大聖女は力になりたい
「さて、俺はギルドに戻るぜ」
朝食を食べ終わりしばらく会話に花を咲かせると、ランダンが立ち上がった。
「それじゃあ、僕も仕事に戻ろうかな」
「俺も研究 の続きをやるか」
それを皮切りにアークやセルビスも立ち上がる。
もう帰ってしまうことに寂しさを覚えてしまうが、三人とも地位と仕事があるので忙しいのだろ
う。
引き留めたくなる気持ちもあったが、それを堪えて笑顔で見送ることにした。
「わかった。忙しい中、顔を出してくれてありがとうね」
「また落ち着いたらその時はゆっくり集まろう」
「うん!」
アークの言葉を嬉しく思いながら、私たちは三人を見送った。
三人がいなくなると途端に屋敷が静かになる。
皆、それぞれがやることがある。
それはそれで大変なことだろうけど、やるべきことがあるっていうのはいいな。
「ルーちゃん、私たちも何かできることをしよう!」
「ソフィア様の世界への貢献 を考えれば、そこまで必死になって動かなくても問題ないのですよ?」
「皆が頑張っている中、自分だけ何もしないのは落ち着かないんだ。それに魔神っていうのが本当に存在するなら、二十年前を超える世界の危機が近づいているかもしれないんだよ? 放っておくことはできないよ……また多くの人が傷つくのは嫌だから……」
そんな私の真剣な言葉を聞いて、ルーちゃんは何故かクスリと笑った。
「ちょっと! なんで笑うの!?」
「すみません、ソフィア様が本当に昔と変わらない様子だったので」
「そりゃそうだよ。私にとってはちょっと前なんだし」
拗ねたように口を尖らせると、ルーちゃんは増々笑った。
それから咳払いをして居住まいを正すと、ルーちゃんが改めて口を開く。
「わかりました。私たちもできることをやりましょう」
「うん! でも、なにができるかな?」
「アーク様たちのような大規模な調査では役に立つことは難しいでしょう。私たちにはそういったノウハウや人脈も不足していますから」
「そうだよね……」
アークは今や貴族でアブレシアの領主、ランダンはSランク冒険者で、セルビスは宮廷魔導士であり高位貴族。情報面ではとても肩を並べられるわけもない。
私は大聖女であるものの、それは世間には公表していないので独自に強い権力を持っているわけではない。
メアリーゼやサレンといった頼もしい友人はいるが、専門外の私が介入したところで大して役に立つことはないだろう。
「しかし、私たちは皆さんとは違った長所を持っています。それは 身軽さです」
「アークたちは地位があるから動くのが難しいけど、私とルーちゃんなら自由にどこにでもいけるもんね!」
「その通りです。私たちは縛られることなく、独自に動くことが可能です。アーク様たちの目の届かない場所を調べることもできます」
アークたちの目の届きにくい場所や、小さな異変にもすぐ対応することができる。
これは私たちの大きな利点だ。
もし、何か問題になってもメアリーゼにすぐに報告できるために何とかなるだろう。
「とはいっても、今は調査が始まったばかりでそれらしい情報は上がってきてないし」
馬車の中で話した魔神についての情報は、ルーちゃんにも共有済みだ。
今はアークたちが積極的に人脈を駆使して調査している状況。
「そうですね。手始めに教会の仕事でも受けながら、様子を探るのはどうでしょう? 魔神が出現したのであれば、各地の瘴気に異変があるかもしれません」
「そうだね。瘴気の浄化も聖女の仕事でもあるし、地道にやっていきながら情報を集めようか」
かなり大雑把な動きではあるが何もしないよりはマシだ。どちらにせよ、現状で私たちにできることが少ない以上、できることを着実にこなしていくのがいい。
「そういうわけで、ちょっと教会本部に行ってくるよ!」
『はい、行ってらっしゃいませソフィア様、ルミナリエさん』
慇懃に礼をしたエステルであるが、その表情はどことなく不安そうだ。
もしかして、私と前のご主人様を重ねちゃっているのかな?
「何があろうともソフィア様は私がお守りするので、そのような心配は無用です」
「私たちは無事に帰ってくるから。だから、笑顔で見送って?」
『はい、行ってらっしゃいませ!』
ルーちゃんと私がそう 声をかけると、エステルは晴れ晴れとした笑顔で見送ってくれた。
●
住んでいる屋敷から歩いて十分程度。私とルーちゃんは王都の教会本部に到着した。
つい先日まで内部に住んでいたので、改めて外から入るのは少し新鮮だ。
招集されてまだ到着していなかった聖女や見習い聖女もいるのか 、まばらに馬車が到着しては教会に入っていく姿も見えた。
続いて内部に入ると、今日も教会は賑わっていた。
信徒による朝の祈りが行われていたり、指導員が見習い聖女たちを連れて稽古部屋へ 移動していたりする。
受付の一画では、瘴気の浄化や解呪の依頼に来た 一般人などが列を作っていた。
そんな光景を横目に見ながら、私とルーちゃんはサレンのいる受付に向かう。
やってくる私たちに気付いたのか、サレンも笑みを浮かべてくれた。
「おはよう、サレン」
「おはよう、ソフィア。新しい屋敷の住み心地はどう?」
屋敷の件についてはメアリーゼから既に話がいっており、サレンにも共有済みだ。
「広いだけでなく可愛いメイドさんもついてきたから最高だよ。紹介してくれてありがとうね」
「まさか、悪霊の正体がレイスで、そのレイスと一緒に住み始めるとは思わなかったけどね。ソフィアが気に入ってくれたのなら良かったわ」
すったもんだの結果があったとはいえ、良い物件を紹介してもらったことに変わりない。
サレンには心から感謝だ。
「今日は引っ越しの報告だけじゃなく、相談したいことがあるんだ」
「あら、どうしたの?」
「何か私たちにできる仕事はないかなって?」
「ええ? ソフィアとルミナリエが?」
「うん!」
私が元気よく頷くと、サレンが周囲を確かめるように見回して囁き声で言う。
「……まだ魔神についての情報は何も集まってないわよ?」
「どうしていきなり二人で魔神を討伐する前提 なのかな?」
「だって、伝説の大聖女に聖騎士でも指折りの実力者のルミナリエよ? 二人が揃って戦うとなると、それなりの大物じゃないと……」
「だからって、二人で魔神は無茶だよ」
魔王が相手でもアーク、セルビス、ランダンの四人 がかりだった。
魔力と聖力が上がっているとはいえ、魔王よりも強大らしい魔神を二人で倒せるなどと思うほど自惚れてはいない。
思わず突っ込むと、サレンはおかしそうに笑った。
「フフッ、さすがに冗談よ。本当に仕事をやってくれるの? 教会としても二人のような実力者が積極的に仕事を請け負ってくれるのはかなり嬉しいのだけど」
「うん、本気だよ。できれば浄化の依頼がいいかな」
元々、私は浄化が得意だ。主にやっていたのは瘴気持ちの魔物の討伐や、汚染された土地の浄化だ。
現状の汚染された土地を確認したいし 、瘴気に異変がないか調べる意味でも直接汚染区域に赴くことができる 浄化依頼がいい。
「ソフィアといえば浄化だものね。安心して、浄化して欲しいところは山ほどあるから」
「あはは、お手柔らかにね」
束になった浄化の依頼書を取り出して真剣に吟味し始めるサレンに、私は苦笑いしながらそう言うしかなかった。
水曜日のシリウスにてコミカライズ公開中。




