防衛都市ウルガリン
キュロス馬車に乗ってソフィアと街道を突き進むことしばらく。
前方にはウルガリンの防壁らしきものが見えていた。
「あそこが防衛都市ウルガリンだね」
御者席から降りたソフィアがかつての防衛都市を見ながら呟く。
二十年も瘴気に晒されていたせいか防壁のほとんどは崩されている。
見上げるような高さを誇っていた防壁は、半分以下になっていた。
今にも崩落しそうな状態なのに依然として倒れていない。それが防衛都市としての誇りを表しているようで、眺めているだけで妙に悲しさが湧いてくる。
かつての仲間が守っていた都市が、このような姿になっているのを見ると胸が痛むのだろう。都市の残骸と成れ果てたものを見るソフィアの瞳はとても悲しげだった。
そんな気持ちを察することができても、上手く励ますような言葉は出てきたりはしない。
「この辺りは特に瘴気が濃いですね」
結果として私の口から出たのは差しさわりのない言葉。
自分の口下手さがちょっと嫌になる瞬間だった。
目の前で渦巻く瘴気は、ウルガリンという防衛都市を丸々呑み込んでいるよう。
聖女なら問題ないだろうが、聖女見習いでは少し荷が重い瘴気の濃さだ。
「奥に大きな瘴気の気配がする。きっとルーちゃんの言っていたオーガキングだね」
「間違いなくそうかと」
ウルガリンの中には数えきれないほどの瘴気持ちの魔物が蠢いていたが、その個体だけは桁外れに瘴気が強い。
感知能力が低い私でも察知できる。間違いなくこれがオーガキングであり、ウルガリンを包んでいる濃密な瘴気の原因であった。
オーガキングであれば、聖騎士見習いの頃に討伐をしたことがある。
その時は他の聖騎士や数多の見習いがいたが、強靭な肉体より繰り出される攻撃、タフな体力に随分と苦戦したものだ。
「たくさんの魔物が動いた! ルーちゃん、来るよ!」
などと思い出していると、ソフィアの鋭い声がかかる。
返事をするよりも前に私は聖剣を抜いた。
聖騎士見習いになってからみっちりと仕込まれた剣技は、今の身体にしっかりと染み付いているようだ。
「思えば本格的な戦いに二人で挑むのは初めてだね。前回はルーちゃんにはフォローに回ってもらったし」
聖剣を構えていると、ソフィアがどこか照れくさそうに言った。
クルトン村での討伐は肩慣らしみたいなもので戦闘と呼べるレベルの相手ではなかった。
前回のランダンの救援では怪我人がいたために、私はそちらのフォローに回ることになってソフィアと肩を並べるようなことはできていない。
こうやって二人で肩を並べての戦闘は今回が初めてだった。
「そうですね。今度こそお守りしてみせます」
それをハッキリと認識すると、私の心が俄然として燃え上がるのを理解した。
瘴気の奥からオーガやゴブリンが飛び出してきた。
私はそれを待つことなく、むしろこちらから攻め込むように踏み込んだ。
「る、ルーちゃん!?」
後ろにいるソフィアが驚きの声を上げているが、気にしない。
戦いの前に私の心に火をつけるような言葉を言った彼女が悪い。今の私は憧れの人と肩を並べる嬉しさで、戦意がかつてないほどに上昇していた。
跳びかかってくる二匹のゴブリンを空中で斬り捨てる。
すかさずオーガが踏み込んできて鋭い爪を振り落としてくるが、最小の動きで横に回避し、がら空きの脇腹を聖剣で斬り裂いた。
続けて二体目のオーガが鋭い爪を射貫くように突き出してくる。それを躱し切れないと判断した私は聖剣で受け止めた。
しかし、相手と真正面から力勝負をする気はない。突き出してきた爪の力を利用し、そのまま横回転しながらオーガの胴体を薙ぎ払った。
血しぶきを上げながら地面に倒れ伏すオーガ。
一呼吸つこうとする私を狙って、何匹ものゴブリンが飛び出してくる。
「『ホーリーアロー』」
しかし、それらはソフィアの生成した聖なる矢によって眉間を綺麗に撃ち抜かれ、浄化された。
一瞬にしてこれほどの矢を生成し、動き回るゴブリンたちの急所を正確に狙い撃つその技量に感嘆の息が漏れそうになった。
「ありがとうございます」
「気にしないで。それよりまだまだくるよ!」
気を引き締めるようなソフィアの声。
前方に視線をやるとオーガやゴブリンだけでなく、明らかに体躯のいいオーガが混ざっていた。
真っ赤な肌に鉄の胸当てがついており、オーガよりも発達しているとわかる筋肉。
「レッドオーガだ!」
オーガよりも上位種に当たるレッドオーガ。
通常のオーガよりも俊敏性が高い上に、攻撃性も高い厄介な魔物だ。
レッドオーガはいきなり攻撃をしかけてくることなく、ゴブリンやオーガを先行させた。
襲い掛かるゴブリンやオーガの攻撃をいなし斬り捨てる。
死角で様子を伺っている個体はソフィアが優先的に、聖魔法で倒してくれる。だから、私は目の前の敵を優先することができる。
ゴブリンやオーガを斬り捨てていると、後方で様子を見ていたレッドオーガが突然動き出した。
その直線上にはまだオーガやゴブリンがいる。しかし、レッドオーガはそれを気にすることなく、味方を薙ぎ払って無理矢理こちらに突進してきた。
さすがの暴挙に度肝を抜かれた私はわずかに反応が遅れた。
結果としてレッドオーガの鋭い爪を真正面から受け止めることになる。
「くっ!」
聖剣を通じて響き渡る衝撃。咄嗟に体重を移動させて地面に衝撃を逃がすも、全身の内臓が掻き回されるような威力だった。
私の足が止まり、他のオーガやゴブリンが襲い掛かってくる。
と、思いきや、敵は大回りをして一直線にソフィアの方向に向かった。
「しまった!」
最初から私の足を止めてソフィアを狙うことが目的だった。
慌てて下がろうとするも目の前にいるレッドオーガがそれをさせないように左腕を振るってくる。
私は後退して避けることなく、むしろ前進して懐に入り込んで左肩を切断した。
「グオオオオオオオッ!?」
レッドオーガが苦悶の声を上げるのも聞かず、急いでオーガたちを追いかける。
すると、突如としてオーガやゴブリンが吹き飛んだ。
「「クエエエエエエエッ!」」
「キューとロスカ!?」
安全地帯で待機していたはずのキューとロスカがまさかの参戦。
二匹は迫りくる敵を蹴り飛ばしている。
元々と脚力が凄まじいだけあってとんでもない威力だ。ゴブリンだけでなく、巨体を誇るオーガまでも吹き飛んで防壁に叩きつけられていた。
オーガの腹には聖力を帯びたロスカの足跡がくっきりとついている。
「すっごいー! キューもロスカも瘴気持ちの魔物相手に戦えてる!」
戦場とは思えないほどのソフィアの呑気な声が上がった。
どうやらソフィアの聖力を身に宿した結果、本格的に瘴気持ちの魔物を相手取ることができるようになったみたいだ。サレンやメアリーゼが聞いたら卒倒しそうな光景だ。
ひょっとしたら教会の聖騎士見習いよりも強いかもしれない。
「「クエエッ! クエエエエッ!」」
私を見ながら強くいななき声を上げるキューとロスカ。
その声音はレッドオーガを相手にもたついている私を非難しているように聞こえた。
その姿は、私がだらしないから自分たちが出てきたんだと言っているようで。
ソフィアを守ると言ったのにこのていらく。自分の情けなさに怒りすら湧いてくる。
しかし、戦いの中で冷静さを失うのは良くない。私は一回深呼吸して感情を沈めた。
「もう油断はしません」
冷静になった私は油断なく剣を構えて、迫りくるレッドオーガを相手にした。
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