教会の権威
お待たせしました。二章のはじまりです
「よし、飯を食うぞ!」
王都にある教会本部を出るなり、拳を上げてランダンが吠えた。
「食うぞー!」
私もそれに応えるかのように拳を上げて目いっぱい叫ぶ。
「た、食べるぞー」
「……フン」
アークは苦笑しながら控えめに手を上げるが、セルビスはくだらんとばかりに失笑して眼鏡をくいっと上げた。
「ちょっとー? 二人ともテンションが低くない? 今日はランダンの快気祝いと私の目覚め祝いなんだよ?」
ランダンの怪我がすっかり治って自由に出歩けるようになったので、ランダンの快気祝い兼、私の二十年ぶりの目覚めを祝して打ち上げ会に行くことになった。
それなのにアークとセルビスのテンションが低い。
こんなにもめでたい日なのでもっと喜んでくれてもいいと思う。
「そうだ! そうだ! こいつら年食ってから一段と大人しくなりやがってよぉ! 俺はソフィアが眠りについている間、ノリに乗ってくれる相棒がいなくて寂しかったぜ!」
「ランダン……ッ!」
「こいつらが揃うと相変わらず騒々しいな」
「いいじゃないか。二十年前の光景が蘇ったようで僕は嬉しいよ」
「……お前、年食ってからすぐに涙ぐむようになったな。気持ちが悪いからやめろ」
「気持ちが悪いだなんて酷いな!?」
他人のことを騒がしいと言いながら、アークといちゃつくセルビス。
私とランダンだけでなく、アークとセルビスのやり取りも二十年前そのものだった。
そんな光景を見た私とランダンは顔を見合わせて笑った。
「そういえば、ソフィアが連れていた女聖騎士は来ないのか?」
「うん、せっかく四人が揃ったんだから遠慮しとくって」
思い出したかのように言うランダンの台詞に私が答えた。
そう、今日の集まりにルーちゃんはいない。誘ってみたのだが、せっかく勇者パーティーが四人揃ったのだからと辞退されてしまった。
「……別にそんなこと気にしないのになぁ」
目覚めてからほぼずっとルーちゃんが傍にいてくれたので、いないとなると少し寂しい。
「本人が辞退しているのだ。無理に連れてくる必要もないだろう。行きたくない飲み会に参加させられることほど鬱陶しいものはない」
ぼんやりと呟いた私の言葉に反応するセルビス。
飲みにケーションを蛇蝎のごとく嫌う、若手のサラリーマンのようだ。
傍で聞いていたアークも苦笑いこそしているが、概ね同意のような表情だ。
二人とも今や有名人であり貴族だ。それぞれの役職というものもあり、色々と人間関係が複雑なのだろう。
「少なくとも今日の集まりは面倒な飲み会じゃねえだろ! 久しぶりにパーティーの全員が揃ったんだ。楽しくパーッと行こうぜ!」
「そうだね!」
思えば、私が目覚めてから勇者パーティーの全員が落ち着いて集まるのは初めてだ。
魔王の眷属襲来事件などでゆっくりと話すことができていなかったからね。
そんなわけで今日はゆっくりと旧交を温めようと思う。
「ほら、セルビスも同意しろ!」
「やめろ。俺にまでウザがらみをするな」
ランダンに肩を回されて鬱陶しそうな顔をするセルビス。
「俺はお前の口からしっかりと聞きてえんだよ」
「酒も呑んでいない癖にもう酔っているのか?」
「まあ、集合時間に誰よりも早く来ていた時点で答えは出ているけどね」
「おい、余計なことを言うなアーク!」
アークのもたらした新情報によってセルビスが誰よりも飲み会を楽しみにしていたことが浮き彫りになってしまった。
「えー!? セルビス、そんなに私たちとの飲み会を楽しみにしてたの!?」
「うるさい! さっさと店に行くぞ!」
「行くのはいいが、まだ店決めてねえぞ」
私がニマニマとしながらからかうと、セルビスが拗ねたような顔をしてさっさと歩き出す。
しかし、ランダンが突っ込みを入れるとバツが悪そうに戻ってきた。
うん、まだどこの店に行くかも決めてないからね。
「今日の店はどこにする? 俺は酒と飯がたくさんあれば、特に気にしねえぞ」
「…………」
拗ねて無言なセルビスも同意なのだろう。特に意見を言うことなく佇んでいる。
「ソフィアはどこか行きたいところはあるかい?」
「それなら、ぺーちゃん食堂に行ってみたい!」
王都で行きたいお店としてパッと思いついたのはぺーちゃん食堂だ。
アブレシアにある支店には既に行ったが、ペロシさんのいる本店には未だに行ったことがないのだ。
サレンやメアリーゼと何度か王都と散策する機会はあったけど、二人共女子力が高かったり、落ち着いた女性なので中々行けていなかった。
「ああ、アブレシアにもあるソフィアがよく行っていた食堂だね」
「そうそう! よく覚えてるね!」
「……週五で誘ってこられれば嫌でも覚えるだろ」
覚えてくれたいてことが嬉しくて舞い上がっていると、セルビスがそんなことを言う。
私、そんなに誘っていたっけ? いや、誘っていたな。それだけ誘われれば、二十年経とうが覚えてもいるか。
「僕はそこで問題ないと思うけど、二人もいいかい?」
「問題ねえぜ」
「構わん」
「よーし、それじゃあぺーちゃん食堂にゴー!」
全員の了承がとれたところで私は意気揚々と歩き出す。
しかし、すぐにアークに呼び止められた。
「ソフィア、ぺーちゃん食堂はそっちじゃないよ」
「うええ? 確か中央区にあったよね?」
「十年前まではそこにあったけど、今は北区の方に移転したんだ」
「なるほど」
まさか、足しげく通っていたお店が移転しているとは気づかなかった。
二十年前と変わらぬ場所ならまだ知らず、移転先になるとさすがにわからないので大人しく前を歩くアークについて行く。
「きゃああー! アーク様よ!」
「後ろにはセルビス様とランダン様もいるわ! 御三方が揃っている姿を見るのは久しぶりね!」
アークたちが通りを歩くと、それだけで黄色い声が上がる。
世界を救った勇者パーティーだもんね。市民からの人気はとても高いようだ。
市民からの声にアークは爽やかな笑顔を浮かべながら手を振り、ランダンも豪快に手を上げる。セルビスは鬱陶し気な表情でガン無視。だけど、一部の女性はその反応すらも喜んでいるようだ。
「さすがは勇者パーティー。すごい人気だね」
自分が称えられているわけじゃないけど、仲間が尊敬されている姿は素直に嬉しい。
こんなすごい人たちが自分の仲間なのだと誇らしく思える。
ちなみに今の私の格好は見習い聖女服だ。
この三人がいる状態で大聖女服を着ていると目立つからね。三人の案内を仰せつかった聖女見習いですよと言わんばかりにひっそりと後ろから付いて行っている。
「他人事のように言ってっけど、ソフィアもその一員だからな?」
「付け加えるなら世界を救った大聖女様だからね。ほら、あそこに銅像だってある」
アークが指さした先には、アブレシアと同じ大聖女ソフィアの銅像が立っていた。
「うわぁっ! アブレシアだけでなくこんなところにもある! 早くアレを潰して!」
自分の銅像を置かれる気持ちがわかるだろうか。とにかく恥ずかしくてしょうがない。
しかも、アブレシアよりも精緻でサイズも大きいし余計に目立つ。
「ここは教会のお膝元だよ? 潰せるわけがないよ」
「なんでそんなに嬉しそうに言うの?」
アブレシアにもいっぱい銅像立てているし、もしかしてアークは私のこと嫌いなんじゃ?
「だって、ソフィアの功績がたくさんの人に認知されるんだよ? 仲間と嬉しくないはずがないさ!」
などと疑念の眼差しを向けるも、アークは無邪気な少年のような笑みを浮かべて言った。
そこには私に対する負の感情は一切なく、純粋な仲間としての喜びに満ちていた。
そうか。あれはアークのそんな願いから設置されていたのか。
「嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいよ。なんとかして撤去しないと……」
「そんな! 撤去だなんてとんでもない!」
私がそう言うと、アークが驚愕の表情を浮かべる。
「こんなところで大聖女ソフィア様の銅像の撤去を訴えれば、良くて敬虔な信徒から袋叩き、最悪は異端審問にかけられるぞ」
「ぐぬぬぬ」
セルビスが私に無慈悲な現実を突きつける。
ここは教会本部がある王都だ。もっとも教会の権威が強く、敬虔な信徒が集まっている。
こんなところで大聖女像の撤去を申し出れば、そういう結末になることは明らかだった。
……ここまで教会の権威が憎いと思ったのは初めてかもしれなかった。
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