ソフィアの結晶
「綺麗な杖ですね」
「うん、太陽の光で透けて見えるよ」
セルビスから貰った杖は水晶のように透明でとても綺麗だ。
まるでこの杖自体が宝石のようにキラキラと輝いている。
片手で持てる軽さでありながら、ちょっとやそっとで壊れはしない丈夫さがあるという。
我が身体からできた結晶を使っているとは不思議だ。
「衣服の方についてだが相談がある」
新しい杖をルーちゃんと眺めていると、セルビスが口を開いた。
「前に言っていた結晶を生地に編み込むってやつ?」
「ああ、服自体は完成しているのだが最終の仕上げができていない」
「そこまでできてるの!?」
てっきり杖にかかりっきりで服は出来ていないと思い込んでいただけに、私の口から驚愕の悲鳴が漏れた。
「……どうしてそこまで驚く?」
「い、いや、早いなーって驚いただけだよ。でも、完成していないなら着るのはもう少し後だね」
さすがに前回より太ったかもしれないから試着するのが怖いだなんてことは言えない。
私がそのように言い訳をすると、セルビスは考え込んだ後にとんでもない提案をする、
「……完成ではないが試着してみるか? 前の採寸に合わせているから問題ないとはいうが、こういう時に着てみたいと思うのが女なのだろう?」
セルビスのちょっと俺はわかってるぜみたいな顔がすごくムカついた。
「いや、大丈夫。着るならちゃんと完成した状態で着たいから」
「そうか」
なんでこういう時にだけ無駄な気を遣うのだろう。
別にセルビスが悪いわけじゃないけど、狙ったような優しさにちょっと腹が立ってしまった。
「それで私はどうすればいいの?」
「この結晶を細かい繊維状にまで解き、この服に編み込んでもらいたい」
セルビスがばさりと取り出したのは、女神セフィロト様が好み、教会のシンボル色となっている白と青を基調とした聖女服。
身体のラインが出やすい造りになっているが、外套があるために肌の露出を大きく感じさせない。アブレシアの花の金刺繍が施されており、とても品のある聖女服だ。
「うわあ、すっごく綺麗で動きやすそう! それに普通の聖女っぽいや!」
「このぐらいであれば大きく目立ちはしないだろう。近頃は派手な服を着た聖女も多いしな」
「そうなの?」
「……ごく一部にそのような聖女がおりますね」
ルーちゃんが誠に遺憾ながらといった表情で言う。
セルビスやルーちゃんが眉を顰めるような派手な聖女服ってどんなものだろう。逆にちょっと見てみたいけど、そういう主張が強いタイプの女性は苦手なので近寄りづらかったりもする。遠目に見れるといいな。
「で、この結晶を服に編み込む具体的な方法は?」
「お前が何とかしろ。自分の聖力と魔力が物質化したものだ。何とかできるだろう」
うん、セルビスのことだからそんなことだろうと思ったよ。
「わかった。ひとまず、持ち帰って試してみるよ」
「ああ、完成したら教えてくれ。服がどんな風になったか見てみたいからな」
セルビスはそのように言うと、用は済んだとばかりに去っていく。
服が似合うかどうかって言ってくれた方が喜ぶと思うけど、セルビスにそんなことを期待しても仕方がない。
「それじゃあ、部屋に戻って試してみようかな」
「ソフィア様、まだ腹筋が終わっていませんよ」
聖女服を片手に教会に戻ろうとすると、ルーちゃんにがっしりと肩を掴まれてしまった。
くっ、この流れで誤魔化せると思ったのに……
◆
ルーちゃんの鬼の指導により、ノルマの腹筋を終えた私は教会の自室に戻ってきた。
テーブルの上にはついさっきセルビスから受け取った聖女服と、結晶が並べられている。
「この結晶を服に編み込む……か……」
セルビス曰く、硬質化した私の聖力と魔力だから繊維状に解くことも可能なはず。なんて言っていたけど、本当にそんなことができるのだろうか。
結晶を手にしてみるもシュルシュルとリンゴの皮みたいに剥けてくれるわけでもない。
ひんやりとした水晶のような硬い感触。叩いたり振ってみても反応はない。
「どうすれば、これが解けると思う?」
「ソフィア様の聖力や魔力を流してみてはどうでしょうか? そうすれば何かしらの反応がありそうです」
「そっか! やってみるよ!」
ルーちゃんに言われた通りに聖力を流してみる。すると、結晶がほのかに輝いた。
しかし、ただそれだけで大きな反応は特にない。同じ聖力にただ反応しているだけに思える。
今度は聖力は込めずに、魔力だけを流してみる。
こちらも同じようにほのかに輝くだけで大きな変化は見られない。
だったら、聖魔法を扱うように聖力と魔力を同時に流してみるとどうだろう?
そう思って流してみると結晶が強い光を放った。
そして、私の込めた力の流れに反応してぐにゃりと曲がった。
「わっ、結晶の形が変わった!」
あれほど硬質なものが形を変えたことに思わず驚く。
「では、それを繊維状にまで細くして編み込むだけですね」
「……だけって言うけど、それってかなり難しくない?」
ルーちゃんも元は聖女見習いだ。それがどれほど難しいかは身をもって知っているはず。
「大丈夫です。きっとソフィア様ならできます」
それなのに彼女は曇りのない澄み切った瞳で肯定してみせる。
「とりあえず頑張ってみるよ」
そんな風に言われたら、主である私としても頑張らないわけにはいかない。
自分の服のためなのだ。しんどいとか難しいとか泣き言は言ってられない。
私は気合を入れて結晶に聖力と魔力を流す。
光り輝く結晶の形がドンドンと変わっていく。ぐにゃぐにゃと変形していく様子は粘土で遊んでいるかのようでちょっと面白い。
だけど、形を変えて遊んでいても作業は遅々として進まない。
形を変えるだけでなく、そこから細い繊維を切り出すかのようにコントロール。
と考えるのは簡単なのだが、実際にそれをやれるかどうかは別の話で。
中々小さくなってくれず、それでも何とか細く切り出そうとしていると、結晶が白く輝きだした。
強い光で点滅するソレはまるで臨界点を迎えたようで……
「ソフィア様!」
「『サンクチュアリ』」
嫌な予感がした私は聖魔法の結界を発動させて結晶を包み込む。
次の瞬間、ガラスが割れたような音が鳴り、結界の中にあった結晶はバラバラになった。
「びっくりしたー」
まさか力を込めすぎると爆発するとは思っておらず、心臓が口から飛び出るかと思った。
「ソフィア様、大丈夫ですか?」
ソファーの下に身を伏せていたルーちゃんがおそるおそる顔を出す。
「うん、結界で結晶を包んでいたから大丈夫だよ。ちょっと力を込め過ぎちゃったみたい」
「ソフィア様の膨大な力を込めれば無理もありませんよ」
……これは結晶を切り出そうとするよりも、鈍った聖力と魔力の訓練をした方が良さそうだな。
この日から体力トレーニングや筋トレだけでなく、聖力と魔力のトレーニングも追加されるのであった。
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