悪霊の屋敷?
『転生大聖女の目覚め』書籍1巻は6月2日発売です。
そして、コミカライズも水曜日のシリウスにて同日スタート。
「なるほど、本当に外で暮らすのね」
ちょうどいいところにやってきたサレンに、引っ越しの経緯を伝えると納得したように頷いた。
「そういうわけでオススメの場所とか不動産屋とかある?」
王都の一軒家に住んでいるサレンなら、私たちと違って住む場所のオススメがわかるはずだ。
「オススメはできるし、教会関係者がよくお世話になっている不動産屋を紹介することもできるわ」
「やった!」
「でも、その前に二人はどんな家に住みたいの? そこのところが固まっていないと私も紹介しかねるわ」
喜んでいるとサレンに尋ねられる。
「言われてみれば、どんな家がいいんだろう?」
前世の世界であれば、大通りに面してなく駅へのアクセスが良い場所。部屋は一K以上で、洗面台とお手洗いは別々。そして、オートロックのついているアパートなどとスラスラと条件が出てくるのであるが、この世界の家となると想像がつかない。
それに今回は一人暮らしではなく、ルーちゃんと二人暮らしだ。
前世で同棲した経験があれば、何とかなるかもしれないが生憎とそんな経験もなかった。
「私は必要最低限の暮らしができればそれで問題ありません」
「それもそうだね。下積み時代みたいな狭い部屋じゃなかったら」
別に華美な家に住みたいとは思わないが、強いていえばゆったりできる家がいい。
「二人ともお金を持っているでしょうに欲が小さい。まあ、二人とも清貧を尊ぶ教会での生活が長かったから仕方がないのかもしれないわね」
そんな控えめな私たちの言葉を聞いて、サレンはため息をつく。
それから真剣な眼差しでこちらを見据えて口を開いた。
「いい? 家というのは安息の場所であるべき場所よ。二人暮らしだろうと家族暮らしだろうとそれに変わりはない。快適で居心地が良く、心からリラックスできる場所を目指さないと」
「「は、はい!」」
サレンの予想以上の熱量と真面目な言葉に私とルーちゃんは思わず背筋を正して返事する。
「まずは絶対に譲れない条件を決めましょう。そこから二人が必要とする条件を詰めていくわ」
「わ、わかりました」
私たちはサレンの問いかけに頷きながら、王都で住むのに必要な条件を詰めていく。
必須なのは教会本部への近さ、女性二人暮らしなので治安が良く、セキュリティの高いところ。
仮にも聖騎士と聖女が住む家なので、あまり貧し過ぎてもいけないし、豪華過ぎてもいけない。ちょうどいい塩梅が必要。
そんな風に私たちの必須条件を纏めていくサレンはまるで熟練の不動産屋のようだ。
王都に一軒家を持った女性というのは、これほどまでに経験が豊富なのかと戦慄した。
そうやってサレンに必要最低限の立地条件を引き出されていくにつれて、私たちの住みたい家のイメージもわかってくる。
「快適な家というと、やはり広い家ですかね。教会に住んでいた私としては、広い家というものに憧れがあります」
「それわかる! 他にもアークやランダン、セルビスやリリスちゃんも招けるような広さは欲しいよね!」
現在間借りしている部屋はともかく、それ以外の部屋はお世辞にも広いとはいえない。
そういった部屋で長年過ごしてきた私たちは、とにかく広い家に憧れを持っていた。
「他にもお風呂は欲しいかな。湯屋にも通うけど、やっぱり自分の家にもお風呂は欲しい」
「ソフィア様は昔から湯浴みが好きでしたからね。いいと思います」
こういった欲望を制限した生活だったので、一度解放されるとむくむくと快適な家への欲が出てくる。
「いいわね、二人の幸せな家のイメージが具体的になってきたわ」
そして、そんな私たちを見てサレンがニマニマと笑っていた。
以前ならば、それを抑えていたけど世界を救って、大聖女になったんだし少しくらい贅沢してもいいよね? 二十年頑張っていたんだし、少しくらい自分を甘やかしてあげよう。
「この際、二人で屋敷に住んじゃうのがいいかもしれないわね」
そんな精神で新しい家について話し合っていると、サレンがそんな提案をしてくる。
「ええ? 屋敷? そんな広い家に二人で住むのは無理じゃない?」
「屋敷といってもピンからキリだから一概にそうは言えないわ」
「ですが、そうなると家事が大変なのでは?」
ルーちゃんの言う通りだ。確かに屋敷に憧れはあるけど、さすがに二人で住むには難しいんじゃないだろうか。
「別に二人とも教会育ちで家事もできるじゃない」
そんな私たちの懸念をあっけらかんとした態度で吹き飛ばすサレン。
「確かに私とルーちゃんは家事が苦にならないタイプだもんね」
「ええ、自分のことを自分でやる生活に慣れていますし、家事は嫌いではありませんから」
二人とも家事ができるし、面倒くさがるタイプでもないので多少広くても問題ない気がする。
「まあ、二人が忙しい時は教会のメイドさんや聖女見習いでも呼んで手伝ってもらえばいいのよ。私も困った時はそうしてるし」
「あっ、私も騎士見習いの時に何度かそういったお手伝いをしました。ちょっとしたお小遣いが手に入るので、そういった外のお手伝いは人気でしたね」
サレンの言葉を聞いて、思い出したようにルーちゃんが言う。
教会に住んでいる見習いは基本的に自分のお金を持つことはあまりない。そういった個人の報酬としてお小遣いをもらえるのはとても嬉しいのだろう。
私たちも家事をしてもらって嬉しいし、見習いの子たちもお金を持つことができて嬉しい。下手な業者よりも真面目なので信用できるし、WINWINな関係だ。
忙しい時は見習いの子にやってもらう手というのはありだ。
それにしても、さすがはサレン。バリバリなキャリアウーマンみたいな考えで凄い。
家庭と仕事を両立しているできる女性の働き方か。
「まあ、そんなわけで小さな屋敷もリストに加えて、教会御用達の不動産屋に声をかけてみるけどいいかしら?」
いつの間にか条件を紙に纏めていたらしいサレンが、紙を束ねながら尋ねてくる。
私とルーちゃんは顔を見合わせると深く頷いた。
「うん、いいよ。それでお願い」
「わかったわ。不動産屋から返事がきたら声をかけるわね」
「ありがとう、サレン」
「ソフィアには世界を救ってもらったからね。私にできることならいくらでも力になるから」
お礼を告げると、サレンは照れ臭そうに笑って去っていった。
私もいつかはサレンのようなカッコいい女性になりたいものだ。
●
サレンに家探しの相談をした翌日。教会のロビーでサレンに呼び止められた。
「ソフィア、いい物件が挙がってきたわよ!」
「ええ? もう?」
相談したのはつい昨日だ。さすがにサレンの紹介だとしても早すぎる気がする。
家の選定とか普通はもっと時間がかかるものじゃないだろうか。
「いくらなんでも早すぎるのでは?」
早いに越したことはないけど、ここまで早いと適当な家を押し付けられたんじゃないかって不安になってしまう。
「懸念していることはわかるけど、これには事情があるのよ」
思わず不安になった私とルーちゃんに、サレンは落ち着いた言葉で説明する。
実はとある屋敷では長い間、悪霊が住み着いたらしく、その浄化依頼が発注されたらしい。
瘴気の浄化で聖女は忙しく、主に見習い聖女が浄化に向かったらしいのだが何人も悪霊に追い返されているようだ。
実際に誰かが大怪我を負ったわけでもなく、放置していても周囲に害がないことから放置されていた浄化依頼らしい。
「なるほど、そういった事情ですか……」
「悪霊のいる原因って、誰かが自殺したとか?」
「元は高名な聖騎士が住んでいたんだけど、魔王との戦いで戦死しちゃってね。もしかしたら、その聖騎士が霊となって居ついているのかもしれないわね」
「なるほど」
凄惨な事件や、自殺があったのなら遠慮願いたいが、サレンの話を聞いた限りではそういった陰鬱とした事件があったわけではなかった。
しかし、噂が広まってすっかりいわくつき物件として広まって、誰も住みたがらず不動産屋も困っているらしい。
「不動産屋に交渉してみたんだけど浄化してくれるなら、格安の料金で住ませてくれるって言ってくれたのよ。屋敷はそれなりに広くてお風呂があるわ。塀もあってセキュリティも高い上に、教会や市場にも近い。二人の条件にも合うと思うんだけど、どうかしら?」
サレンの言う限り、住む条件としては悪くなさそうだ。
「実際に見てみないと住むかは決められないけど、困っているみたいだし依頼は受けるよ」
「ですね。そのついでに住めそうであるか確認することにしましょう」
「そうだね! 内覧と依頼がこなせて一石二鳥だよ」
住む住まない以前に困っている人を見逃すという選択肢は私たちにはない。
とりあえず、様子を見るためにも依頼を受けてみようと思う。
「本当? 助かるわ。教会の人たちがお世話になっているから解決してあげたい依頼だったのよね。ソフィアとルミナリエが向かえば、事件は解決したも同然だわ。貸しを作るつもりが、なんだか借りを作るようになってカッコ悪いわね」
「ここまで進めたのもサレンが相談に乗ってくれたお陰だから。それに友達だからそんなの気にしないで」
「……やっぱり、ソフィアには敵わないわ」
「えー? 私には家の知識も不動産屋との人脈もないし交渉もできないよ?」
「そういう意味じゃないから」
「ですね」
不思議そうに首を傾げる私を見て、サレンとルーちゃんは通じ合うかのように笑っていた。
なんだかそこだけ楽しそうでズルい。




