街道の浄化
『異世界のんびり素材採取生活』の書籍2巻とコミック1巻が7月13日同時発売です。
キューとロスカが突如変色して聖力を帯びるというアクシデントはあったものの、私とルーちゃんは汚染区域に近づいた。
ある場所を境に一切の緑がなくなく、草花の生えない不毛の大地と化している。
微かにそびえ立っている木々は腐敗し、細い枝の先端、葉の一枚に至るまで毒々しい紫色に染まっていた。
空気が瘴気で満たされ、遠くからは紫がかった霧のようにも見える。
「クルトン村とは比較にならないほどに濃いね」
「はい、ここより先は完全なる汚染区域ですから」
人類の生活することのできない、瘴気に満たされた場所。クルトン村のような人間の生活領域に瘴気持ちの魔物が流れ込んできたのとは全く違う。
ここより先は私たちのような人間や動物、植物ですら生きることはできない。
瘴気で満たされた完全なる魔の領域だ。
「でも、これくらいなら私でも浄化できそうだよ」
浄化は昔から得意だ。これくらいの濃度であれば、目覚める前の私でも楽に浄化できる。
「相手もそれに勘づいたのか邪魔しようとしていますね」
まだ姿こそ見えないが数多の瘴気持ちの魔物がこちらに駆け寄ってくる気配がわかる。
クルトン村と違って瘴気が濃いせいか、すぐにそれがわかった。
「私が詠唱するまでの間、任せてもいい?」
「お任せください。そのために私がいるのですから」
ルーちゃんはしっかりと頷くと、自らの聖剣を抜いて構えた。
私はルーちゃんに聖力だけを付与して、浄化の詠唱に入る。
すると、瘴気の霧を抜けて出てきたのは瘴気持ちとなったゴブリンやオーガであった。
その手には腐敗した棍棒や丸太を持っており、何かに取りつかれたかのような形相で接近してくる。が、ルーちゃんなら問題ない。
「はっ!」
聖力を刀身に纏わせたルーちゃんは、一息でゴブリンを三体斬り捨てると、その勢いを利用してオーガに斬りかかる。
二メートル以上の体躯を誇るオーガの一撃は地面を陥没させるほどの威力。通常で人間であれば、考えるまでもなくぺしゃんこになる。
しかし、鈍足で大振りな攻撃が当たるわけもなく、ルーちゃんの鋭い剣の餌食。
ゴブリンに続いてオーガもバッタバッタと倒れていく。
それでも瘴気持ちの魔物は途切れることなく、奥からやってくるがルーちゃんが前にいるお陰で私に近付けることはない。
そして、程なくして私の聖魔法が完成する。
「『ホーリー』」
セルビスに作ってもらった結晶の杖と聖女服が輝きを放ち、私を中心として翡翠色の光が広がる。
前で棍棒を振りかぶっていたオーガや、跳びかかっていたゴブリンが真っ先に光に呑まれて消え去った。浄化の光はそれで止まることはなく、そのまま奥にまで広がっていく。
しばらくすると、周囲を覆っていた瘴気は完全になくなり、腐敗していた大地は草花が咲き、木々は生気を取り戻したかのように青々と生い茂っていた。
一発でここまで生気が回復するとは、聖魔法の出力の上昇がすごいや。
結晶でできた杖や聖女服も聖魔法の出力を上げる、触媒にもなっているようで以前よりも最小限のエネルギーで力を発揮できている。さすがはセルビスが作っただけはある。
「うん、これで浄化は完了。ここも綺麗になったね」
馬車でやってきた時と同じような光景が広がっていることに私は満足する。
この辺りは元々綺麗な自然の生い茂る街道だったのだろう。
「さすがです。ソフィア様」
浄化されて元の姿を取り戻した大地を見て、ルーちゃんは呆然としたもののすぐに嬉しそうな表情をした。シンプルに褒められるのも照れくさい。
「この調子でドンドンと浄化していっちゃおうか」
「はい、ソフィア様」
私とルーちゃんはすっかり浄化されて綺麗になった街道を突き進み、次なる汚染区域へと進んだ。
●
「結構な範囲の街道を浄化できたね!」
それなりの範囲の街道を浄化することのできた私は、綺麗になった大地を見て清々しく息を吐いて。
瘴気で腐敗していた大地はすっかりとなくなり、生命力満ち溢れる街道へと変貌している。
さすがに壊れた石畳なんかは元には戻らないが、瘴気がなくなった今では再び整備することも可能だろう。
「結構なんてものじゃありませんよ。このまま進めばウルガリンまで繋がる勢いです」
「ああ、そういえばこの辺りには防衛都市があったね」
王都とクロイツ王国の中間地点に位置する都市。
魔王や眷属による侵略の際は防衛都市として機能し、敵の侵入を防いでいた。
「私たちが魔王と戦った際に攻め込まれたって聞いたけど……」
「最終的には陥落し、両国が分断される結果に陥ってしまいました」
「そうだよね。ここが汚染区域になっているっていうことは、そういうことだよね」
私たちのパーティーだけでなく、皆が頑張って魔王や瘴気と戦っていた。
防衛都市で踏ん張ってくれた聖女や聖騎士がいたからこそ、私たちは振り返ることなく魔王と対峙することができた。そのことを忘れてはいけない。
「ウルガリンに配属されていた、ラーシアやカイナはどうなったのかな?」
不意に思い出したのは防衛都市に配属された聖女たち。
私と同い年で稽古の時はいつも一緒だったし、よく遊んだ仲だ。
ウルガリンが陥落したが彼女たちはどうなったのか。
「……聖女ラーシア様とカイナ様は、人々を避難させる時間を稼ぐために最後まで戦い抜かれました」
私の言葉にルーちゃんは答えづらそうにしながらもしっかりと教えてくれた。
それは殉職を意味する言葉だった。
耳にした瞬間、二十年前の光景が思い出されて涙が出そうになる。しかし、ここで泣いてもルーちゃんが困るだけだ。
「……そっかぁ」
二人とも結界と付与が得意な聖女で、とても責任感の強い子たちだった。
力を持つ者を弱い者を守る義務があると、口癖のようにしていって後輩の聖女や見習いの子たちに説いていた。
聖女であることにあれほど誇りを持っていて、気高くあろうとした二人。
ラーシアやカイナの言葉に心を動かされた者も多く、皆に慕われていた。
そんな二人が皆を逃がすために最期まで戦い抜いたというのは、すごく自然なことのように思えた。
そうだよね。責任感の強い二人が一番に逃げるわけないよね。
二人の功績を讃えたい気持ちもあったけど、友人としてはそこを曲げて逃げてほしかった気持ちもある。複雑だ。
「答えにくいことを聞いちゃってごめんね」
「いえ」
教会本部に残っていた同僚の数の少なさを聞いて嫌な予感はしていた。
きっと、私が魔王と戦っている時も、他の戦場で熾烈な戦いがあったのだろう。
その上もう二十年も経過している。
生き残った聖女や見習いたちは汚染区域の浄化に奮戦していたと聞いたし、そこでも多くの死傷者が出たのだろうな。
「二人のお墓は教会の裏に?」
「はい、そこで眠られております」
「帰ったらお墓参りに行かないと」
怖くて目を背けていたけど、きちんと現実を見ないといけない。
そうして前を向いて歩くのが、生き残った私にできることだから。
「……ねえ、ルーちゃん」
「なんでしょう?」
「今からウルガリンを取り戻しに行かない?」
私の思いつきのような提案にさすがにルーちゃんが慌てふためく。
「防衛都市をですか? 取り戻せれば大きいですが、あそこには瘴気が濃い上に魔物の数も膨大ですよ? それにあそこには瘴気持ちのオーガキングがいるんです」
「なるほど、道理で鬼系の魔物が多いと思ったよ」
この街道を中心として現れるのはゴブリンやオーガをはじめとする鬼系の魔物ばかり。
それらを統率するオーガキングがいるのであれば納得だった。
そして、長い間この辺りの浄化が進んでいないわけも。
キングを称する上位種は通常種とは隔絶した力を持つ。そこに瘴気という力が組み合わされば厄介この上ないことは明らかだ。
「ここは引き返し、アーク様やセルビス様、ランダン様を連れて攻略しませんか?」
ルーちゃんの提案はもっともだ。普通に考えれば、それが一番確実で安全だろう。
しかし、私はどうしても王都に戻って墓参りに行く前に、取り戻したかった。
「私とルーちゃんがいれば大丈夫だよ。それともルーちゃんは私だけじゃ不安かな?」
「卑怯ですよ、その言い方は……ソフィア様にそんな風に言われて行けないなんて言えるはずがないじゃないですか」
問いかける言葉にルーちゃんは諦めたように笑った。
「ごめんね、ちょっと意地悪な言い方をしちゃった」
「いえ、私こそ覚悟が足りていませんでした。ソフィア様が私を信じてくださったように私もソフィア様を信じて戦います」
「ありがとう、ルーちゃん」
覚悟のこもった眼差しと心強い言葉が嬉しい。
理由をつけているが、これは私の我儘だ。
それでも嫌な顔をすることなく、協力してくれるのがありがたかった。
ラーシアとカイナが最後まで戦い抜いた場所。
私とルーちゃんが取り戻してあげるから。
確かな想いを胸に抱きながら私とルーちゃんは更に奥へと進んだ。




