魔力暴走
水曜日のシリウスにてコミカライズスタートしました。
『えっ? 嘘ですよね……?』
私が真実を伝えると、エステルは理解できなかったのだろう。呆けた声を上げた。
「嘘じゃないよ。彼は最前線で魔王と遭遇したんだ。瘴気に呑まれて遺体が見つかってないから行方不明ってことになっていたけど、今は殉職ってことになってる」
当時は今みたいに世界が平和ではなく、人の生き死にが激しかった。
捜索をする時間もなく、行方不明と判定を受けて、後に殉職と断定されたケースも少なくない。ケビンネスさんも後になって殉職とされた一人だ。
魔王と対峙した私だからわかる。あれだけ濃密な瘴気に呑まれて生きていられるはずがない。
『どうしてソフィアさんにそんなことがわかるんですか!?』
「……わかるよ。私たちは教会の人間でケビンネスさんを知っていたから」
『そ、そんな……』
「魔王の侵攻から既に二十年が経過しています。仮にその時に生きていたとしても、ずっと帰ってきていないってことはもう……」
『に、二十年?』
目を伏せながらのルーちゃんの言葉を聞きき、エステルが目を見開く。
「ケビンネスさんがいなくなってからもう二十年の月日が流れているんだ」
やはりレイスになってしまったせいか時間の流れに鈍感になってしまったようだ。
『……いや、いやああああああああああああああああああああッ!』
エステルは絶句し、それから身体を震わせるとつんざくような悲鳴を上げた。
それと同時にエステルの魔力が一気に膨れ上がり、保管庫にあるあらゆる物が舞い上がった。エステルを中心に渦巻く魔力によって、私たちの髪がたなびく。
「ソフィア様、これは……っ!」
「エステルの魔力が暴走しているんだ」
感情の昂ぶりによって引き起こされた魔力暴走。
アンデット系の魔物は、現世に留まる理由がなくなると自然と消滅されることがある。
しかし、私が伝えた真実は逆効果で、彼女に魔力暴走を引き起こさせてしまった。
『いやあああああああああああああッ!』
エステルを中心とした台風のように家具が動き回る。
まるで不条理な世の中への憎悪を表すように。
魔力が暴走したことで力が強くなっているのか、屋敷にある様々なものが浮かび上がっている。このままじゃ屋敷そのものが壊れてしまう。
主を待つために屋敷を守ってきたエステルにとって、それはもっとも救われない結末だ。
大事に守ってきた物を自分で潰してしまうなんて可哀想だ。
私はエステルを止めることにした。
荒れ狂う家具を結界で弾きながらエステルに近づいていく。
「ソフィア様、危険です!」
「私に任せて」
振り返って告げると、ルーちゃんはしょうがないといった様子で引き下がった。
深く説明するまでもなく、信頼してくれるのが嬉しい。
飛び交う家具へと突き進むと、展開した結界にガンガンと激しく家具が衝突する。
まともにぶつかれば吹っ飛び、当たり所が悪ければ大怪我をしてしまう威力。
基本的に弱い力しか持っていなかったエステルであるが、魔力暴走によって力が無理矢理引き上げられ重い物まで飛来するようになっていた。
しかし、そんなものでは私の結界を破ることはできない。
押し寄せる家具を結界で防ぎ、ゴリ押しでエステルに近づいた。
家具の波をかき分けると中心にはエステルがいる。正気を失った表情で叫んでいる。
聖魔法で浄化してしまえば話は簡単であるが、彼女はすごく良いレイスだ。
主をずっと待ち続けて、死んでレイスとなっても屋敷を守り続けている。
そんな子が悪いはずがない。魔力暴走してしまったからといって浄化なんてしたくはない。
だったら、エステルの魔力暴走を止めるまでだ。
「エステル!」
近くで大きな声を上げて名前を呼んでみるが、エステルが答えることはない。
主の死という残酷な現実を受け入れることができず、固い心の殻に閉じこもっているよう。
だったら、それ以外の方法で接触するしかない。
私は聖魔法を解除して、そのままエステルを抱きしめた。
「ソフィア様!? レイスに触れてはドレインタッチが!」
レイスであるエステルを抱きしめて、見守っていたルーちゃんが悲鳴を上げた。
「私なら大丈夫!」
通常ならばルーちゃんの懸念している通り、ドレインタッチによって魔力や生気を奪い取られるのだが、聖魔力が高い私はそれに抗うことができ、触れられる。
聖魔力の強過ぎる私では加減を間違えると、エステルを浄化してしまうので加減がかなり難しい。だけど、悲しみに沈んだエステルを救うために頑張るしかない。
「大丈夫、落ち着いて」
『ああああああああああああッ!』
聖魔力を調節しながら必死に声をかけるもエステルの耳には届いていない。
「止まって。魔力暴走を続けたらエステルの身体も危ないんだよ!?」
魔力暴走は己の限界を超えた力を行使し続けることになる。そんな状態が長く続いて身体に影響が
ないわけがない。
『ケビンネス様のいない世界なんていらない! もうどうなってもいい!』
エステルの身を案じて訴えかけると、エステルは泣きながら叫んだ。
……どうすれば、私の言葉で彼女を止めることができるだろう。
エステルが話してくれた言葉を思い返しながら、私は彼女にもっとも響くであろう言葉を選択する。
「だからって、ご主人様との大切な思い出の場所まで壊しちゃうの?」
『――ッ!?』
その一言を聞くと、エステルは目を見開いて驚愕。
周囲を渦巻いていた家具がピタリと止まり、力を失ったかのように地面に落下した。
どうやら我に返ってくれたようだ。
「ごめんね、辛いことを言っちゃって。それだけご主人様に会いたかったんだよね」
『……う、うう、ふえええええええええええっ』
私の言葉で悲しみのダムが決壊したのか大粒の涙を流すエステル。
先ほどのような魔力暴走はまったくなく、目の前では心優しいレイスの少女が泣きじゃくっているだけだった。
「……ソフィア様、急にレイスを抱きしめるだなんて心臓に悪過ぎます」
「あはは、ごめんね。私なら平気だから」
心配して疲れた様子のルーちゃん。もう危険はないと判断したのか聖剣は鞘に納めていた。
『ふええええええええええ、ソフィア様! 辛かったです! 寂しかったです!』
「よしよし、よく頑張ったね。自分が死んじゃったのに、それでもご主人様を待ち続けるなんて本当に偉いよ」
私は子供のように泣きじゃくるエステルを母親のようにあやし続けるのであった。
●
『すみません、先ほどはご迷惑をおかけしました』
私の胸の中でひとしきり泣き叫ぶと、ようやく落ち着いたのかエステルがぺこりと頭を下げた。
涙を流した影響か瞼が少し赤くなり腫れている。レイスなのにすごく人間らしい。
「元はといえば、私のせいだしね。気にしなくていいよ」
『そんなことはありません! ソフィア様が止めてくれなければ、私は大事な物を壊してしまうところでした!』
私が思わず謝ると、エステルがそれを否定するように大声を上げる。
互いに謝り合うのがおかしくて私とエステルは同時に笑ってしまう。
「えっと、ソフィア様。これからどうするのです? レイスを浄化しますか?」
『ひいっ!』
物騒なことを言い出すルーちゃんの言葉に、エステルが短い悲鳴を上げて私の後ろに隠れた。
……とっても可愛い。
昔のルーちゃんもこんな風に小さくて臆病だった。
「話も通じるいい子だし、浄化はしたくないな」
『ソフィア様!』
「……ソフィア様、そのレイスにほだされてはいませんか?」
「そ、そんなことはないよ」
ルーちゃんが訝しむような視線で私を見つめる。
なんとなく心が見透かされているような気がするが、そんな理由だけで浄化しないわけではない。
「さっきは私のせいで魔力暴走しちゃったけど、もう落ち着いているし、最初から邪気もなかったからね。浄化するほどじゃないよ」
「では、そのレイスをどうするのです?」
そう言われると、どうしたらいいかわからない。悪い子ではなかったので浄化しなかったが、具体的にどうしてやろうとかまで考えていなかった。
「えっと、エステルはどうしたい?」
『可能であればここにいたいです。ここはケビンネス様との思い出の詰まった屋敷なので』
「そうだよね。ここはエステルにとって大事な場所だもん。離れたくないよね」
『はい』
とはいえ、入ってくる住民を追い返されるとまた問題になってしまって困る。
「だったら、私たちと一緒にここで住むっていうのはどう?」
『いいのですか!?』
「うん! そうすれば、無関係の人が入ってくることはないし、エステルを浄化しないで済むからね」
『是非、そうさせてください!』
私がそんな提案をすると、エステルは顔を輝かせて頷いた。
「という風に考えたんだけど、どうかなルーちゃん?」
思いつきで提案したものの、すっかり同居人のことを忘れていた私は改めてルーちゃんに尋ねる。
「……はぁ、ソフィア様ならそんなことを言うと思いましたよ。ソフィア様がそうしたいのであれば、私は構いませんよ」
「ありがとう、ルーちゃん!」
頭が痛そうな表情をするルーちゃんに私は抱き着いた。
さすがは私の聖騎士、器が大きい。
「ただ、不動産屋や教会がどのような反応を示すかは不明ですが……」
「そっちに関しては私がメアリーゼに言っておくから!」
二十年前にもこのようなことがあった。メアリーゼは清濁併せ呑むことのできる人だ。
他のお堅い上層部と違って理解を示してくれるだろう。二十年前もそうだったし。
『あ、あの一つお願いしてもいいですか?』
「どうしたの?」
『ソフィア様の身の周りのお世話をしてもいいですか?』
「うん、いいよ!」
私とルーちゃんも忙しい時があるから、ちょうど身の回りの世話をしてくれる人がいたらいいなーって思っていた。
元々、ここで働き長年住んでいたエステルなら屋敷のことも熟知していることだろう。手伝いを申し出てくれるのは非常に嬉しい。
そんな思いもあって快く頷くと、エステルは感激した表情を浮かべた。
『ありがとうございます! 誠心誠意お仕えさせていただきますね!』
「……新しい屋敷にレイスのメイドですか。本当にソフィア様と一緒にいると退屈しませんね」
『転生したら宿屋の息子でした』6月7日にコミック1巻が発売です。




