レイスのメイド
「転生大聖女の目覚め』書籍発売中。
水曜日のシリウスにてコミカライズスタート。
『ソフィア様、朝ですよ!』
そんな可愛らしい声に目を覚ますと、目の前には壁から上半身だけを出して覗き込んでいるエステルがいた。
「うわわわわわわわわっ!」
『ソフィア様!?』
ショッキングな光景を目にして私を勢いよく身体を起こす――ことはできない。エステルとぶつかってしまう。
結果として私は情けない悲鳴を上げながら、ベッドの上で仰向けになったまま手足をバタバタとさせた。
しばらく滑稽な姿を晒すと、さすがに落ち着いてきた私はゆっくりと身体を起こした。
『おはようございます、ソフィア様。大丈夫ですか?』
「エステル、その起こし方はやめて。すごく心臓に悪いかも」
目を覚ますなり上半身だけが突き出たメイドがいるのはホラーでしかない。
お陰で目は覚めたけど、今も心臓がバクバクとしていた。
『申し訳ありません。つい、便利なので』
「まあ、レイスだからね」
『少し寝癖がついていますね。髪を整えても構いませんか?』
「うん、お願い!」
髪を整えやすいように私は寝室にあるイスに腰かける。
すると、エステルが後ろに回って手や櫛を使って優しく髪を梳き始めた。
屋敷に住み着いていた悪霊、もといレイスのエステルは浄化せず、和解したことをメアリーゼに報告し、すったもんだの末に私に仕えることが認められた。
メアリーゼから直接話がいって、不動産屋も納得して依頼も取り消してくれた。
とはいえ、元の約束は浄化だったのでそのまま格安で譲ってもらうのは申し訳なく、迷惑料も込めての正規の値段で買い上げることにした。
それなりの年月が経過していた屋敷であり、悪霊騒ぎで誰も入居することがなかったので値段はそれほどでもない。世界を救った報酬として母さんの口座には目玉が飛び出るような額があるので、大した痛手でもなかった。
むしろ、こんなに可愛らしいメイドがついてきたと思えばとってもお得だろう。
見習い聖女や騎士見習いを雇う面倒もないし、屋敷について熟知している家事のプロなので頼もしいことこの上ない。
『ソフィア様の髪はとてもサラサラで綺麗ですね』
「ありがとう」
長髪の時は少しだけ毛先に癖があったのだが、短くしてからはそれもほとんどなくなった。
これも短くした利点だ。
「あー、素晴らしい梳き心地だよ」
エステルの梳き方はとても丁寧だ。サラサラと細い指や櫛が通っていき、頭皮まで優しく撫でられているかのよう。
ルーちゃん以外の人にこんな風にやってもらうのは久しぶりなので凄く新鮮だ。
『良かったです。女性の髪を梳くのは久しぶりだったので』
「男性だとこういう手入れはあんまりないもんね」
パーティーで活動している時もアークやランダン、セルビスの準備の早さを見て羨ましいと思ったものだ。
『いかがでしょう?』
などと会話しているとすっかりと終わったようだ。
「わっ、綺麗な編み込みができてる! 可愛い!」
鏡を覗き込むと、シレッと髪が編み込まれている。
普段やっているタイプとは違って少し複雑で可愛いやつだ。
『お気に召されたようで良かったです』
いつに間にやっていたんだろう。まったく気付かなかった。
朝からいつもと違ったオシャレができて、私のテンションは爆上がりだ。
『ルミナリエさんは既に起きており、朝食の準備もできています。支度ができましたらリビングに降りてきてください』
「うん、わかった」
返事すると、エステルは恭しく一礼をして床へと沈んでいった。
レイスの透過能力を活かして、そのまま一階へと移動したのだろう。
「レイスの透過能力が便利だ」
透過して下に降りてしまえば部屋を出て階段を降りるなどと回り道する必要はない。
しかし、ただの人間である私にはとても真似できないので、大人しく身支度を始める。
寝間着から普段着に着替え終わったところで扉がノックされた。
「ソフィア様、そろそろ朝食の時間です。そろそろ起きてくださ――」
「もう起きてるよ」
「ソフィア様が朝からシャンとしている!?」
扉を開けて入ってきたルーちゃんが私を目にするなり驚愕の声を上げた。
ルーちゃん、それは大袈裟だよ。そんなに驚くほど私の生活はだらしなくない。
「さては私より先にエステルが来ましたね?」
「う、うん、そうだけど……」
「……な、なんということです。ソフィア様を起こすのは私のお役目なのに……」
教会本部で部屋を間借りしていた時は、ルーちゃんが毎日起こして、髪を整えてくれた。彼女からすれば、まさに先を越された思いなのだろう。
「むむむ! 髪にいつもとは違う編み込みが! ……レイスの癖にやりますね。私も新しいバリエーションを増やさなければ……」
新しい編み込みがされた私の髪を眺め、むむむと唸るルーちゃん。
元は家事や身の回りのお世話を専門としているメイドだ。無理に張り合わなくてもいいのだけど、私は好きにさせることにした。
●
支度を終えて、ルーちゃんと共にリビングに移動すると、食卓には豪勢な朝食が並んでいた。
焼き立てのパン、サラダ、プレーンオムレツ、ふかしたジャガイモ、鶏肉の香草焼き、トマトスープ、カットされた果物など。
教会の朝食も豪華だと思っていたが、目の前にあるものはそれ以上だ。
「わあっ! 美味しそう!」
『すみません、お料理をするのが久しぶりだったもので作り過ぎてしまいました』
私が喜ぶと、どこか照れ臭そうに微笑むエステル。
久し振りの給仕で舞い上がっている彼女がとても可愛らしい。
『量が多ければ昼食に活用しますので無理のない範囲で食べてくださいね』
「大丈夫。全部食べる」
これだけ美味しそうな朝食だ。お腹もペコペコだし、今の私ならきっと食べられるだろう。
「ソフィア様、食前のお祈りを……」
「あう」
席につくなり食べようと食器に手を伸ばしたが、ルーちゃんに止められた。
教会の食堂じゃないし別にいらないんじゃない? なんて思ったけど、それを言ったら怒られそうなので大人しく食前の祈りを捧げることにした。
「女神セフィロト様に感謝して、いただきます!」
やや早口で食前の祈りを捧げると、私は今度こそ食器に手を伸ばした。
まずは皿の上に鎮座している柔らかそうなプレーンオムレツからだ。
ナイフで切り分けてそっと口に運ぶ。
「わわっ、このプレーンオムレツすごくとろとろ! 美味しい!」
口の中でほろりと崩れ、中から玉子の旨みとバターの旨みが溶けだしてくるようだ。
絶妙な火加減によってなされる優しい味わいだ。
『ありがとうございます!』
パンもしっかりと焼き上がっておりフワフワ。
鶏肉の香草焼きも火加減が抜群で、ジューシーでありながらしっとりしている。どのような香草を使っているのかわからないが、初めて食べる味だった。
トマトスープもトマトの旨みと酸味がしっかりしているだけでなく、くたくたになるまで煮込まれた野菜たちがいい味を出している。
ふかしたジャガイモも素朴な甘みがあって非常に落ち着いた。
「……やりますね」
『恐縮です』
これにはルーちゃんも素っ気なくはあるがきちんと褒めていた。
まだちょっと素直じゃないのはルーちゃんの中で、アンデットと暮らすことを呑み込めていないからだろう。
エステルの方もルーちゃんには浄化されかけたので、ちょっとした苦手意識を持っている模様。これについては二人とも慣れてもらうしかない。
時間が解決してくれる問題だろうと思うので、一緒に過ごしていけば慣れると思う。
『それでは、私はキューとロスカに食事を与えてきますね』
「うん、お願い」
キューとロスカも教会本部からこちらに移って、屋敷の傍にあるキュロス舎に住んでいる。
エステルは屋敷の敷地内であれば自由に移動できるようなので、そちらの世話もやってくれるようだ。
キューとロスカの餌を持って、スーッと壁をすり抜けていくエステル。
「メイドさんがいるとすごく助かるね」
「誰かにやってもらうというのは少し落ち着きませんが、悪くはないですね」
とはいえ、エステルはアンデットなので屋敷以外では昼間から活発に動くことはできないし、買い出しに街に移動することもできないので、そういった細々とした用事は私たちがやる必要があるだろう。全てを任せるのは慣れていないので、多少やるべきことがあるくらいで私たちにとってちょうどいいのかもしれない。
『きゃああああああああっ!』
もぐもぐと口を動かして朝食に舌鼓を打っていると、外からエステルの悲鳴が響いた。
「今の悲鳴はエステル? ちょっと行ってみよう!」
「はい!」
尋常じゃない悲鳴を耳にした私とルーちゃんは、即座に立ち上がって外に出た。
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