ランダンとの再会
聖魔法の付与のお陰でとんでもない速度で進むことしばらく。緑の景色は突如失われ、剥き出しになった土が見え始めた。
周囲には瘴気が漂い始め、爽快な空気がどんよりとしたものに変わった。
「ベルク平原に入る。ここからは汚染区域だ」
「わかった。『聖なる願い』」
セルビスの忠告に頷いた私は、聖力で皆の身体を守る。
勿論、馬車を引っ張ってくれているキューとロスカにも付与してあげた。
これで瘴気に晒されることなく、問題なく活動をすることができる。
この先にランダンの部隊がいてピンチになっている。
早くたどり着いて助けてあげたい。再会する前に死んじゃうだなんて絶対に嫌だ。
ランダンにも会ってただいまと言ってあげたい。
それにこれ以上の走行は辛い。本格的にお尻が三つに割れる未来が懸念された。
「お願い、早くたどり着いて……」
仲間の無事と自分のお尻の無事を女神セフィロト様に願っていると、変化が訪れた。
私のお尻が三つに割れた――とかではない。
「周囲を漂う瘴気が急に濃くなったね?」
「……ベルク平原の瘴気はここまで強いものではありません。この濃度は異様です。何かしらの要因がきっとあります」
汚染区域によっては瘴気が濃い地域もある。しかし、この辺りはそこまで濃度が強いものではないそうだ。それなのにこの瘴気の強さ。
瘴気持ちの魔物が多くの瘴気を食らって進化したか、魔王の眷属でも現れたのか。
それらの予期せぬ要因がランダンに立ちはだかっているのかもしれない。
私は気持ちを一層と引き締めながら、皆の身体を包み込む聖力の強さを上げた。
これでこの濃度の中でも問題はない。
「瘴気が強い方向に進めばいいのでしょうか?」
「魔道具の針が指し示す方向も同じだ。今の進路で間違いはない」
セルビスが手に持った魔道具を確認しながら言う。
相手のいる方角までわかるなんて便利だ。それはとにかく、このまま瘴気の強い方向に進めば問題はないらしい。
瘴気が強まる中、キューとロスカを走らせて私たちは進んでいく。
瘴気がドンドンと濃くなっていく中、前方に人影が見えてきた。
手前に見えるのは聖女と聖騎士らしき人物、それに見慣れない男性だ。瘴気持ちの魔物に囲まれながらも連携をとって迎え撃っている。
遠くにいるのはねじくれた角に悪魔のような翼を生やした褐色肌の男性。
「あれは魔王の眷属!」
対象を確認したルーちゃんが呟く。
邪神の加護を受けし者は、鋭い角や牙、翼などといったものを身に宿す。
魔王が討伐されてなお、強い瘴気を纏っているのは魔王の眷属を置いて他にない。
そして、眷属に対峙しているのは大剣を構えた男。
その茶色の髪と筋肉質な後ろ姿は見覚えがある。
かつての仲間であるランダンだ。
「ランダンだ! よかった、生きてた!」
「ひとまずはそのようだが今にも崩れるぞ。パーティーの要である聖女が倒れた」
「うえ?」
私が振り返って目を離している隙に聖女が倒れた。
聖力と魔力が欠乏したのだろうか。聖女が倒れた影響で均衡は崩れ、聖騎士と剣を持った男性も手傷を増やしていく。
パーティーの瓦解に意識をとられたランダンは、魔王の眷属に弾き飛ばされる。
その身には黒い瘴気が纏わりついており、彼の身体を蝕んでいることがわかる。
聖力の付与がなければ瘴気の中では活動すらままならない。いくら実力者であるランダンでも戦い続けることは不可能だ。
ランダンとその仲間に命の危機が訪れる。
「ランダン!」
大声を上げて仲間の名前を叫ぶと、瘴気持ちの魔物と魔王の眷属がこちらに注目してくれた。
「『ホーリーッ!』」
その隙をついて私は即座に聖魔法を発動した。
結晶でできた杖と聖女服が強い輝きを放ち、翡翠色の光が波紋のように広がっていく。
周囲を漂っていた瘴気が、大量に蠢いていた瘴気持ちの魔物が一瞬で消え去った。
私の聖魔法によって浄化されたのだ。
魔王の眷属も一気に浄化といきたかったが、咄嗟に瘴気を身に纏って逃れたようだった。
その隙に私たちは馬車を止めて駆け下りる。
ランダンのところにすぐに駆け付けたいが、その前に重傷っぽい彼の仲間に聖魔法をかけてあげ
る。
「『サンクチュアリ』『キュアー』『ハイヒール』」
聖力で満たされた結界を展開し、体内に入り込んだ瘴気を除去、そして治癒によって身体の傷を完全に回復させてあげた。
とはいえ、三人ともダメージを受けていたのですぐに立ち上がれる状態ではない。
「ルーちゃんはその人たちの傍にいてくれる?」
「かしこまりました」
ひとまず彼らが立ち上がれるまでルーちゃんを傍に置いておく。
また瘴気持ちの魔物がやってくるかもしれないが結界の中にいれば、大抵は近づくことができないし、ルーちゃんもいるので安心だろう。
仲間たちをルーちゃんに任せて、私とセルビスはランダンのところに近づく。
「ランダン、大丈夫!?」
倒れているランダンに聖力を付与し、先ほどと同じように怪我を治癒してしまう。
すると、ランダンはうめき声を上げながらもすぐに立ち上がった。
「……助かったぜ」
瘴気のダメージを受けていたら普通はこんなすぐに立ち上がれないが、ランダンのタフさは昔からなので気にしない。
「足手まといを抱えてるとはいえ、魔王の眷属如きに手こずるとはお前も腕が落ちたものだ」
「アイツ、魔王の眷属の割に強いぞ」
起き上がったランダンに厳しい言葉を投げかけるセルビス。
ランダンはバツが悪そうに頭を掻いていた。
「ソフィア、遂に目覚めたんだな」
こちらをまじまじと見つめながら落ち着いた口調で言うランダン。
「あれ? 思っていたより冷静だね?」
ランダンのことだからもっと驚くと思っていた。
「こんなデタラメなことをするのはお前くらいしかいねえからな。目覚めたとわかるのに十分な証拠だ」
「えへへ」
驚いてくれなかったのは少し残念だけど、聖魔法を使っただけで私だと気付いてくれたことが素直に嬉しい。
「しかし、昔と変わらないな。ソフィアはちっこいままだ」
「ランダンはすっかりおじさんだね。アークやセルビスと比べると、すっかりとおじさんだよ」
「俺はあいつらより年上なんだ。多少老けて見えるのは当然だ」
「そうかなー? アークとセルビスはまだ若々しいよ?」
「あいつらと比べるんじゃねえ」
「確かにアークやセルビスと比べるのは残酷だったね。ごめん」
「そのマジな同情が一番腹立つぞ!」
「……再会が懐かしいのはわかるが、今は目の前の敵に集中しろ」
ランダンとそんな風にじゃれていると、傍にいたセルビスからそんな言葉が飛んでくる。
こんなやり取りも魔王討伐の時にあったような気がする。
「積もる話はあるけど今は目の前の敵に集中だね」
「ああ、勇者パーティー再結成――といきてえけど、肝心の勇者がいねえじゃねえか」
「アークがいなくとも俺たちがいれば問題あるまい」
四人揃っての戦いといきたかったけど、この場にはパーティーのリーダーであり、勇者であるアークがいなかった。
それが少し残念だけど、私を含めた三人がいれば十分だ。後ろにはルーちゃんも控えているし大丈夫。
「このデタラメな聖力と魔力……大聖女ソフィア、生きていたのか!」
魔王の眷属が私の正体に気付いたのか、驚愕の表情を浮かべた。
私のことが一目でわかるということは、二十年前の時から私のことを知っていたのだろう。
私のこの眷属のことをよく知らないけど。
「そうだよ。ちょっと時間かかったけど魔王の瘴気なんて浄化しちゃったもんね!」
「フッ、伝説の大聖女がいようと構わん。あの御方の力を賜った俺ならば問題ない!」
魔王の眷属は瘴気を身に纏うと、悪魔のような翼を広げて襲い掛かってきた。
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