眠っているはずの仲間
俺はランダン。
元勇者パーティーの戦士であり、Sランク冒険者だ。
俺の主な活動は、瘴気に汚染された区域の奪還だ。
かつて世界はある一人の少女によって救われた。
それは俺と同じパーティーに所属していた聖女のソフィアだ。いや、今では大聖女だったか。
魔王が最期に放った特大の瘴気をアイツはその身を挺することで防ぎ、今もアブレシアの教会地下で浄化し続けている。
彼女は美しい結晶の中で眠り、二十年が経過した今でも起きることはない。
悔しかった。
パーティーの中で最年長であり、戦士でありながらも最後に身体を張ったのは結局はソフィアだ。
わかっている。瘴気に対して俺は無力だ。
勇者のアークとは違い、ソフィアのような聖女に援護をもらえないと満足に戦うことはできない。
たとえ腕っぷしがあろうとも瘴気の前では無力。
理屈ではわかっているのだが、世界の行く先を年下の少女に押し付ける結果が悔しくてたまらない。
もっと、俺たちが余裕を持って魔王を倒せていたら。奴が世界を道ずれになどと考えないくらい圧倒し、倒すことができたらソフィア一人を犠牲にする必要はなかった。
自らの実力不足。あの時ほどそれを痛感した覚えはなかった。
魔王が討伐されて世界はおおむね平和になった。
しかし、未だに魔王の眷属は何人か生き残っており、瘴気によって汚染された区域はそのまま。完全に平和になったとはいえない。
仲間であるソフィアがその身を犠牲にしてまで救った世界。
俺たちがきちんと平和にしてやらないでどうする。
そんな想いを燃やし、俺は四十歳を目前にしても前線で戦い続けている。
仲間の張った命が無駄にならないように。
ある日、俺は冒険者仲間と教会の聖女、聖騎士を連れて遠征に向かった。
行き先は王都から北上したところにあるベルク平原。
かつては緑豊かな自然が広がっていたのだが魔王の振りまいた瘴気のせいで死の大地となった。
美しかった自然や動植物は消え失せ、今では瘴気持ちの魔物や動物が跋扈している。
その奥にはベルクリフという大きな街があったのだが、そこも瘴気で廃墟となった。
今回の目的はベルク平原の瘴気持ちの魔物や動物を駆除し、浄化すること。
一気に土地を取り戻すことができなくても、障害を排除していけば少しずつ浄化して取り戻せる。
いつもそうやっているように今回も上手く。
そう思っていただけに、俺たちの前に立ちはだかった存在には驚いた。
俺たちの前に現れたのは、ねじくれた角に褐色の肌をした悪魔の翼を持った男。
「……お前、魔王の眷属だな?」
「いかにも」
邪神の加護を強く宿した魔王と同じような瘴気の気配。対峙しただけですぐにわかった。
腕を組み偉そうに頷く眷属を前にして、俺は愛用の大剣をすぐに構えた。
冒険者仲間のタイラーと聖騎士も剣を構え、教会の聖女は後ろに下がって聖魔法の準備に入る。
魔王が倒れてから魔王の眷属は息を潜めるように隠れた。このように単体で姿を現すことはほとんどない。そのことが気になるが目の前に出てきた以上、戦うしかない。
こいつらと相容れることがないのはわかっていることだ。
コイツを倒すことができたら世界が真の平和に近づく。世界のためにもコイツは倒すべきだ。
「ちょうどいい。あの御方たちから頂いた力を試してやる」
眷属はぶつくさと何かを呟くと、瘴気持ちの魔物を大量に呼び出した。
「なんという数です……」
俺たちを取り囲む瘴気持ちを前にして聖騎士が慄く。
ここは瘴気で満ちた汚染区域。奴にとって戦力を補充するのは簡単なこと。
とはいえ、集まってきた瘴気持ちの数が尋常ではない。いくら魔王の眷属とはいえ、これほどの数を呼び出せることには違和感を抱かざるを得ない。
「コイツはマズいかもしれねえな……」
眷属の身体から発生している瘴気の濃度もそうだし、これだけの数を呼べるのは想定外だ。
俺たちだけで倒すつもりだったが、ちょっと厳しいかもしれない。
懐のポケットに入れてあった魔道具に魔力を込める。
これで魔道具の中にある針が振動し、王都にいる仲間に緊急の知らせが届いたはず。
アイツの助けを請うのはちょっと癪だが、それで命を落としては元も子もない。
嫌な予感がしたからこれは保険だ。
「『聖なる願い』」
後衛から聖女の付与が施される。
俺たちの身体を聖力が包み込み、瘴気による状態異常を防いでくれる。
ソフィアに比べるといささか頼りない聖力の上に、二つ目の付与をかけるのに時間がかかっている。
それを不服に思うが、アイツは歴代の聖女でもずば抜けた才覚を持っていた。
アイツと比べるのは酷だ。
「行くぞ、お前ら!」
そう気持ちを切り替えて、俺たちは眷属に戦いを挑んだ。
◆
違和感を抱いたのは俺の振り下ろしを眷属が爪で受け止めたことだ。
俺は身体強化が得意で、恵まれた体格と身体能力をさらに引き上げ、得意の剣技で数多の敵を葬ってきた。
そんな俺の一撃は魔王ですら無視できないもので、かなりの意識を裂いていた。
それなのに眷属が俺の攻撃を正面から受け止められるというのはおかしい。
俺の身体も全盛期よりも衰えてはいるが、それを加味してもあり得ない。
数年前に出会った眷属も俺の攻撃を正面から受け止めきれるものなどいなかった。
……何かがおかしい。
そう思った次の瞬間、奴の身体から濃密な瘴気が噴き出した。
眷属には不相応なほどの強い瘴気。
聖女の付与魔法を貫通して、瘴気による汚染が毒のように蝕んでくるのを感じた。
慌てて俺は剣に力を込めて、奴は弾き飛ばして大きく距離をとった。
「聖力の付与を強くしてくれ!」
「はい!」
聖女は周囲から襲い掛かる瘴気持ちを浄化しながら、俺たちへの付与を強めてくれる。
聖なる力が一段と強くなると、身体を蝕もうとしていた瘴気の影響はなくなった。
しかし、これだけの付与を維持するとなると聖女の負担は大きくなるだろう。
それでも戦線を維持するにはやってもらう他にない。
「タイラーは後ろを手伝ってやってくれ」
後ろの負荷が上がった以上、誰かがカバーに回る必要がある。
聖騎士は今も剣を振るい、聖魔法を発動する聖女を守っている。
しかし、瘴気持ちの数が際限なく湧いている今では、聖騎士だけでは守り切れない。
「それでは眷の相手が!」
「瘴気への対抗手段が薄い現状では、聖女が倒れてしまうとそれだけで終わりだ」
準備は万全にしたつもりだった。とはいえ、これほどの力を持っている眷属と戦うことになるとは予想外だ。
「しかし……」
「なあに、そっちは任せろ。その代わり後ろは任せたからな?」
「……わかりました」
なおも食い下がろうとするタイラーにそう言うと、彼は大人しく後ろに下がってくれた。
眷属を相手に一人で立ち回るのは厳しい。
それがわかっているからこその心配だが、こちとら魔王が相手でも前衛で戦ってきたんだ。一人で抑え込むくらいの意地を見せてやらないとな。
しかし、多勢に無勢だった。
タイラー、聖騎士、聖女は三人で上手く連携をとっていた。
しかし、相手は際限なくやってきて、こちらは体力も疲弊する。
最初に崩れたのは教会の聖騎士だ。背後から忍び寄ってきた瘴気持ちの攻撃を聖女から庇い傷を負った。
そうなると聖女が治癒する必要があるが、押し寄せる敵を前にそのようなことをする暇はない。
聖騎士は傷を負いながらも戦うが、疲労も重なってかパフォーマンスは落ちる一方。
そしてそれをカバーするためにタイラーが無茶をして、徐々に小さな怪我を重ねていく。
まさに悪循環だ。
すぐ様に後ろに戻って援護に加わりたいが、目の前の眷属がそれをさせてはくれない。
「くっ、こうなるんだったらセルビスを無理矢理に連れてきくるんだったぜ」
思い浮かぶのはかつての仲間の魔導士。
セルビスがいれば、大量の瘴気持ちに囲まれようが魔法で一掃してくれただろう。
その間に聖女がしっかりと治癒を行い、立て直すことも余裕だった。今のように聖女に大きな負担がかかることもない。
あるいはアークがいてくれれば。女神の加護を受けたアークであれば、聖魔法による付与がなくても瘴気の中を活動することができる。
魔法も使える上に、剣技も俺以上の実力者で安心して背中を任せられる。
しかし、それは仮定の話だ。俺たちの部隊にセルビスやアークはいないのだから。
俺がそんな弱気な思考に囚われる中、身体を包み込んでいた聖力が薄れていくのを感じる。
慌てて振り返ると、教会の聖女が真っ青な顔をして息を荒げていた。
聖力と魔力が欠乏し始めて、付与を維持できなくなったのだ。
「おい、大丈夫か!?」
マズい、今聖女に倒れられると俺たちは終わりだ・
「後ろを心配している場合なのか?」
「ぐっ!」
しかし、そんな俺の隙をついて眷属が爪を振るってくる。
俺は剣を盾にして受け止める。が、凄まじいパワーに押し込まれて身体が吹き飛ぶ。
それと同時に身体から聖なる力が消え去った。
瘴気が毒のように身体を蝕んでいくのがわかる。
肌が焼けるように熱く、手足の感覚が麻痺していく。
眷属の身体を取り巻く強い瘴気を生身で浴びた影響だ。
「フン、この程度か。もはや、俺が戦うまでもない。瘴気の中で生きることすらできない人間はそのまま朽ちて滅びるがいい」
こちらを見下ろしながら高笑いをする眷属。
聖女は倒れ、聖魔法による支援もない。
生身の人間が瘴気の中で動き回れる時間は限られている。
……ソフィアがいてくれれば。
彼女であればこの程度の瘴気だろうと問題なく吹き飛ばした。
護衛として聖騎士を置いておく必要もないだろう。
「こんな時にいない仲間のことばかり考えるとは、俺もヤキが回ったか……」
「ランダンーッ!」
大地に突っ伏しながらボヤくと、遠くから俺の名を呼ぶ声がした。
その声はかつての仲間であったソフィアの声、そのもの。
死を前にした幻聴かと思いながらも視線を向けると、こちらに向かって猛スピードでやってくるキュロス馬車が。
御者席には教会の聖騎士とアブレシアの地下で眠っているはずの仲間がいた。
「もしかして、ソフィア……なのか? いや、瘴気で汚染されて幻覚を見ているに違いねえ」
いくらなんでも眠っているはずの彼女が駆けつけてくれるなんて都合が良すぎる。あり得ない。
それでも懐かしき仲間の顔を呆然と見つめていると、彼女は水晶のような美しい杖を掲げ魔法陣を展開した。
「『ホーリーッ!』」
水晶や法衣が強く輝くと、とんでもない聖力と魔力が広がり、俺たちを取り囲んでいた瘴気持ちが一瞬で浄化された。
瘴気の影響で幻聴や幻覚を疑っていた俺だが、その疑念はすぐに晴れた。
このバカみたいに圧倒的な聖力と魔力は彼女以外にありえないからだ。
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