王都のペーちゃん食堂
アークの案内で教会本部から北へほどなく進むと、ペーちゃん食堂にたどり着いた。
「ここがぺーちゃん食堂さ」
「おお! 場所は変わってるけどゴチャゴチャした雰囲気は一緒だ!」
移転したと聞いたので、新しく変わってしまったんじゃないかという不安はあったが、建物自体は新しくなっているが外装は二十年前と同じ――いや、ゴチャゴチャついている看板に年季が入っているので、趣を感じる仕上がりになっていた。
「相変わらず混沌とした店だな」
「これがいいんだよ」
私のような庶民からすれば、お高く止まった店よりもこういった馴染みやすい店の方が入りやすいので助かる。
「いい加減腹が減った。さっさと中に入ろうぜ」
「うん!」
感慨深く眺めるのもほどほどに私たちは、早速店内へと入っていく。
「へい、らっしゃい! わわっ!? 勇者様!?」
若い店員が威勢よく声を上げたが、アークを見た途端にうろたえる。
うん、有名人がこんなにも押し寄せたらビックリするよね。
「四名なんだけど、奥に空いている席はあるかな? できれば、ゆったりとした場所がいいんだけど」
「奥に個室がありますので案内します!」
「頼むよ」
どうやらゆったり落ち着ける場所があるようだ。
二十年前にはそんなスペースはなく店も狭苦しかったが、新しくなったお陰でスペースにゆとりもできたようだ。様々なお客のニーズに合わせて追加したのだろう。
「こちらにどうぞ」
「ありがとう」
店員に個室へと案内されると私たちは適当に腰掛けた。
個室の壁にもズラリと木札のメニューがかけられている。しかし、個室であるが故に全てのメニューは掛けきれなかったのか、それを補うためにメニュー表も置かれていた。
「メニューについては壁にかかっている木札と、こちらのメニュー表からお選びください」
「あ、あの!」
そう言って一旦戻ろうとした店員を私は引き止める。
「はい、なんでしょう?」
「え、えっと……」
ペロシさんに会ってみたいのだが、私がソフィアだと告げることは憚られる。
「店主のペロシさんはいるかな? 彼とは知り合いだから、少し話がしたくてね」
「か、かしこまりました! すぐにお呼びしますね!」
咄嗟に声をかけたがどうしようかと悩んでいると、アークがそんな風に言ってくれた。
店員は驚いて目を丸くしながらも、ササッと部屋を出ていった。
「ありがとう、アーク」
「僕もペロシさんに挨拶をしておきたかったしね」
「振る舞いがスマートになったね」
「それなりに年をとった証拠かな」
アークは昔から優しかったが、ここまでスマートな気の利かせ方はできていなかった気がする。これが大人の男性のカッコよさというやつだろうか。
ペロシが来るまでの間、私たちはメニューや木札を眺めてそれぞれの頼むべきものを言い合う。
四人もいると分け合えばたくさんの料理が食べられる。食べたい料理をそれぞれが言っていくのでやんやと声が上がる。豊富なメニューがあるからこそできる会話だ。
「失礼いたします」
それぞれ頼むメニューが決まった頃合いに、個室の扉がノックされて男性が入ってきた。
白いひげを蓄えたコック帽子を被ったおじさん――いや、お爺さんか。
記憶にあるペロシよりもシワも増えて老いているが、恰幅のいい身体に愛嬌のある顔立ちは確かにその名残を感じさせた。
「久しぶりだね、ペロシさん」
「お久しぶりです、アーク様。それにランダン様やセルビス様もまたご来店してくださり非常に嬉しいです」
アークが声をかけると、ペロシが帽子をとって挨拶をした。
二十年前よりも声は低くなっているが優しげな声や眼差しは変わらない。
「ここは個室だし、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「いやぁー、そうかい? こういう堅苦しいのはどうでも苦手で助かるよ」
アークの言葉を聞いて、ペロシは安堵の息を漏らした。
「今日はペロシさんに会わせたい客人がいてね」
「どなたでしょう?」
「そこにいる彼女さ」
アークに促されて、ペロシの視線がこちらへと向かう。
すると、彼の細い眼差しが大きく見開かれた。
「……もしかして、ソフィアちゃん?」
「そうだよ、ペロシさん! 久し振り!」
「あ、あれ? でも、ソフィアちゃんはアブレシアで魔王の瘴気を浄化しているはずじゃ……」
「公表されてないけど、実は浄化が終わって目覚めたんだ!」
「えっ? ということは魔王の瘴気はなくなったのかい?」
「そういうこと!」
私がハッキリと断言し、アークたちも同意するように頷く。
「お、おお……それはおめでとう! いや、世界を救ってくれてありがとうと言うべきなのかな? どういう言葉が相応しいかわからないけど、もう一度会えて嬉しいよ」
「ちょっとペロシさん、急に泣かないでよ!」
「ごめんね。こうしてソフィアちゃんと会えたことが嬉しくて……」
おじさんに泣かれるのも困るが、お爺さんに泣かれるともっと困る。
おろおろとしながら私はペロシさんの背中を労わるように撫でる。
赤子というわけでもないけど、目の前で涙を流すペロシさんを見ていると落ち着かなかった。
「ありがとう、ソフィアちゃん。もう落ち着いたよ。年をとると涙もろくなっていけないね」
少し時間が経つとペロシは落ち着いたようで、そっと指で涙をぬぐい去った。
「さて、二十年ぶりにやってきたソフィアちゃんのためだ。腕によりをかけて料理を作らないと。新作のハンバーグ料理があるんだけど食べるかい?」
「新作のハンバーグ!? 食べたい!」
「俺も興味があるぜ」
「僕も!」
「店主のオススメなのだ。それを食べるのが一番だろう」
色々とメインとなる料理を決めていた皆であるが、ペロシの新作料理と聞いてそれを頼むことにしたようだ。
「わかった。四人分作るよ。少し時間がかかるから、それまでにおつまみやお酒が必要なら引き受けるよ」
メインとなる新作が出てくるまで時間がかかるとのことなので、私たちはそれまでに決めていたおつまみを適当にいくつかとエールを頼んだ。
注文を受け取ったペロシが引っ込むと、程なくして先ほどの若い店員がおつまみやエールを持ってくる。
「よし、音頭はアークに任せた!」
「僕かい!?」
「アークがパーティーのリーダーだもんね」
突然、振られて驚いていたアークであるが、このパーティーのリーダーは勇者であるアークだ。彼が音頭をとるのが締まるというものだ。
「それじゃあ、ランダンの快気祝いと、ソフィアが目覚めたことによって勇者パーティーの再結成が叶ったことを祝して乾杯!」
「「乾杯!」」
アークの声に合わせて、私たちは二十年ぶりに酒杯をぶつけ合った。
●
「お待たせ。新作のハンバーグ料理だよ」
乾杯を済ませ、口々に再会できたことを喜び合っているとペロシがワゴンを押して入ってきた。
ワゴンの上には四つの鉄板プレートが並んでおり、そこには大きなオムライスのようなものが載っていた。
「あれ? オムライス?」
「そう見えるけど中はハンバーグだよ」
「わっ! 本当だ!」
差し出されたハンバーグを見てみると、大きなハンバーグの上にふわっとした玉子が載っていた。まるでとろとろのオムライスのように。
「ふわふわ玉子とハンバーグなんて絶対に美味しいに決まってる……ッ!」
食べる前から絶対に美味しい奴だと確信できた。
「おお、こいつは中々食べ応えがありそうじゃねえか」
「それじゃあ、いただこうか」
「うん!」
暴力的な香りに我慢ならず、それぞれがナイフとフォークを動かし始めた。
ナイフをそっと玉子に通すと、半熟の玉子が雪崩のように崩れていく。
その中から開いて出てきたのは真っ赤なトマト。そして、その下には大きなハンバーグが隠れていた。
ハンバーグだけでなくまさかのトマト。内部でもそのような具材のセットがあることに私は驚いた。
それらを丁寧に切り分けてハンバーグ、トマト、さらに玉子を載せて頬張る。
口の中でとろっとした甘みのある玉子の味が広がった。
そこにトマトの酸味とジューシーな肉汁が合わさり渾然一体となる。
「うーん、美味しい! アブレシアでもハンバーグは食べたけど、やっぱりペロシさんの作ったのが一番だよ!」
「本当かい? それは嬉しいねぇ」
外は香ばしく、中はジューシー。焼き過ぎるでも生焼けでもない絶妙な火加減だ。
様々な肉を配合し、口当たりをよくするためにタマネギなどのいくつかの野菜も混ぜているのだろう。思い出補正といったものだけでなく、そういったところにアブレシアの店と差がある気がする。
「ハンバーグもジューシーで美味いな!」
「トマトとハンバーグの相性か……悪くない」
「どうやったらこんな風に玉子がふわふわになるんだろう?」
ランダン、セルビス、アークも気に入ったようでパクパクと食べ進めている。
長年ここに通っていた常連としても、美味しそうに食べてくれる姿は嬉しいものだ。
「それにしてもお店の場所が変わったんだね」
二十年前に通っていたお店と比べると、やはり店の雰囲気が微妙に違う。
内装は似ているものの間取りや、個室の導入といった違いがどうしても気になってしまう。
それに文句があるというわけでじゃないが、やはり自分の馴染みのあった場所がすっかり変わって、違う場所になってしまったというのは少し寂しい。
「あの場所が気に入っていたんだけど建物にガタがきちゃってね。どうしても建て直す必要があったのさ。それにハンバーグのお陰でお客さんが多くやってくるようになったから、少し広い場所に変えたんだ」
「……そうだったんだ」
そういった都合があるのならお店の場所や内装が少し変わっても仕方がない。
私が通っていた時から二十年も経過しているのだから。
「それでも食べ応えのある量と安さ、美味しさはソフィアちゃんの通っていた二十年前と変わらないよ」
「いーや、変わったね! だって、二十年前よりも断然美味しいもん!」
「こりゃ一本とられたよ」
私がそのように指摘をすると、ペロシは参ったと言わんばかりに笑った。
「ところで、店主。この新作、料理の名前は決めているのか? これだけの美味しさだ。当然にメニューに加えるのだろう?」
もぐもぐと食べながらセルビスがくいっと眼鏡を持ち上げる。
「メニューに加えるのは決めているけど名前は決めていないんだ。どうしようかね?」
「大聖女ハンバーグとかどうだい?」
「おお、それはいいね! 大聖女となったソフィアちゃんが初めて食べに来てくれたハンバーグだ! きっと人々も喜んで食べにくるよ!」
「却下! 私が目覚めたことは秘密だし、恥ずかしいから! 素直にオムバーグでいい!」
悪乗りをするアークとペロシの発案を即座に否定すると、二人は酷く残念そうな顔した。
そういうのはアブレシアにあるソフィア定食で十分だ。
結果として、ペロシの新作料理はオムバーグということになった。
『転生貴族の万能開拓』のコミカライズがヤンマガWEBにて連載開始されめした。
そして、書籍2巻が早いところでは書店に並んでおります。こちらもよろしくです。




