新しい家探し
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』書籍10巻が明日発売です。ドール子爵来訪編を楽しんでくだされば幸いです。電子版もあり、Amazonでもお求めいただけます。
ペーちゃん食堂で飲み会をした翌日。
今日も聖女見習いに紛れ、食堂で朝食を済ませて自室に戻っていると、ふと教会の外が騒がしくなっていることに気付く。
具体的には教会にやってくるキュロス馬車の数がやたらと多いのだ。
キュロス馬車は教会の前で停車すると、スーツを身に纏った真面目そうな職員や見習い聖女、果てには聖女といった人員が次々と入ってくる。
「なんだか今日はやけに人がやってくるね? 何があったんだろう?」
王都の教会本部は普段から割と人で賑わっているが、ここまで賑やかになることは珍しい。
敬虔な信徒が祈りを捧げるのでもなく、説法を聞きにくるのでもなく、教会関係者ばかりが集まっていると何か起こったのではないかと不安になる。
「メアリーゼ様の招集によって各地に散らばっていた教会の者が集まっているのだと思われます」
「それってもしかして魔神の調査のための?」
「恐らくは」
私が尋ねると、ルーちゃんが深く頷いた。
「……それじゃあ、私の知り合いとか会えたりするかな!?」
「それは難しいかもしれません。メアリーゼ様がおっしゃっていたように、ソフィア様と同世代の方は他国の要職や辺境の守護をされている方が多いので……」
「そうだよねー」
リリスだって指導員になっていたんだ。皆ほどの力量となると頼りにされて中々動くことはできないよね。
人によってはサレンのように新しい家庭を築いている人もいるだろうし。
また皆に会えるかもしれないという淡い期待を抱いてしまったので少しだけ残念だ。
「にしても、これだけの数の聖女見習いや職員が入ってきて宿舎は大丈夫なのかな?」
こうして会話している間にも続々と教会に人が入ってきている。
教会本部が大きくなってかなりの収容数を誇っているのは知っているが、これだけ人が増えるとちょっと心配になる。
「聖女見習いや騎士見習いの部屋が、二人部屋から四人部屋へと再編されるでしょうね。それでも足りなければ教会の管理する寮などに入るかと」
「やっぱり、そうだよね」
広大な教会本部であろうと宿泊できる部屋には限りがある。
私も下積み時代である見習いの頃はそんな感じだった。
あの頃は教会もお金がなくて、広い部屋で何十人が雑魚寝ということもあった。
建物もボロかったし、部屋によっては隙間風が入ってくるところも。
お偉いさんの部屋を削るのは論外だし、指導員や聖騎士も教会の抱え込みとなる。
その中で一番割りを食うのは、そういった階級の低い者だろう。
「……私、何もしていないのにかなり広い部屋に住んでいるよね」
「考えていることはわかりますが、ソフィア様は世界を救った大聖女なのです。それくらいの権利は当然あるかと」
「それでも頑張って教会で働いたり、稽古している人たちを差し置いて、悠々と広い部屋を借りるのは気が引けちゃうな」
私が間借りしている部屋を譲るだけで、どれだけの人が楽になるだろうか。
そう考えると、呑気にあの部屋で生活することはできない気がする。
別に私は今も教会で暮らす必要はまったくない。
むしろ、人一倍お金はあり、外に一軒家や屋敷を建てて住めるくらいの余裕があるのだ。私みたいなものが貴重なスペースを占拠するよりも、今ここで頑張っている人たちが使う方がいいと思う。
ランダンたちも別に教会に住み続ける必要はないって言っていたしね。
私の心は既に決心がついている。問題はそれで一番に影響を受けるルーちゃんだ。
彼女は教会に所属する聖騎士。私とは違って、正式に教会の内部に住むことが許されている身分だ。それを放り出してまで来てくれるだろうか?
「……ねえ、教会の外に住むって言ったら、ルーちゃんはどうする?」
不安な眼差しを向けると、ルーちゃんは少し驚きながらも、すぐに表情を柔らかなものにした。
「私はソフィア様の聖騎士です。ソフィア様がお許しいただけるのなら、どこまで付いていき、傍でお守りいたします」
「ありがとう、ルーちゃん!」
満面の笑みで礼を告げると、ルーちゃんは照れ臭そうに笑った。
うちの聖騎士は今日も最高です。
●
「メアリーゼ! 私、教会の外で住むよ!」
「ソフィアが一人暮らしですか!?」
「いえ、ソフィア様に仕える聖騎士として、私も生活を共にします」
「そうですか。ルミナリエがいるのであれば安心ですね」
ルーちゃんがそのように言うと、ギョッとしていたメアリーゼがほっと安堵の表情を浮かべた。
私一人だとそんなに不安だというのだろうか?
昔は母さんと二人暮らしをしていたので料理や家事だってできるし、前世でも一人暮らしは経験していた。生活力が皆無というわけでは決してないというのに。
「ところで、急にどうしてそのようなことを?」
抗議するべきか迷っていると、メアリーゼが真剣な眼差しを向けながら尋ねてくる。
「魔神関連の調査や警戒でここも人が増えるでしょ? だったら、その人たちのために部屋を使って欲しいなって」
「そういった問題を何とかするのは、私たちの役目なのです。ソフィアがそこまで気を遣う必要は――」
「ううん、いいの。私がそうしたくて決めたことだから」
「……一度決めたことを曲げない性格は、二十年前と全く変わりませんね」
「私からすれば、ついこの間のことだしね!」
苦笑いするメアリーゼに私はそう言って笑う。
二十年の人生を送ったアーク、ランダン、セルビスだって本質的な性格は変わっていないんだ。二十年間眠っていただけの私はもっと変わっていないと思う。
「あなたがそう決めたのなら構いませんよ。新しい家もこちらが手配しましょうか?」
「ううん、大丈夫! 私たちで何とかしてみるよ! 新しい家を探すのも引っ越しの醍醐味だしね!」
「わかりました。困ったことがあったら、いつでも相談してください。それと、新しい家に住んでも教会には遊びに来てくださいね」
「うん、メアリーゼにも会いに行くから!」
微笑みながら優しい言葉をかけてくれるメアリーゼに私は抱き着いた。
●
「……なんてメアリーゼにはカッコつけて言ったけど、王都で住む家って実際どこがいいんだろ?」
メアリーゼに教会の外で暮らすと宣言した私とは、間借りしている自室に戻るなり険しい顔をした。
「ルーちゃんは王都で住むのに、オススメの場所とか知ってる?」
「いえ、私は孤児になってからずっと教会住まいなので、そういったことについては……」
「だよね。私も同じだよ」
昔、母さんと住んでいた場所はド田舎の寒村だし、聖女見習いになってからはずっと教会住まいだ。
そして、それはルーちゃんもほとんど同じこと。
教会の外で生活すると息巻いたものの、私たちは王都のどこに住めばいいのか全くわからなかった。
「メアリーゼ様のところに戻って、オススメの場所を教えてもらいますか?」
「それはダメ! メアリーゼは忙しいんだから、こんな雑事に突き合せたら申し訳ないよ!」
魔神調査や瘴気のことについてならともかく、私とルーちゃんの新しい物件などという個人的でしょうもない理由で大司教の手間をとらせるわけにはいかない。
それにさっきあんな風に言った手前、今さらアドバイスを請うのはカッコ悪すぎる。
かといって私たちにいい場所がわかるわけもなく。
「不動産屋に出向いて、色々な場所を巡ってみますか?」
「それは最終手段にしたいかも。前情報も無しに行けば、悪い物件を押し付けられたり、ぼったくられたりするから」
そう、物件選びというのは難しいのだ。前情報も無しに飛びつけば、思わぬ悪物件を掴まされる可能性がある。
安いと思って飛びついたら建物が聞いていた築年数よりも明らかに古そうだったり、変な隣人が住んでいて騒音に悩まされることもあったり。
「な、なるほど。家探しは難しいと噂では聞いていましたが、そこまでのものだったとは……私の認識が甘かったです」
そんな私の忠告を聞いて、ルーちゃんが戦慄の声を上げる。
あと、建物自体は良くても坂道が多くて出入りが不便だったり、必需品を買う施設が遠いなどの罠もある。前世でも私の友人が何人も被害に遭っていた。
家選びというのは恐ろしいのである。私たちのような教会の中しか知らない者など、カモでしかない。
何の知識もコネもないまま不動産屋に行けば、骨までしゃぶられるだろう。
「では、アーク様やランダン様を頼るのはどうでしょう?」
自然とセルビスの名前が候補に入っていないが、彼はこういったことに心身を砕くタイプではないのでルーちゃんの忖度は正解だ。
「そうだね。二人も忙しいしあまり頼りたくはないけど、背に腹は代えられないよね」
などとため息を吐きながら結論づけると、私の部屋がノックされた。
返事をすると、部屋に入ってきたのは私の同僚であった元聖女であり、今は教会の受付職員であるサレンだ。
そうだ。教会で働きながら外で家庭を持っている彼女なら、オススメの場所を知っているはずだ。
ルーちゃんもそのことに思い至ったのか、私と顔を見合わせると頷いた。
「ソフィア、この部屋の退出手続きの書類が回ってきたんだけど――」
「サレン! いいところに来た!」
「ええ? なに!?」
「私たちが外で暮らすのにオススメの場所を教えて!」
『転生大聖女の目覚め』の書籍1巻は6月2日発売です。




