新しい杖の完成
「ソフィア様、最近だらけ過ぎではありませんか?」
王城に呼び出された一週間後。
教会本部のベッドでゴロゴロしていたら、突然ルーちゃんにそのようなことを言われた。
「ええ? そう?」
「そうですよ。ここ一週間はずっと食べて寝てしかしてないじゃないですか」
「失礼だな、ルーちゃん。ちゃんと外に出て食べ歩きもしているよ?」
「どちらにせよ食べているだけじゃないですか。胸を張って言うようなことじゃありません」
私がそのように弁明するもルーちゃんは聞く耳を持ってくれない。
「……ルーちゃんもクリームパン食べる?」
「食べません」
「昔のルーちゃんはクッキー一枚あげるだけで喜んでくれたのに……」
「二十年前の話じゃないですか」
昔のルーちゃんはちょっとしたお土産やお菓子を持って帰るだけですごく喜んでくれたものだ。それが今やクリームパンを見て呆れの表情。
昔の純粋で可愛らしかったルーちゃんはどこにいってしまったのだろう。
「そんなに甘いものを食べてばかりだと太りますよ?」
「大丈夫だよ。私はルーちゃんと違ってまだ若いし」
ついルーちゃんがひどいことを言うもので私も反射的に返してしまう。
あっ、言っちゃった。と思った時にはもう遅い。
ルーちゃんの額に青筋が浮き上がるのがよくわかった。
「でしたら現実を見てみるといいでしょう! ほら、このお腹!」
「きゃあああああっ!」
怒ったルーちゃんが素早い動きで接近してきて、私の見習い聖女服をまくり上げる。
そして、私の柔肌をルーちゃんは遠慮なく突いた。
「ぷにぷにじゃないですか! いいんですか? うら若き大聖女がこんなにだらしないお腹で!」
だらしないお腹というパワーワードにさすがの私もショックを受ける。
私だって女性だ。そんな風にだらしないなどと言われると深く傷つく。
確かにここ最近はメアリーゼやサレンとお出かけしたり、久しぶりの王都を満喫したりしていた。いくら十代の身体を持つ私もヤバいかなって自覚を持っていた。
でも、それを直視するのが怖くて必死に目を逸らしていた。
だけど、こんな風に言われて直視させられてはもう目を逸らすことはできない。
「う、うう、わかったよルーちゃん。私、生活を改めるよ」
「よく言いましたソフィア様! まずは食生活の改善と運動に取り組みましょう! 走り込みや筋トレです!」
「うん。それを頑張るために最後のクリームパンを食べてもいい?」
「ダメです。これはソフィア様のために私が没収します」
無慈悲にも私のクリームパンを取り上げてしまうルーちゃん。
その表情はどことなく嬉しそうな気がする。
……本当はルーちゃんも食べたかったんじゃないだろうか。
ちょっと釈然としないけどそんなルーちゃんも可愛いからいっか。
◆
それからの私は以前のような自堕落な生活はやめて、聖女見習いらしい慎ましやかな生活を送った。
きちんと教会本部の食堂で三食食べて、できるだけ間食はせずに、買い食いなんかもしなかった。
よくよく考えれば、食堂の食事は聖女や聖女見習いの健康を保つメニューが用意されているので、それだけを食べていれば理論上太ることはないのだ。
しかし、それは理屈で考えるだけの話で現実には多くの誘惑が付きまとう。
街を歩けばいい匂いのする屋台やレストランと多くの誘惑がある。その度に心が折れそうになったが何とか耐え抜いた。
美味しいものを食べたい欲求よりも、だらしのないお腹の大聖女という無残な存在に成り下がりたくなかったからだ。
無駄な食事はほとんど省き、ルーちゃんから課せられた運動メニューをこなす。
「ソフィア様、足が遅くなってますよ」
「はぁ……はぁ、これ以上は無理……」
「しんどいからと言って体勢を崩すと余計にしんどくなりますよ? しっかり前を見て、手を振ってください。手を振れば足も自然とついてきます」
フラフラになりながら言うも、後ろにいるルーちゃんは遠慮のない言葉を投げかけてくる鬼だ。
前世の学校での体育の授業を思い出すよ。あんまり運動が得意じゃなかったから、こうやって体育の先生に後ろから追いかけられていたっけ。
疲れていてもルーちゃんに言葉の鞭を打たれて、私はなんとか王都を一周して教会本部に戻ってくる。
「はあ……はぁ……ようやく戻ってくれた」
教会本部の前でごろりと寝転がってしまう私だが、ルーちゃんは汗一つかいていなかった。
さすがは前衛職の聖騎士だけあって体力が凄まじいや。
「お疲れ様です、ソフィア様。お水です」
「あ、ありがとう」
息を整えて上体を起こした私は、ルーちゃんから水筒を受け取り一気にあおる。
「ああ、お水が美味しい……」
水の中にはほのかにレモンが入っているのか、とてもすっきりとした味わいだった。微かな酸味が運動後の身体に染みわたる。
「では、次は筋トレにいきましょうか」
私が一服している間にルーちゃんがそんなことを言う。
「ま、待ってルーちゃん。今、ランニングが終わったばかりで足がふらふらなんだけど……」
「大丈夫です、ソフィア様。腕立て伏せや腹筋には足は大して使いませんから」
にっこりと綺麗な笑みを浮かべながら、鬼のような言葉を告げるルーちゃん。
理屈ではそうだけど、そうなんだけど……ぐぬぬぬ。
「私の聖騎士がとても厳しい。もっと優しくしてくれてもいいのに」
「優しくした結果が今のお腹じゃないですか。セルビス様が用意してくれた服が、太ったので着れませんじゃ笑えませんよ?」
確かにそれは笑えない。セルビスには以前採寸してもらったので私の寸法を知っている。
つまり、数値という残酷なまでに正しい指標を持っているのだ。そこからはみ出せばすぐに指摘される。
あの気遣いのできない男のことだ。そんな事態になればオブラートに包むことなく罵声の言葉を浴びせるに違いない。
「くっ、新しい服を着るためにも頑張るよ」
「そうです、その意気です」
私が速やかに腕立て伏せを始めると、ルーちゃんは腕を組んで満足げに頷く。
まるで強豪チームの鬼監督のようだ。
「ソフィアが朝から筋トレをしているとは珍しいな」
腕立て伏せをこなし、ルーちゃんに足を抑えてもらって腹筋をしていると聞き覚えのある声がかけられた。
そちらに視線をやると、立っていたのは先程話題にも上がった気遣いのできない男セルビスだ。
「こんな朝早くからどうしたの?」
私が筋トレをしていることが珍しいかは突っ込まずに私は尋ねた。
どうせ突っ込んでもロクな返しがこないのはわかっていたから。
「ソフィアの服はまだ途中だが、杖ができたので持ってきてやった」
服が完成していないという言葉を聞いて私は心の底から安心した。
なぜなら今すぐに試着しろなどと言われずに済むからだ。
ここ数日の食事生活と運動で少し痩せたとはいえ、以前と同じ体型になれたかは少しだけ怪しいからね。
「へえ、どんな杖? みせてみせて!」
とりあえず、新しい杖ができたことは嬉しいので私はセルビスにせがむ。
「これだ」
セルビスが手渡してくれたのは一本の長い杖。
私の聖力と魔力でできた結晶でできており、それをベースとして加工したもののようだ。
杖の先には聖力を宿す聖石と、魔力を宿す魔石が埋め込まれている。どちらもかなりいい素材を使っているのがキラキラと輝いていた。
「うわぁ、すごく手に馴染む。これならいつもより強い出力で聖魔法が使えそうだよ」
聖女や魔導士の杖には魔法を補助するだけでなく、効果を高める能力がある。
杖自体が私の聖力と魔力でできた結晶なので伝導率もとても良さそう。
「試しに聖魔法の一つでも使ってみろ……と言いたいところだが、ソフィアがそれをするとどうなるか怖いから迂闊にできんな」
「う、確かに……」
少し前に湯屋でメアリーゼに迷惑をかけてしまったばかりだ。さすがにまた同じようなことをやらかすわけにはいかない。
「聖魔法の試運転はタイミングを見極めてやることにしましょう」
非常に残念であるが、新しい杖の試運転はまたの機会にすることにした。
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