地面に沈む。
そして、ソフィアの付与を受けた私とキューとロスカは安定して前衛で魔物を相手取ることができる。
「『ホーリー』」
そして、私たちが敵を食い止めることができれば、ソフィアの聖魔王によって一気に殲滅できた。
私も任務上で数多の聖女と組んできたが、やはりソフィアは段違いの実力者だ。
絶やすことのない支援と速やかな聖魔法の詠唱。
彼女さえいれば、私たちは無限に戦える。そう思えるような安定感と頼もしさがあった。
「よし、魔物も片付いたし、この辺りもさっさと浄化して――」
ソフィアが浄化をしようとしたところ、奥に潜んでいた強大な気配が突如として動いた。
凄まじい勢いで跳躍してきたソレは、崩れかけの民家に着地して押し潰した。
砂煙が晴れる中、姿を現したのは三メートルほどの巨体を誇る真っ黒な鬼だった。
ハイオーガよりも横幅は大きくない。だけど、無駄な部分を削ぎ落したかのような洗練された肉体というのが一目でわかる。ねじくれた長い角に血のような赤い瞳。
「オーガキングだ!」
背筋を冷たい汗が流れていく。
以前にもオーガキングと対峙したことがあったが、そのときとは比較的にならないほどの威圧感だ。通常種と瘴気持ちでこれほどまでに存在感が違うものなのか。
見習いの頃よりも私は断然に強くなったと言える。しかし、私一人でこれを抑えることができるだろうか。
さすがにキューとロスカもこれを相手にするのはきつい。
「大丈夫だよ、ルーちゃん。私たちならやれるよ」
恐怖と不安で押しつぶされそうになる中、ソフィアからかけられる優しい声。
この人はこれ程の敵を前にしながらも全く怯えていなかった。その上、こうして私の心配までしてくれている始末。
本当にソフィアには敵わない。何が肩を並べて戦うだろうか。
自分で言っておきながら恥ずかしくなる。私はまだ彼女に支えられてばかり。
これではソフィアの聖騎士として相応しくない。
「はい、私たちで倒しましょう」
私も彼女の隣に立つのに相応しい証明を見せなければいけない。
気が付けば、私の中の恐怖や不安は一気になくなっていた。
「グオオオオオオオオオオッ!」
「瘴気!」
聖剣を構え直して動き出すよりも早く、オーガキングが動き出した。
淡く輝く紫色の光。オーガキングを中心として、濃密な瘴気が波紋のように広がった。
民家や瓦礫や床が、周囲にある全ての物が紫色に染まって腐敗していく。
そして、回避する間もなく迫りくる瘴気。
「任せて! 『ホーリー』」
しかし、それをソフィアの組み上げた聖魔法が洗い流した。それだけじゃなく、ソフィアの聖魔法はオーガキングそのものを浄化しようと迫る。
「グオオオオオッ!?」
これにはオーガキングも瘴気の展開を中止して、即座に後退した。
自らの瘴気を遥かに上回る聖力に相手は動揺しているようだ。
すごい、オーガキングの濃密な瘴気をまるで相手としていない。圧倒的な聖力だ。
これが勇者パーティーに所属し、魔王の瘴気すら浄化した大聖女の実力。
改めてソフィアに畏敬の念を抱き、そしてそんな彼女と共に戦えることが嬉しい。
オーガキングがソフィアに警戒の眼差しを向けている。
先程の聖魔法の威力を目にすれば、当然のことだろう。
「ソフィア様、付与をいただけますか?」
「いけるの?」
「二重がけまでなら」
練習に付き合ってもらって何とか二重かけくらいまでなら安定してこなせるようになった。
逆にそれ以上の重ねがけになると、ソフィアの付与が強すぎて身体を使いこなすことができない。
二重がけまでが今の私が動ける限界の数。
「わかった。それならいくよ!『剛力の願い』『瞬足の願い』」
ソフィアが結晶の杖を掲げると、翡翠色に光が私を取り巻いた。
ソフィアの付与によって全身の筋力が引き上げられ、瞬発力が引き上げられ精神が澄んでいくような感覚になる。
聖魔法による多重掛けの付与。
卓越した聖女でさえ、長い詠唱の果てに三重掛けがやっとのこと。
この人はそれを一瞬で飛ばしてくるから恐ろしい。
「いきます!」
ソフィアから付与を貰った私は、一気にオーガキングとの距離を詰める。
私の急加速による肉薄に相手は驚きながら、驚異的な反射神経で爪を振るってくる。
聖剣と爪が交差する。が、私はそれに押し負けることなく真正面から圧力を受け止めることができていた。
「グオオオオオオオオッ!」
オーガキングは咆哮を上げながら爪を乱舞。両腕を激しく振るって、こちらの身体を貫かんとする。
私はそれを冷静に見極めながら聖剣で受け止め、弾き、いなし続ける。
ハイオーガの攻撃でさえ受け止めることができなかったというのに、今こうして冷静に捌けているのは付与のお陰だった。
アークやランダンであれば、付与を貰うまでもなく対処することができただろう。
魔王の眷属との戦いを目にすれば、そのことが容易にわかった。
だからこそ、悔しい。
相手の鋭い突きを聖剣で受け止めると、オーガキングが大きく口を開けた。
何かがくると理解するよりも身体が反応して後退した。
遅れること一瞬、オーガキングの口から霧状の瘴気が吐き出される。
「『ホーリースラッシュ』ッ!」
私は聖剣に込めていた聖力を真っすぐに放った。
瘴気が聖力によって切り裂かれて霧が一気に晴れる。
しかし、敵の姿はどこにもない。あのような巨体が一瞬にして姿を消せるはずがない。
左右にいないとなれば……
「上!」
ソフィアの警告よりも早くに身体が動き、頭上へと剣を振るう。
瘴気を帯びた強大な爪と、聖力を帯びた剣が虚空で衝突。
そして、私の聖剣が敵の爪をたやすく切断。
ソフィアから付与を与えられ、身体能力と聖剣の威力が向上しているお陰だろう。
オーガキングは驚愕に目を見開き、慌てて距離をとろうと後退する。
その行動を読んでいた私は、すかさず距離を詰める。
体内にある魔力と聖力を練り上げ、それらを刀身に集約させた。
真っ白な刀身が淡い翡翠色に輝く。ソフィアから聖力を上昇させてもらっているからか、これまでにないほどに強い力が秘められているのがわかる。
私がソフィアと肩を並べる以上は、あのアークやランダンと同等のレベルにならなければならない。
私がソフィアの隣に立つためにも、お前にはその礎になってもらう。
限界まで力を引き出すと、私は後退するオーガキング目がけて渾身の一撃を放った。
「『グランドクロス』ッ!」
聖力と魔力を限界まで練り上げて放出させた二閃の攻撃。
十字を描くよう剣閃はオーガキングの硬い体表をやすやすと切り裂いた。
しかし、強靭な表皮とタフな体力を持つオーガキングを仕留めるのは後一歩足りない。
「『エクスホーリー』ッ!」
が、そこに一筋の光が落ちた。
「グオオオオオオーーッ!?」
重傷を負って地面をのたうち回るオーガキングに降り注ぐ、浄化の光。
私がオーガキングを一人で食い止められると信じていて、詠唱してくれていたのだろう。
圧倒的な聖力は、濃密な瘴気を宿したオーガキングの身体を瞬く間に霧散させた。
そして有り余る聖力は周囲を漂う瘴気までも浄化し、大地を蘇らせる。
民家の腐敗が止まり、腐敗していた大地が土や緑を取り戻していく。
白化していた木々はみるみる元の色を取り戻して枝葉を青く茂らせた。
「やったね! ルーちゃん!」
息を吹き返すウルガリンを呆然と見ていると、ソフィアが勢いよく抱き着いてくる。
私はそれに慌てながらも彼女が鎧にぶつからないように優しく抱きとめた。
「ルーちゃんの最後の技、すっごくカッコよかったよ!」
ソフィアがこちらを見上げながらにっこりと笑う。
まったく、先ほどまでの凛々しくて頼もしい姿はどこにいってしまったのやら。
「ありがとうございます。ソフィア様の聖魔法も素晴らしかったですよ」
「そう? えへへ」
奪還が困難だと言われていたウルガリンを本当に奪還してしまった。
初めは街道の浄化という任務であったが、気が付けばかなり大きなことをしでかしてしまった気がする。
ドンドルマ王国とクロイツ王国を繋ぐ防衛都市の奪還など一大事。通常であれば、王国と教会の大戦力を挙げて取り組むべきこと。
それなのに私とソフィアの二人でやってしまった。
戻って報告をすれば、サレンやメアリーゼは卒倒するに違いない。
冷静になると色々な不安が覆いかぶさってきたが、今は不思議と気分が良くて気にならなかった。
今はただ、憧れの人の笑顔と共に並んで戦えたことを喜ぼう。




