仲間
北方の遠征に出ていた救援要請を出したランダンの部隊は、私たちが救出することで事なき事を得た。
帰還途中に救出部隊と鉢合わせて、事情説明をするハメになったが王国軍にはセルビスが、教会にはメアリーゼが上手く説明することによって収めてくれた。
王国軍と教会は完全に無駄足になってしまったわけだが、私の聖魔法によって汚染区域の広範囲が浄化されたので取り戻すチャンスとしてそのまま遠征に向かった。
汚染区域のど真ん中に平和なゾーンができたとはいえ、なんともたくましいことだ。
私たちは勿論、そちらに加わるような体力もないので王都へと帰還した。
それから一週間後。
「……あー、暇でしょうがねえ。なあ、ソフィア。俺の身体は大丈夫だから出してくれってお偉いさんに言っといてくれねえか?」
教会本部の特別救護室のベッドに寝転んでいるランダンがつまらなさそうに言う。
「ダメだよ。私が治癒させたとはいえ、完全に体力が戻ったわけじゃないんだから。念のためにもう数日は安静にしておいて」
王都に戻るとランダンや他の仲間たちは教会本部に入院することになった。
とはいっても、怪我や瘴気のダメージのせいというわけではない。それらの症状は私の聖魔法によって完全に治癒されている。
今はこうやって入院してもらっているのは念のための処置だ。怪我がないとはいえ、瘴気によって身体のあちこちにダメージを受けたからね。
ちなみに他の仲間は別室であり、そちらも同じく暇そうにしているのだとか。
そして、そんな暇そうにしているランダンの見舞いに、私とルーちゃんとセルビスはやってきている。
「ちえっ、ソフィアの癖に真面目なこと言いやがってよ」
「いい歳こいたおじさんが『ちえっ』とか言わないでよ」
「くっ、自分だけ年食ってねえからって調子乗りやがって……」
私が皮肉を返してあげるとランダンが悔しそうにする。
ふふふ、女性にとって若さとは最大の武器。おじさんとは違うのだ。
「お前たち教会の中では静かにしろ。静かに本を読むこともできない」
「……言ってることは正しいけど、お前なんできたんだよ?」
ランダンの疑問ももっともだ。
セルビスは私のようにランダンの話し相手になるでもなく、ずっと端っこの椅子に腰かけて本を読んでいる。
最低限、手土産としてフルーツを持ってきているが、なんのために見舞いにやってきたのか。
「研究棟にいたら遠征に駆り出されそうになったから避難している」
眷属もいなくなり、多くの瘴気持ちの魔物も倒されている。今は北方を取り返す大きなチャンス。国王様からしたらセルビスの手を借りたいのだろうな。
でも、本人はそれを嫌ってここにやってきていると。
国王もセルビスも大変だな。
「ランダン様、フルーツをお切りしましょうか?」
部屋の空気を変えるようにルーちゃんがそんな提案をする。
やだ。うちの子ってばとても気が利く。
「おう、よろしく頼む!」
「私も!」
「俺も少し貰おう」
「おいおい、俺のフルーツだぞ!」
私とセルビスが便乗すると、ランダンがそんな心の狭いことを言う。
「俺が持ってきてやったんだ。少しくらい食べるのも俺の勝手だ」
「私はこうしてランダンの話し相手になってあげてるし! それに切るのはうちのルーちゃんなんだから!」
「……しょうがねえな。少しだけだぞ?」
それぞれの正当性を主張すると、ランダンは少し悔しそうに言った。
ルーちゃんが果物を手に取って、小型ナイフで皮を剥き始めると廊下から足早な足音が聞こえてきた。
「ランダン! 無事か!?」
ガラリといきなり扉を開けたのは、勇者であり元パーティーメンバーのアークだ。
突然現れたことにも驚いたが、格好が完全に魔王討伐の時のフル装備で驚いた。
「おお、アークじゃねえか。久しぶりだな」
「あ、あれ? 全然怪我をしていないじゃないか? 怪我を負って入院したと聞いたから急いでやってきたのだが……」
ベッドの上で気楽に寝転んでいるランダンを見て、アークは呆気にとられたような顔をする。
ああ、ランダンが危機に陥っているという情報を聞きつけて、急いでアブレシアからやってきたのか。
その際に断片的な情報を聞いてしまって、焦ってやってきたのだろう。
「フン、救出にはソフィアがいたのだ。死にでもしない限り、ランダンの怪我など即座に治る」
「セルビス!? そ、そうか。ソフィアが駆けつけたのならどんな怪我をしていようが平気か……」
セルビスの言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろすアーク。
普通に安心しているけど、さすがに私もどんな怪我でも治せるような保証はできないからね?
「アークもやってきたことだ。念のため今回の敵とその背後にいるかもしれない存在について共有しておこう」
「そうだね。ランダンが救援要請を出すほどの事態。僕も気になっていたんだ」
ホッとしていたのも束の間。
本をパタリと閉じたセルビスの言葉にアークの顔が引き締まる。
今回の敵であって魔王の眷属。そして、彼が最期に言い残した魔神という未知の存在。
勇者であるアークにも共有しておくべきだ。
セルビスが主体となって、私たちはアークへと事情を説明する。
「……魔神か」
一通りの説明を聞き終えたアークは、複雑そうな表情で呟いた。
「眷属が言うには魔王よりも遥かに強い存在のようだ」
「でもよ、そんな奴が召喚されたんなら、どうして派手に動き回らねえんだ?」
確かにランダンの言う通りだ。魔王が誕生した際は、多くの瘴気持ちの魔物を引き連れて、村や町を襲っていたものだ。
「召喚されたばかりで満足に動けないのか、手駒を使うことで我々の様子を窺っているのか……どんな理由があるかは不明だが後者であるなら厄介だ」
力があるのにも関わらず正面からかかってこない相手は厄介だ。
仮に魔神という存在が後者の選択をしているのであれば、相当厄介に違いない。
「ひとまず最優先で魔神の存在について探りを入れてみよう。国王様にも僕が話して、調査を頼んでみるさ」
「任せた」
王城にある研究棟で働いているにも関わらず、国王との打ち合わせを丸投げするセルビス。
まあ、こういった打ち合わせは人当たりが良く、人格的にも優れているアークの方が適任か。
こうして私たちでは魔神については確かに存在するのか。探りを入れながら念のために警戒するという方針になった。
「ところでセルビス一つ気になっていたことがあるんだけど?」
魔神についての共有が終わり、ホッとしたところでアークが尋ねた。
「なんだ?」
「君もランダンの救出隊にいたのかい?」
「いたぞ、俺とソフィアとそこの聖騎士もだ」
セルビスの答えを聞いて、世界が終わったかのような顔をするアーク。
魔王と向かい合った時でも、アークは絶望することなく不屈の精神で挑んだ。
それなのにセルビスの言葉で心が折れかかっている。
一体、アークはどうしてしまったのだろう。
「ど、どうしたのアーク!?」
「ということは、僕だけが仲間外れ……ッ!?」
私が声をかけるも、アークはそんな言葉を漏らして崩れ落ちた。
あー、もしかしてアークは私たちと一緒に戦うつもりだったのだろうか。
しかし、現実では私やルーちゃん、セルビスがすぐに駆け付けて共同戦線を組むことによって敵を打破してしまった。
つまり、アークはかつての仲間のピンチに間に合わなかったのだ。一人だけ仲間外れ。
私が二十年間アブレシアの地下で眠っていたので、あれから勇者パーティーは完全結成はしていない。
二十年ぶりに皆と一緒に肩を並べられるかもという淡い期待が、彼にはあったのだろう。
「へへへ、楽しかったよな。久しぶりにパーティー全員で一緒に戦えてよ」
「ランダンよ。全員ではない。一名だけいなかった者がいるぞ」
「おいおい、誰だよ? 仲間の窮地に一人だけ駆け付けられなかった薄情者は?」
その誰かがわかっているのにわざとらしい会話をしてなじるおじさんたち。
男性って、普段の仲は微妙でもこういう時だけ無駄な仲の良さを発揮するよね。
「仕方がないよ。アークはアブレシアの領主だし、その時に王都にいなかったんだから」
私やセルビスは王都にいたので何とか駆け付けることができた。
しかし、アークは王都から離れた場所にいた。駆け付けられないのも当然だ。
そんな慰めの言葉をかけてあげると、アークは意を決した表情で立ち上がる。
「くっ! それなら今から皆で汚染区域を取り戻しに行こう!」
「はぁ?」
「僕たち四人がいれば、奪われた土地を迅速に取り返すことができる! そう、今度こそパーティー全員で戦いに行くんだ!」
ああ、仲間外れにされたアークが拗ねて変なこと言い出した。
「ふざけんな! 俺たちはこの前戻ってきたばかりなんだよ!」
「見たところまったく怪我もなく完治しているじゃないか!」
「俺は前線に出るよりもソフィアと結晶の関係について調べたい」
「うええ、なんか怖いからヤダ!」
「……あの救護室ではお静かにお願いできますか?」
「「すみません」」
救護室ではしゃぎ過ぎたからだろうか。教会のメイドさんに叱られてしまった。
しかし、メイドが去ったすぐ後におかしくなって私たちは笑ってしまう。
「こんな風にもう一度皆と笑い合えるなんてね」
「俺たちがこうして全員揃うのは二十年ぶりだからな!」
クスリと笑った後にアークとランダンがしみじみと言う。
「パーティーのリーダーとして改めて言うよ。ソフィア、お帰り」
「よく帰ってきてくれたな」
「仲間として歓迎する」
「わ、私も! かつてのパーティー仲間じゃありませんでしたけど、ソフィア様と会うことができて嬉しいです!」
アーク、ランダン、セルビスだけでなく、ルーちゃんも慌てた様子で顔をほのかに赤く染めながら言ってくる。
そんなかつての仲間や後輩の言葉がとても嬉しく、私はじんわりと胸の奥が熱くなった。
「皆、ただいま!」
かつて私が救った世界は完全に平和になったわけじゃない。
魔王の眷属は残っているし、魔神とかいうわけのわからない脅威があるかもしれない。
そんな不安を抱えた世界だけど、こうしてあの時守りたかった仲間や人々がこうして生きていて迎え入れてくれる。
それがとても嬉しく、あの時の私の決断は間違っていなかったと断言できた。
これにて転生大聖女の目覚めの一章は終わりです。
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二章の構想、書き溜めなどに入るので更新は少しお待たせすることになりますが、よろしくお願いします。




