同じベッドで
悪霊が出てこないので動き出してくるのを待つことにした私たちは、屋敷の中を隅々まで見て回った。
「いい屋敷だね! 悪霊を浄化したらここに住もう!」
「はい、私も異論はありません」
結果として私とルーちゃんはこの屋敷を大いに気に入った。
リビングや寝室、厨房だって広いし、部屋数もそれなりに多い。
不意の来客があろうと余裕を持って対応もできるだろう。
「部屋が広いのもいいけど、お風呂が大きいのが最高だね!」
教会の上階で間借りしていたお風呂よりも大きな湯船に私は魅了されたのだ。
ここに住めば、あの大きな湯船に入り放題。
そんな優雅な生活を想像しただけで、私の心はワクワクとしていた。
「本当にソフィア様は湯浴みがお好きですね」
うっとりとしている私を見てルーちゃんがクスリと笑う。
「ルーちゃんはどこが一番気に入った?」
風呂好きな私は、大きな湯船があるだけで大満足であるが、ルーちゃんはそうはいかない。一緒に暮らす以上、私の独りよがりにならないようにしないと。
ルーちゃんは自分のことよりも私のことを優先する傾向があるし。二人で住む以上は、互いに納得のいく家に住みたい。
「部屋の広さもそうですが、特に気に入ったのは厨房と庭の広さですね」
「厨房はわかるけど、庭……?」
「はい、あれだけ広ければいつでも稽古ができます。教会本部にも稽古場や演習場がありますが、自室からは遠い上に大勢の人がいますから」
「な、なるほど」
私は聖魔法使いなので、そこまで稽古のスペースに困ることはないが、聖騎士にはそのような困りごとがあったんだ。
「ですので、私は無理していませんよ。本当にここを気に入っていますので」
「そっか。なら、良かった」
私が心配していたことはお見通しだったようだ。
なんだかそれが照れ臭くて私は誤魔化すように明るく笑った。
「それにしても悪霊は出てきませんね」
「うん、出てこないね」
夕食を食べ終え、お風呂にも入り終えて時刻はすっかりと夜だ。
悪霊の類は夜になると力を増して、動きも活発化してくる。
こうして寝室でくつろいでいるが、未だに悪霊が襲ってくることはない。
「ソフィア様の力に恐れをなして出ていったということは?」
「それはないね。しっかりと感知はできないけど違和感はずっとあるから」
感知はできないがずっと纏わりつくような違和感がある。こういう時は魔の者が周囲にいる証だ。私たちにビビッていなくなったわけではない。
「となると、夜通し待ち続ける他はありませんね。私が見張っていますので、ソフィア様はお休みになってください」
「えー? ルーちゃんも一緒に寝ようよ」
ベッドから離れようとするルーちゃんの裾を掴む。
「しかし、それでは悪霊が……」
「ここまで動いてこないタイプだと慎重なんだと思う。私たちが隙を見せない限り、動かないよ」
過去の悪霊退治でもこういったタイプの悪霊がいた。
気配を隠すのが非常に巧妙な悪霊で三日ほど徹夜をしたが姿を見せなかった。
「なるほど、そういうタイプもいるのですね。ならば、敢えて眠ったフリをして誘き出すのもいいでしょう」
「そういうわけで一緒に寝よっか!」
感心したように頷くルーちゃんを見て、私は布団をポンポンと叩いた。
「同じベッドでですか?」
「だって、ここには大きなベッドしかないし、私とルーちゃんが離れるのは安全性から良くないでしょ?」
幸いにして寝室にあるベッドはとても大きい。二人が寝転んでも十分に余裕がある広さだ。
これはもうここに一緒に寝るしかない。
「確かにそれもそうですが……」
「はい、そういうわけで決まりー!」
恥ずかしいのだろうか尚も渋った様子を見せるルーちゃんにキッパリと告げた。
すると、ルーちゃんは諦めたように息を吐いて、ゆっくりと横になった。
悪霊を警戒してか聖剣はいつでも手に取れる位置に置いた。
私も同じように横になって二人の身体を覆うように布団をかける。
「……なんだか妙に嬉しそうですね、ソフィア様」
「一緒のベッドで眠るなんてルーちゃんが小さな頃以来だもんねー」
ルーちゃんが小さな時はこうして一緒に眠ったことがあった。私にはそれが懐かしくてしょうがない。
「昔みたいに私に抱き着いてきてもいいんだよ?」
「……もう子供ではありませんから」
おいでとばかりに両腕を広げると、ルーちゃんはそっぽ剥いて背中を向けた。
「二十年前は私に抱き着かないと眠れないってぐずっていたのに」
「五歳の頃の話ですから」
ま、まさかこの年になってルーちゃんが反抗期になるとは。お姉さん、悲しい。
「うー、ルーちゃんが抱き着いてこないなら私から抱き着いちゃお!」
ルーちゃんが抱き着いてきてくれなくなったので、こちらから抱き着くことにした。
「そ、ソフィア様?」
私に抱き着かれてドギマギとした反応をしているルーちゃんが可愛い。
「……ルーちゃん、本当に大きくなったんだね」
「それはそうですよ。もう二十五歳なんですから」
抱き着いてみるとわかるルーちゃんの身体の大きさ。
昔はもっと小さくて私の胸の中にすっぽりと収まるほどだったのに。
柔らかい肌の下にはしっかりと引き締まった筋肉があるのがわかる。
「頑張って聖騎士になったんだね」
日々、たゆまぬ努力を続けてきたが故のしなやかな身体つき。
きっと聖騎士になるまでにすごい努力を重ねてきたんだろうな。
「目覚めるかもわからない私を待っていてくれてありがとう」
聖女見習いが騎士へと転向して聖騎士になるなんて並大抵の努力でできることではない。
それが簡単にできるのであれば、教会には多くの聖騎士が溢れていることだろう。
私のそんな言葉にルーちゃんは身体を震わせた。
「今の私があるのはソフィア様のお陰です。私はその恩に答えたかっただけです」
「それでも嬉しいよ。本当にありがとう」
二十年後の世界に目覚めて、街や景色、周囲の人間の皆がすっかりと変わってしまい、私はかなり不安になっていた。そんな中でも昔と変わらない一途さで、私の傍にいたいといってくれたルーちゃんの言葉がどれほど嬉しかったことか。
そんな素直なお礼を伝えると、ルーちゃんの耳は微かに赤く染まっていた。
互いにストレートな言葉を言い合っただろうか。妙にシーンとしてしまって恥ずかしい。
私も耳の辺りが赤くなっているような気がする。
「えへへ、なんだか恥ずかしいね」
「恥ずかしさを誤魔化すために胸を揉まないでください」
「ごめん、つい手持ち無沙汰になっちゃって……」
呆れたような言葉で私はつい自分の手がルーちゃんのたわわな胸に移動していることに気付いた。
「……大きい。そして、張りがあって柔らかい……っ!」
手の平から零れ落ちんばかりの大きさで指が深く沈み込む。
驚愕なのがその重量感だ。まるでスライムを持ち上げたかのような重みだ。
一キロ半くらいはある? こんなにも重いものがあるのに、軽やかに動き回れるルーちゃんが不思議だ。
「んんっ、ソフィア様、いい加減にしてくだ――」
抗議の声を上げようとしたルーちゃんであるが、それと同時に僅かな魔力反応と風切り音が聞こえた。
瞬時にルーちゃんは動き出す鞘に入ったままの聖剣を振り払い、飛来物を撃ち落とした。
カーペットの上に落ちてガシャンと破砕音を上げる壺。
ベッドからすぐに身を起こして、戦闘態勢に入る私。
視線をやると壺だけでなく、イス、テーブル、絵画などといったものが宙に浮かんでいた。
「こ、これは……」
「悪霊のお出ましだね」




