キューとロスカの変化
ニコニコ静画にてコミカライズ2話の後半が公開中。
ガタゴトと揺れながらキュロス馬車が進んでいく。
サレンから依頼を貰った私とルーちゃんは、街道を進んでいた。
真っ青な空に白い雲が悠々と浮かんでいる。時折、吹いてくる風は肌を撫でるようで気持ちがいい。
「穏やかだね。この先に瘴気に汚染された場所があるなんて思えないくらい」
「この辺りはたくさんの聖女や見習い聖女が長い年月をかけて浄化しましたからね」
サレンの見繕ってくれた依頼。
それは王都ドグラスから隣国クロイツ王国を結ぶ街道の浄化だ。
これらを結ぶ最短ルートがまるっきり瘴気に汚染されているために、両国を行き来するには山を越えて大幅な回り道をするハメになっているようだ。
その道でさえも瘴気に汚染されている区域と近いらしく、聖女や聖騎士が同行しないとまともに通ることができないほどに危険なのだとか。
それ故に、国と国を繋ぐ最短ルートを浄化するのは大きな課題なのだという。
今進んでいる街道の浄化が進んでいるのは、かつての聖女や見習い聖女のお陰なのだろう。
私がいなくなってからも皆の活躍が感じられる。それがなんだか嬉しい。
「しかし、あそこより先は汚染区域です。今までのような長閑な風景は広がっていません」
手綱を取っているルーちゃんが示した前方に視線を向けると、そこには枯れ果てた大地が広がっていた。
それをよく観察する前に私たちは少し離れた安全な馬車にキュロス馬車を停める。
もし、瘴気持ちの魔物が大量に現れてしまった時に、馬車に繋がれていたキューとロスカが逃げられないというのは可哀想だ。
念のためにいつでも逃げられるように手綱を解いて自由にしておく。
「危険を感じたら逃げてもいいからね」
「「クエエエエエエッ!」」
そんな想いで声をかけると、キューとロスカは鳴き声を上げながら足を蹴り出してみせた。
素早い連続蹴りで空気がブオオンと音が鳴り、私の髪が大きく揺れる。
どうやら瘴気持ちの魔物がやってきたら蹴り飛ばすらしい。
そういえば、この子たちはランダンの救出作戦の時も怯えることなく突撃する勇ましい性格だ。
そんな二匹に逃げろなんて似合わないかもしれない。
「わかった。その時は追い払ってね」
「「クエエエッ!」」
自分たちも戦うとばかりの勇ましさを見せるキューとロスカの気持ちに嬉しくなった私は、ギューッと抱き着いて撫でた。
「よしよし――って、あれ?」
「どうかしましたか?」
キューとロスカの様子を見て首を傾げていると、ルーちゃんが不思議そうに尋ねてくる。
「……キューとロスカの毛が一部だけ翡翠色になってる」
黄色みを帯びた毛並みをしているキューとロスカであるが、二人の毛を見るとところどころ翡翠色の毛が生えていた。
「キュロスってこんな色の毛が生えてくるっけ?」
「生息地によって毛の色は変わりますが、基本的に茶色、黄色、白といった色合いですね。このような色の毛をしているのが見たことがありません」
キューとロスカの変色した毛を見て、ルーちゃんも思わず唸る。
彼女の言う通り、街中で見かけるキュロスもそのような毛色だ。翡翠色の毛なんて見たことがない。
「どこかで汚れたとかペンキが付いたってわけでもないね」
ゴシゴシと擦ってみるも色が変わることはない。
「……もしかして、病気とか?」
「クエエ?」
私が深刻な表情で呟く中、キューとロスカの間の抜けた声が響く。
「私もキュロスに詳しいわけではないので何とも言えないですね。ただ、二匹の様子を見る限り、健康状態が悪いというわけではなさそうです」
「うん、そうだよね。今朝もたくさんご飯食べてたし」
アークたちが屋敷に入っていく傍らで、二匹が美味しそうにご飯を食べていたのを見かけている。
さっきも元気に走っていたし、体調が悪いような様子はまるで見かけられなかった。
「……依頼を終えたらキュロス医に診せてみますか?」
「うん、王都に戻ったらそうしよう」
今は何ともないし平気みたいだけど、これが病気の前兆とかだったら怖いから。
「瘴気の影響があるかもしれないから念のために付与をしておくね。『聖なる願い』」
逃げるにしろ戦うにしろ汚染区域の近くではしっかりと聖力で身を守っておかなければいけない。
私はキューとロスカに聖力を与えて、全身をコーティングしておく。
その瞬間、まばらだった変色した毛の範囲がさらに広がった。
「ああっ! 私が付与をかけたら変色範囲が広がった!」
「……これはもしかすると、ソフィア様の聖力に影響されているのかもしれませんね」
翡翠色に変わった毛をしげしげと眺めながらルーちゃんが言う。
「ええっ!? そんなことある?」
「前代未聞ですが、関係性からそうとしか言いようがないです。もう一回やってみます?」
「そ、そうだね」
元は聖魔法の付与だ。これが原因で何かが悪化するようなことはないだろう。
ルーちゃんに言われて試すように聖魔法の付与をかけてみる。
キューとロスカは私の杖から放たれた翡翠色の光を浴び、そしてスポンジが水を吸収するかのように光を取り込んだ。
すると、残っていた毛もすっかりと染まっていき、
「……完全に翡翠色になっちゃった」
キューとロスカの全身の毛が綺麗に翡翠色に染まった。
元の黄色かった毛並みは見る影もない。
一体どうしてこのようなことになってしまったのやら。
「キューとロスカから聖力が感じられるのは気のせいかな?」
「気のせいじゃありませんよ。私も感じとることができますから」
「だよね」
体毛が変わっただけでなく、キューとロスカには確かな聖力が感じられた。
「信じられませんがソフィア様の聖魔法に影響されたのでしょうね」
「そうとしか考えられないよねー」
信じられないことであるが、私の聖魔法を浴び続けてこうなったのだ。そうとしか考えようがなかった。
「――ってことはルーちゃんも私の聖魔法を浴び続けると髪が翡翠色になったり! というか、今もなってるかも!」
「ええっ!?」
キューとロスカでこのような変異が起きたのだ。二番目に私の聖魔法を浴びているルーちゃんも同じようなことになってもおかしくない。
ルーちゃんも心配になったのか少し屈んで髪の毛を見せてくる。
私はルーちゃんの艶やかな髪の毛を触りながら変色していないか確かめる。
「…………」
「そ、ソフィア様? どうなのですか?」
真顔でさわさわと頭を撫でていると、ルーちゃんから不安そうな声が漏れた。
「あ、ごめん。サラサラだったからつい夢中で撫でちゃった。特に髪の色は変わってないよ」
「真顔で凝視するからビックリしたじゃないですか……」
私がそのように言うと、ルーちゃんがホッとして体勢を元に戻した。
白髪でも探すがごとく、念入りに探したがルーちゃんの髪の毛は一本たりとも変色していなかった。
「それにしても何でこんな変化が?」
私たちの視線の先にいるキューとロスカは健康そのもの。
互いに変わった体毛を見つめて不思議そうにしている。
「ソフィア様の規格外な聖力による影響ではないでしょうか?」
またしてもそれか。私の身体に染み込んだ聖力というソースは、他の具材にまで染み込んでしまうというのか。
『独身貴族は異世界を謳歌する』8月30日にGCノベルズから発売。




