レイス
『転生大聖女の目覚め』書籍1巻が本日発売です。
コミカライズは明日からスタート!よろしくお願いします。
私たちの目の前でゆらゆらと浮かんでいる寝室の家具や調度品の数々。
その現象はさながらポルターガイストであるが、実際は悪霊の魔力によって動かされているだけだ。理屈さえわかっていれば、ただの魔法と変わりはなく恐れる必要はない。
浮かんだ家具がこちらに飛んでくるが、ルーちゃんが聖剣で叩き落とし、逸らすことで守ってくれた。
ベッドやソファーといった大きな家具が動いていないことから、やはり力の弱い悪霊らしく重いものまで操作することはできないのだろう。
『出て行って!』
私たちの脳裏に響く少女の叫び声。
怒りだけではなく悲しみも混じっているような必死な声だった。
荒々しい拒絶の意を示すように家具や調度品が飛んでくる。撃ち落とされた家具や、欠けた調度品なども再利用しているために中々の弾幕だ。
「『結界』」
限られた寝室のスペースで避けるのは困難と判断してかルーちゃんが、聖魔法による防御結界を発動。
飛来してきた家具などが翡翠色の壁に阻まれて落下していく。
「ソフィア様!」
ルーちゃんから上がる短い声。
私はその意図を真っ先に理解し、悪霊の居場所を突き止めることに成功していた。
「扉の傍に悪霊がいる!」
さっきまでは詳細な居場所まで突き止めることはできなかったが、悪霊の魔力が活発になって私でも感知できるようになった。
瘴気とは違った、ほの暗くて重い魔力。間違いなく悪霊の類やアンデットだろう。
私が指さした出入り口の扉には、ほの暗い魔力を纏った悪霊がいた。
「私にも見えました! そこですね!」
大まかな居場所さえわかれば、聖魔法の素質のあるルーちゃんにも感知することは可能。
『――ッ!?』
ルーちゃんが鞘を放り投げて聖剣で斬り込んでいく。
すると、悪霊は動揺した反応みせてそのままバッサリーーかと思いきや、ルーちゃんの聖剣は空を切っただけだった。
「消えた!?」
「扉をすり抜けて廊下の奥に行った! 多分、レイスだよ!」
私の目にはくっきりと扉をすり抜ける姿が見えた。
レイスとは実態のない身体を持ったアンデッドに分類される魔物だ。
強い感情を抱いた人間が魔力と混じり合うことで誕生する。
大きな特徴は魔力を使って物を動かすサイキックや、今目にしたような透過能力である。
私とルーちゃんは寝室から出て、レイスを追いかける。
廊下に飛び出すとレイスが追撃を拒むように、壁にかけられている絵画を飛ばしてくる。
先頭を走るルーちゃんは聖剣で払い落とす。
せっかく綺麗な屋敷だったのに滅茶苦茶だ。終わったら片付けないと。
透過して逃げるレイスを追いかける私たちであるが、急にレイスがUターンしてきた。
「ルーちゃん、壁を透過して戻ってくる! 気を付けて!」
忠告の声を上げると、ルーちゃんが身体を低くして攻撃を躱した。
おぼろげな光からは真っ白な手が伸びているのが見えた。
「助かりました。危うくドレインタッチをされるところでした」
ドレインタッチは、触れた相手の魔力や生気を奪って自分のものにできる。
レイスをはじめとするアンデッドが所有する凶悪な技の一つだ。力の弱いレイスとはいえ、不用意にドレインタッチを食らっては昏倒させられてしまう可能性がある。
きっとそれを警戒させるためにわざと奇襲してきたのだろう。
事実、ドレインタッチの奇襲を警戒させられて、私たちの足が少し鈍る。
その間にレイスはぐんぐんと速度を上げて壁を透過していく。私はそれを見失わないようにしっかりと感知。
「物置部屋に行った!」
「わかりました!」
指示を出すと、ルーちゃんが一気に駆け出して物置部屋に踏み込んだ。
レイスはルーちゃんの接近の速さに驚き、慌てて床へと透過しようとする。
きっと一階に降りる気だ。横への透過は追いかけることはできても、上下の透過をされると中々追いつくことはできない。
屋敷に住み着いているレイスなので屋敷内でしか活動できないだろうがまた姿をくらまされては厄介だ。
「『ホーリー』」
ルーちゃんが聖魔法による浄化をぶつける。
レイスを一気に消滅させるには至らない威力であるが、発動速度は中々で見事にレイスに直撃した。
『きゃああああっ!? 熱いっ!』
レイスはアンデットなので瘴気持ちの魔物と同じく、聖魔法を大の苦手としている。威力は低くても大きなダメージだ。
透過を中断させられたレイスが悲鳴を上げて廊下を転がる。
「メイドさん!?」
聖魔法によってどんよりとした魔力が払われ、露わになった可愛らしいメイドだった。
年齢は私と同じか少し年下程度。
あどけなさの残る顔立ちで茶髪をポニーテールにした少女。
クリッとした瞳には涙が浮かんでおり、庇護欲をそそられる。
しかし、輪郭は青白くて足元もどこか不透明であるのがレイスであることを雄弁に語っていた。聖魔法の浄化を受けてか、青白い光が弱々しい。
「終わりです!」
それでもルーちゃんは戸惑うことなく、教会の聖騎士として退治しようと聖剣を振り上げる。
『や、やだ! まだ死にたくない! きっと、ご主人様が帰ってくるから!』
「ルーちゃん、待って!」
「そ、ソフィア様!? どうして止めるのです?」
聖剣を振り下ろそうとしたところで静止の声を上げると、ルーちゃんが戸惑った声を上げた。
「この子、悪いレイスじゃないと思う」
「ソフィア様、それって矛盾していませんか? レイスはこの世を憎むアンデット系の魔物ですよ? 悪くないレイスがいるはずありません」
「基本的にはそうだけど、そこまで害を為すような存在ばかりじゃないんだよ。ほら、前に教会の庇護を受けてひっそりと生きているアンデットもいるって言ったでしょ?」
「……てっきり冗談か何かかと思っていました」
「本当にいるよ? 魔王討伐の道中で道案内をしてくれたアンデッドがね」
私を含めた勇者パーティーやメアリーゼといった一部の人しか知らない情報だ。ルーちゃんが知らないのも無理はない。
アンデットでありながら瘴気に呑まれることなく、魔王に協力すらしなかった変わり者。今も魔法を研究しながら田舎でまったりしているんだろうか。
不死のアンデッドなので彼なら、昨日のことのように変わらない様子で接してくれるかもしれない。
「しかし、このレイスがソフィア様のおっしゃる良いレイスであると限りません」
『わ、わたし、悪いレイスじゃありません!』
ルーちゃんが鋭い眼差しと共に聖剣を突きつけると、レイスの少女が某ゲームの魔物みたいな台詞を吐いた。
「まあまあ、ルーちゃん。ここは私に任せて」
「……ソフィア様がそこまでおっしゃるのであれば。しかし、少しでも危険を察知すれば、斬ります」
諭すように言うと、ルーちゃん不承不承ながらも剣を収めてくれた。
「私、ソフィアっていうの。あなたの名前は?」
『……え、エステルです』
敵意を感じさせない穏やかな表情で問いかけると、恐怖に顔をゆがめていたレイスは名乗ってくれた。
エステル、それが生前の彼女の名前だったのだろう。
意思もはっきりとしているし邪悪な魔力や敵意も感じない。
「どうしてあなたがここにいるのか教えてくれないかな?」
エステルは先程誰かが帰ってくると言っていた。
彼女がレイスとなってここに居ついている理由がきっとそこにあるはず。
『……は、はい』
私が尋ねると、エステルはぽつりぽつりと話し始めた。
●
エステルはこの屋敷に住んでいた聖騎士の身の回りの世話をするメイドだった。
とても実直で優しい主を持った彼女は、この屋敷で幸せに働いていたらしい。
しかし、世界は魔王によって侵攻され、あちこちが瘴気に呑まれていった。
聖騎士である主は瘴気持ちの魔物を打ち倒すために、戦いへと赴くことになった。
必ず帰ってくると告げた主であるが、前線で行方不明となってしまったらしい。
『それでも私はご主人様が帰ってくることを信じて、待ち続けることにしたんです』
「死んでレイスになっても?」
『……はい、こんな姿になってしまったご主人様が歓迎してくるかはわかりませんが、必ず屋敷でお出迎えをすると約束したので』
主が行方不明になってしばらく。
エステルは気落ちした影響もあって流行り病で亡くなってしまった。
行方不明となった主を屋敷で待ち続けることができなかった。そんな強い後悔と執着が魔力と反応して、エステルをレイスへと変えたようだ。
そして、エステルは今も主の帰還を信じてこの屋敷を守っている。
引っ越してくる人間や浄化にきた聖女見習いを追い出していたのは、そのためだったらしい。
魔王と人類の戦いとなると、それは私が目覚める前の話。二十年以上も前だ。
行方不明とされている聖騎士が生きているはずがない。
エステルの中での時間は二十年前で止まっているせいか、それに気付く様子はない。あるいはわかった上で現実逃避しているのだろうか。
真実を伝えるかどうか迷う。
だけど、このまま待たせ続けてもエステルは幸せにならない。
不動産屋だって屋敷に人を住まわせることができなくて困るだろう。
私が見逃したとしても、いずれ他の聖女や聖女見習いを派遣されるかもしれない。
そうなったら問答無用で浄化される可能性が高い。
それじゃあ、誰も幸せにならない。少しリスクはあるけど、エステルに真実を伝えるべきだ。
「エステルの主である聖騎士さんのお名前を聞いてもいい?」
二十年前であれば、私が目覚める前の時代だ。
その頃の聖騎士であれば、私の知っている人の可能性が高い。
『私の敬愛するご主人様は、聖騎士ケビンネス様です』
その人のことを私は知っている。かつて教会で活躍していた聖騎士の一人であり、とても実直な性格をした聖騎士だ。
「その人のことなら知っているよ」
『本当ですか!? ケビンネス様は今どこに!?』
私がそう返事すると、エステルが前のめりになって必死な表情で尋ねてくる。
「いないよ」
『え? どういうことです?』
「その人はこの世にはいないんだ。もう亡くなっているから」




