救援要請
「ランダンがピンチ……?」
かつての勇者パーティーの仲間が窮地に陥っていると知って私は驚く。
「北方の遠征地にいるのにどうしてわかったのですか?」
呆然としている私よりも早く我を取り戻したルーちゃんは、セルビスに疑問をぶつけた。
そうだ。その情報は本当なのだろうか? 北方にある汚染地域と王都ではそれなりに距離がある。狼煙などで合図を送れる距離じゃない。
「ランダンにはもしもの時のために共鳴の魔道具を持たせてある。王都から北方の遠征地くらいの距離であれば振動を伝えることが可能だ」
セルビスが懐から懐中時計のようなものを取り出す。
中には魔法陣が描かれており、時計の針のようなものが細かく振動していた。
どういった仕組みなのかはわからないが、セルビスがそのような嘘をつく理由はない。
再会する間もなく仲間が窮地に陥っている情報は衝撃的だが、今は立ち止まっている場合じゃない。そんなことよりもやるべきことがある。
「今すぐ助けに行こう!」
「お前なら迷わずそう言うと思ったぞ」
すかさず決断すると、セルビスは嬉しそうに笑った。
「ランダンは私たちの大切な仲間なんだよ? 助けに行くのは当然だよ。いきなりで悪いけど、ルーちゃんも付いてきてくれる?」
「勿論です! 私もお供いたします!」
私がそのように言うと、ルーちゃんはどこか気合のこもった眼差しで頷いた。
「ランダンはSランク冒険者だ。それに部隊には聖女や聖騎士といった実力者もいる。そんなメンバーにも関わらず窮地に陥っているというのは、相当な敵がいると見て間違いない。それでもお前は付いてこれるのか?」
冷静に考えるとそうだ。
ランダンは勇者パーティーの一員であり、勇者であるアークと互角の実力を持つ戦士だ。
そんな彼が率いる精鋭部隊がピンチに陥っているのだ。相手は相当な敵が控えているに違いない。
魔王の眷属か、大量の瘴気持ちの魔物が溢れたのか……敵は未知数であるが、大きな障害が待ち受けているに違いない。
でも、それでもランダンを助けに行きたいという私の気持ちに揺らぎはない。
「私はソフィア様の護衛です! ソフィア様が向かうところにどこまでも付いていきます! そのためにずっと研鑽を積んできたのですから!」
「……そうか。覚悟があるのならいい」
ルーちゃんのぶれることのない意思を確認すると、セルビスは鋭い視線を緩めた。
セルビスは私と違ってルーちゃんのことをまったく知らない。同じ救援部隊として駆け付けるにあたって覚悟を知りたかったのだろう。
「ルーちゃんは聖女見習いから聖騎士になったほどの努力家さんだよ? それにとっても強いから心配いらないよ」
「……だといいがな」
「ソフィア様やセルビス様の足手まといにはなりません」
セルビスの言葉に奮起した様子を見せるルーちゃん。
自分の実力を見せるべくメラメラと燃えている。
「早速、俺たちだけでも向かうぞ。王国軍や教会が動くのを待っていては手遅れになる可能性が高いからな」
通常は王国軍や教会の増援が向かうのであるが、そんな悠長なことは言ってられない。大きな組織になれば、身動きもそれなりに時間のかかるもの。
今は一刻も早く駆け付ける必要がある。どんな戦力が潜んでいるかもわからず危険だが、それくらいの無茶は承知の上だ。
「教会の適当な馬車を借りるぞ」
「待って! それならうちのキューとロスカがいるからそっちに乗ろう!」
「キューとロスカ?」
「アーク様からお借りしたキュロスです」
「……安直過ぎて一瞬なんのことかわからなかったぞ」
別にいいじゃないか安直でも。呼びやすくて可愛らしいのだから問題ない。
本人たちも気に入ってくれている様子だし。
私は壁にかけてある新品の杖を手にとると、二人を連れて部屋を出る。
教会内では聖女と聖騎士の選別が行われているのかいつになく物々しかった。
緊急事態故に走っている人たちは私たちだけではなかったので、引き留められることがなかったので大変ありがたかった。
「……ソフィア様、どうされました?」
走りながらもしきりに視線を彷徨わせていたからだろうか、ルーちゃんがそれに気づいて怪訝な表情をする。
「リリスちゃんも連れていきたかったけど見当たらないや」
「ソフィアの知り合いということなら、間違いなく正規軍に組み込まれているだろう。今から話し合ってこちらに組み込む時間はない」
リリスは教会の指導員であり、実戦経験のある聖女だ。
私たちなんかよりもいち早く上から声がかかっているだろう。
今からそこに割り込んで声をかけては、指揮系統が混乱する上に時間もかかる。
残念ながらリリスを私たちの方に組み込みことは難しそうだ。
後ろ髪を引かれるような思いであるが、リリスのことはすっぱりと諦めて私たちだけで向かうことにしよう。
迷いなく教会の外に出ると、裏手に回ってキューとロスカを見つける。
「キュー、ロスカ!」
「「クエエエエエエッ!」」
私が声をかけると、厩舎のような場所にいたキューとロスカが立ち上がり、嬉しそうに羽根を広げた。
ここ最近はトレーニングや聖女服を仕上げるのに夢中であまり構ってやることができなかったので、こうして会えたのが嬉しいのだろう。
「よしよし、いいこだよー」
私も同じ気持ちで存分に可愛がってあげたいが、残念ながらそんな時間はない。
キューとロスカを軽く撫でつつ、近くに置いてあった馬車と接続。
ルーちゃんと一緒に御者席に乗り込み、セルビスが荷台の方に乗り込んだ。
「早速で悪いんだけど超特急で北に向かってくれる?」
「「クエエエエッ!」」
可愛がる間もあまりなく申し訳ない気持ちであったが、キューとロスカは任せろとばかりに頷いてくれた。
うちの子たちがとても頼もしい。
「それでは出発させます」
ルーちゃんが手綱を握ってキューとロスカを走らせる。
王都を出るまでは一通りがあるが故にあまり早く走れない。
こうしている間にも仲間がピンチに陥っていると思うともどかしい。
「教会の者だ! 悪いが道を開けてくれ!」
いつものような穏やかな声ではなく、聖騎士らしい凛とした気迫のある声。
ルーちゃんの容姿と相まってか効果は覿面だ。街の人たちがそそくさと通りを開けてくれる。お陰でキューとロスカの進む速度が上がった。
「ふむ、魔法を放つまでもないか……」
「いや、いくらなんでもそれはダメだからね」
魔法陣を展開していたセルビスが荷台へと引っ込んで座り込むのがわかった。
それをすると返って混乱しちゃいそう。相変わらずセルビスは無茶苦茶だ。
ルーちゃんの声のお陰でスムーズに進むことができた私たちは、あっという間に王都の北門を出ることができた。
「セルビス、ランダンのいるところにはこのまま真っすぐ進めばいいんだよね?」
「ああ、そうだ」
「道は昔と変わらず平坦?」
「そうだ。変わりない」
ふむ、道が平坦なのであれば私とキューとロスカの腕の見せ所だ。
ルーちゃんも私のやろうとしている事がわかっているのか肯定するように頷く。
「セルビス、しっかり掴まっててね! 馬車を加速させるから!」
「おい、馬車を加速させるとはどういうことだ?」
「『剛力の願い』『瞬足の願い』『不屈の願い』」
セルビスに説明するのももどかしかったので、私は聖魔法の付与を与えることで何をやるか示す。
できたばかりの杖を手にして聖魔法の付与を発動。
「ソフィア様の杖と服が輝いています!」
「わっ! 本当だ!?」
聖魔法の発動に伴い、私の杖や服が輝きだす。
私の聖力と魔力がこもった結晶を使ったからだろうか? 強い反応を示し、私の聖魔法を増幅しているのがすぐにわかった。
かけた付与は筋力の強化と俊敏性の強化、そして持続力の強化だ。
これで長距離を速く、疲労することなく進むことができるだろう。
「「クエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」」
その効果は劇的でキューとロスカは興奮したように鳴き声を上げると、とんでもない速度で走り出した。
「うわっ、これヤバいかも!」
自分の想像以上に付与が強化されてしまっている。
強い衝撃がくることがわかっていたので私も手綱を握ってしっかりと備える。
セルビスは備えが甘かったのか、後ろで壁にぶつかるような音がした。
「ぐはっ! い、いくらなんでも速すぎだろう!?」
セルビスの叫び声も、馬車のガタゴトとした激しい揺れによってかき消されてしまう。
キューとロスカの移動速度が凄まじいせいで、馬車の揺れも尋常ではない。
私のお尻が三つに割れちゃいそう。
「とんでもない出力の聖魔法でしたね」
「加減したつもりなのに杖と服が増幅しちゃったよ」
「……加減してこれなら人にかけられるとなると、どうなるか恐ろしいのですが……」
せっかく加減を身に着けたというのに、またしても感覚がわからなくなった。
ぶっつけ本番で付与を重ねがけするのは、ちょっと危ないかもしれない。
「これなら即座に駆け付けられること間違いなしですが、馬車が保つかどうか心配です」
「……それは女神セフィロト様に祈ることにしよう」
そればっかりは私でもどうしようもない。
生物だけじゃなく無機物にも付与をかけることができたらよかったのに。
そんなことを考えながら、私は馬車とお尻が壊れませんようにと真摯に祈った。
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