引っ越し祝い
『転生大聖女の目覚め』書籍発売中です!
ニコニコ静画にてコミカライズ連載されてます。
「おいおい、こいつレイスだぞ! なんでこんなところに魔物がいるんだ?」
『や、やめてください! 私はソフィア様にお仕えするメイドなんです!』
「嘘をつくな。どこに大聖女に仕えるアンデットのメイドがいるというのだ」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。見たところも悪意もないみたいだし、話を聞いてからでも遅くないよ」
キュロス舎の前ではランダンが大剣を、セルビスが杖をエステルに突きつけ、それをアークが庇っている様子だった。
なんだか亀に乗って海の城に行ってしまうような前世の童話を彷彿とさせる光景だ。
「こらー! 私のメイドを苛めるなー!」
『そ、ソフィア様!』
私が怒りを露わにして叫ぶと、エステルが感激した声で傍にやってくる。
「えええー? 野良アンデットじゃねえのか?」
「この子は私のお世話や屋敷の管理をしてくれるメイドなの! メアリーゼも認めているし、勝手に倒すなんてダメ!」
「身の回りの世話をアンデットにやらせるなどと聞いたことがないぞ」
きっぱりと告げるとランダンは大剣を背負い、セルビスは眉を潜めて小言を言いながらも杖を下ろしてくれた。
「……相変わらずソフィアはやることが斜め上だね」
「そうかな? 悪いアンデットならともかく、良いアンデットなら無暗に浄化する必要はないと思うよ?」
無害なのであれば、むやみやたらと浄化する必要ないと思う。
私の持論を聞いて、苦笑するアーク。
ランダンやセルビスも肩をすくめて、どこか諦めたような顔をしていた。
「ところで、三人とも何しにやってきたの?」
「ソフィアが新しい家に住んだって聞いてよ! 覗きに来てやったぜ!」
「そういうことさ。はい、これ引っ越しの祝い品」
素朴な疑問を投げると、ランダンが元気にそう言い、アークがたくさんの果物が入った籠を渡してくれた。
「わっ、私とルーちゃんが好きな果物だ! ありがとう!」
「どういたしまして」
ランダンが入院している時よりも豪華な果物の詰め合わせセットだ。
私とルーちゃんが気に入って食べていたのを覚えていたらしい。さすがはアーク。
お土産のチョイスも気が利いている。
「俺は酒を持ってきたぜ!」
「俺はつまみになるものを持ってきた」
ランダンとセルビスが大きな箱に入った酒瓶とつまみの詰め合わせセットのようなものを見せてくる。しかし、私の手は既に果物セットでいっぱいだ。
『私がお持ちしますね』
「うん、お願い」
果物籠をエステルに渡すと、彼女は念動力で浮かび上がらせる。
ランダンやセルビスの祝い品も私が受け取ってからエステルに渡す。それらも同じようにエステルが浮かせていた。
「ランダンとセルビスもありがとう。とりあえず、中に入ってよ」
そんな光景に驚くランダンたちを連れて屋敷に入る。
玄関を抜けて廊下を進むと、つい先ほどまでいたリビングに到着だ。
『ところでソフィア様、あのお三方は一体どのような?』
落ち着くなりエステルがお土産を置いて、素朴な疑問を投げかけてくる。
うん、別にエステルなら私の正体やアークたちとの関係を話しても構わないだろう。これから私たちと一緒に生活をするわけだし。
「昔からの仲間なんだ。右からランダン、アーク、セルビスだよ」
『あれ? ソフィア様、なんだかお客様のお名前はすごく聞いたことがあります。確か魔王を討伐するべく選ばれた勇者パーティーの……もしかして、ソフィア様って――』
生きていたのが二十年以上前であり、世情に疎いエステルだが、勇者パーティーのことは耳にしたことがあるらしい。
「そう! 私もその一員で聖女をやっていたんだ!」
『やっぱり! ソフィア様は私が思っていた以上にすごい方なんですね!』
「えへへ、そう?」
そういう言葉は勇者パーティー時代に何度も耳にして慣れていたが、こうも純粋な感情を向けられては妙に照れ臭い。
「すごいなんてものじゃないよ。なにせ、魔王を討伐できたのはソフィアのお陰なんだから」
『魔王を討伐!? つ、つまり、ケビンネス様の仇はソフィア様が討ってくれたということですか!?』
「私だけの力じゃないよ。仲間がいたから倒すことができたんだよ」
アーク、セルビス、ランダンがいたからこそ倒すことができた。私一人の力だなんてとんでもない。
『そうだったのですね。ソフィア様たちがケビンネス様の仇を……私、誠心誠意ソフィア様にお仕えさせていただきますね!』
「う、うん、ありがとう」
うるうると瞳を輝かせながらエステルがこちらを見つめる。
結果的にケビンネスさんの仇をとったことになるので、エステルからの忠誠心が爆上がりしたようだ。
生き残り、世界を救うために夢中でやったことなので、どう反応したらいいかちょっと困る。でも、彼女の憂いが一つとれたのだとしたら良いことだ。
なんとなく湿っぽい空気が流れたので、私はそれを振り払うかのように明るい声を出す。
「三人とも朝食は食べた? 多めにあるから食べてないなら一緒に食べられるよ」
「食べるぜ!」
私の言葉に真っ先に反応したのがランダンだ。
元気よく返事すると席に座った。
「僕は食べてきたから紅茶を貰えると嬉しいな」
「俺も同じだ」
『すぐに準備いたしますね』
エステルはランダンの分の食器を並べると、そう言って紅茶の用意を始めた。
素早く移動すると念同力を駆使して、様々な工程を平行で行っていく。
私とルーちゃんはまだ食事の途中なのでパクパクと食べ進める。
「落ち着いた雰囲気のいい屋敷だね」
「でしょ? ちょうどの広さで綺麗だよね」
アークと私の言葉に紅茶の用意をしていたエステルが微笑んでいた。
主との思い出が詰まっている屋敷だけあって褒められるのは嬉しいようだ。
「そうか? こじんまりとしている上に、築年数が経っているせいか古臭いぞ? 金ならあるんだ。もっと広い屋敷にしたらどうだ?」
しかし、セルビスのそんな言葉で表情が抜け落ちた。
まったく、どうしてセルビスは他人の地雷を一発で踏み抜くのだろうか。
「そんなことないよ! 綺麗だし、住むのは私とルーちゃんだけなんだから、これくらいの広さで十分だよ! これ以上広いと管理が大変だし!」
「それなら使用人を増やせばいいだろ」
「たくさんの使用人に囲まれて暮らしたくないよ」
そんな大勢の人に囲まれた家なんて落ち着かない。
「……何故だ?」
しかし、セルビスは生粋の貴族のせいか私の言い分があまり理解できていなさそうだ。
腕を組んで首を傾げている。
「普通に考えて知らねえ奴に囲まれて生活なんてしたくねえだろ」
食事の手を止めたランダンがバッサリと言う。
こういうところが貴族と平民の考え方の違いだろう。
「慣れると便利なんだけどね」
アークは平民から貴族になったので、平民と貴族の両方の考え方がわかるようだ。
「にしても、料理が美味いな!」
「エステルが作ってくれたんだよ」
「やるじゃねえか!」
『ありがとうございます!』
先ほどは大剣を突きつけられてしまったが、ランダンの心からの感想を聞いて嬉しそうなエステル。
セルビスの空気の読めない台詞から回復してくれたようだ。良かった。
『紅茶になります』
やがて紅茶が出来上がったのかアークやセルビスに差し出すエステル。
その動きは非常に洗練されており見ていて全く気にならない。
「うん、美味しいね。さすがはソフィアが見込んだメイドさんだ」
『ありがとうございます。紅茶を淹れるのには自信がありますので』
どうやらエステルは紅茶を淹れるのが得意なよう。
本当にメイド力が高い。
一方でセルビスは一口飲むと、しげしげとエステルを見つめていた。
もしかして、セルビスってばエステルの可愛さに見惚れているとか?
『ど、どうかされましたか?』
「冷静に考えれば、このようにゆっくりとレイスを確認するのは初めてだと思ってな。レイスの身体がどのように構築されているか気になる」
違った。そんな可愛らしい視線じゃなかった。まるで実験動物を観察するかのような無機質な視線だった。
「ちょっとこっちにこい」
『ひ、ひいっ! 勘弁してください!』
魔力を纏わせながら剣呑な雰囲気を漂わせるセルビスを見て、エステルが涙目になって離れた。
「こら、セルビス。うちのエステルに手を出さないで」
「むむ、貴重な実験体だというのに……」
私が注意すると、とりあえずは魔力を引っ込めてみせるセルビス。
セルビスとエステルが二人っきりにならないように注意しないと。
私が瘴気を浄化していて眠っている時も、結晶を砕いて拝借したし何をするかわからない。
ちゃんと目を光らせておかないと。
でも、こんな風に朝から賑やかに過ごすことができるのはいいな。
眺めているだけで元気がもらえる思いだ。
「ソフィア様、どうかしましたか?」
そんな風に私がにこにこしていることに気付いたのだろう、ルーちゃんが穏やかな表情で聞いてくる。
「私たちの家でこうして集まれるのが嬉しいなーって」
「これからはもっとそんな時間が増えますよ」
「うん!」
ルーちゃんの言葉が嬉しく、私は満面の笑みで頷いた。




