案内された屋敷
『転生大聖女の目覚め』の書籍1巻は6月2日発売。
早いところでは本日から並んでいるところもあるそうです。
アニメイト、メロンブックスさんでは特典もあるのでお得です。
「おお! あなたたちが依頼を受けてくださる教会の方ですね?」
依頼主であり、サレンの紹介である不動産屋にやってくると、とても嬉しそうな顔で迎え入れられた。
「はい、サレンより依頼を賜りました聖女のソフィーと申します」
「聖騎士のルミナリエです」
「おお! まさか、教会の聖女様と聖騎士様が直々にいらっしゃってくださるとは感激です!」
さすがに大聖女と名乗ることもできず、かといって失敗が続いている状態でまたしても聖女見習いを送るのは申し訳ない。
そんなわけで今日は大聖女服を身に纏い、教会の聖女ソフィーとして事件の解決に当たることになったのだ。
教会の主戦力である聖女がきたことが不動産屋の男性は感動している。
聖女は瘴気の浄化や調査、稽古と様々な役割があるために忙しい。
今回のような事件でやってくることはほとんどないために、やってきてくれたことが嬉しいのだろう。
「いえいえ、うちの教会の者がお世話になっていると聞いていましたので。むしろ、対処が遅くなってしまい申し訳ありません」
「頭をお上げください。聖女様が瘴気の対処で忙しいのは重々承知していますから」
「ありがとうございます」
ぺこりと教会の不備を謝罪すると、不動産屋は焦った様子を見せる。
これだけ失敗が続いて、長い間放置されていたというのに怒らないなんてとてもいい人だ。
教会の人やその出身者にとても便宜を図ってくれている人なので、しっかりと事件を解決してあげたいものだ。
「早速、問題の屋敷にご案内しますね。ここから歩いてすぐですので」
「よろしくお願いします」
不動産屋の案内に従って、私たちは北へと歩いていく。
道はとても整備されており美化も保たれている。新しい大きな建物や屋敷なんかが立ち並んでおり、騎士の巡回もとても多い。
道を歩いている人の服装もとても上質そうなものばかりだ。
「ルーちゃん、ここってリッチな人たちの住む場所だよね?」
「そうですね。ここは富裕層の方が多く住んでいますから」
「だ、大丈夫かな? ブルジョワな人たちに貧乏人は帰れって石とか投げられない?」
「さすがにそんな無体なことをする人はいませんよ」
「ましてやお二人は教会の聖女様と聖騎士様ですからね。尚更そのようなことは……」
びくびくと怯えながらの私の言葉にルーちゃんと不動産屋が苦笑いした。
「というか、ソフィー様は王城や貴族の屋敷に何度も出入りしているじゃないですか」
「そういうところに行っていた時は勇者パーティーっていう威光があったから……」
勇者であるアークという看板があれば怖くない。
でも、それがない状態でこういった場違いなところに踏み込むのはちょっと怖い。
「聖女も立派な威光になりますよ」
「そ、そうかな?」
今の聖女にどれくらい威光があるのか把握できていないから実感が湧かないや。
「ここがお屋敷になります」
そんな風にルーちゃんに励まされながら進むことしばらく。
私たちは富裕区画にある一つの屋敷の前にたどり着いた。
「ここが悪霊の住み着いた屋敷?」
屋敷という分類にしては小さめと聞いていたが、こうして見てみると中々に立派だ。
一見して普通の屋敷といった見た目であるが、悪霊憑きと言われると妙に趣があるように見えるので不思議だ。
「その通りでございます。聖女見習いの方が何度か浄化に来てくださったのですが、皆が悪霊に追い返されてしまって……悪霊の浄化をしてくだされば、格安のお値段でお譲りしたいと思っております」
「わかりました。実際に住むかはまだ決めておりませんが、屋敷に住み着いた悪霊は追い払ってみせます」
「ありがとうございます。では、浄化が終わりましたらお声がけくださいませ」
不動産屋はぺこりと頭を下げると、ササッと屋敷の前から離れていった。
まるで、屋敷に住み着いた悪霊を恐れるかのように。
「さて、ひとまず中に入ってみようか!」
「かしこまりました。私が先頭を歩きます」
こくりと頷くなり颯爽と門をくぐっていくルーちゃん。
そんな彼女に頼もしさを覚えながらも私は後ろから付いていった。
どんな悪霊が住んでいるかは知らないが浄化なら大の得意だ。
早く悪霊を浄化しちゃって、屋敷の内覧と行こう。
●
「思っていた以上に内装は質素だね」
置かれている家具や調度品は必要最低限といった感じで、屋敷の外見と比べると落ち着いている。
「元の主は聖騎士らしいですからね。煌びやかな生活は好まなかったのでしょう」
ここに住んでいた聖騎士は趣味がいい。お陰で見にきた私も予想より緊張せずに歩き回ることができる。
やっぱり、自分が住む場所は落ち着いた装いにするのが一番だよね。
「……にしても、悪霊の気配がしませんね?」
「うん、いないね」
勇ましく入ってきた私たちであるが、屋敷の中は至って平和そのものだった。
玄関をくぐるなり襲われるといったことは全くない。かといって奥の部屋まで巡ってみたもののそれらしいものが襲ってくることもなく、肩透かしを食らった気分だ。
「ソフィー様……」
「不動産屋の人はいないから、ソフィアでいいよ」
先ほどまでは第三者がいたので名前を変えていたが、二人きりとなった今では不要だ。
「そうでした。では、改めまして、ソフィア様。屋敷の中に悪霊らしい気配は掴めますでしょうか?」
「うーん、実は気配が掴み切れなくて……」
「……ソフィア様ですら感知できないということは相当高位な悪霊なのでは!? 今すぐに引き返してアーク様やセルビス様にも応援を……ッ!」
私の言葉を聞いて、ルーちゃんが勘違いをする。
「いや、そうじゃなくて逆なんだと思う」
「……逆と言いますと?」
慌てていたルーちゃんであるが、落ち着いた私の態度や口調に冷静になったようだ。
形のいい細い眉を動かして怪訝な声を上げる。
「あまり力が強くない存在なんだと思う。違和感は覚えているんだけど存在をハッキリ認識できないや」
大雑把な性格をしている私は、こういった小さな存在の感知は苦手だ。結界系や領域系を得意としているサレンならすぐに見つけ出せると思うんだけどね。
これに関しては自分の不甲斐なさが露呈している形だ。非常に申し訳ない。
「なるほど。ソフィア様にもそのような苦手な部分があったのですね」
「いや、私なんて苦手なものばかりだよ? 聖魔法だって浄化以外はそんなに得意じゃないし」
「またまた御冗談を」
などと申告をしているにも関わらず、ルーちゃんは全く信じていない様子だ。
浄化以外は本当にそれほど得意じゃないんだって。ただ二十年前はそれを言う余裕がなかったから死ぬ気で身に着けただけだ。
私のは魔力と聖力によるゴリ押しなので、技術的な意味では同僚の聖女の足元にも及ばないのになぁ。
「こちらから存在を感知できないとなると、相手が出てくるのを伺う他はありませんね」
明確な居場所を掴めない以上は、相手が動き出してくるのを待つしかない。
いくら小さな存在であろうと動き出せば、魔力が活発化して感知しやすくなる。
「うん、そうだね。予定とはちょっと変わるけど、先に屋敷の中を見て回ろうか」
「それですね。ずっと警戒していても仕方がありませんし」
ルーちゃんもそのことがわかっているのか、警戒心を緩めて微笑んでくれた。