治癒風呂
身体を洗い終えた私とルーちゃんはいよいよ湯船へと入る。
転ばないように段差を上り、ゆっくりと足を入れる。
足先から伝わるお湯の温度を感じながら、ゆっくりと身体を沈めた。
「はぁ~、あったか~い」
「気持ちがいいですね」
肩までしっかりとお湯に包まれ、あまりの心地良さに弛緩した声が漏れる。
それはルーちゃんも同じで実に気持ち良さそうな顔をしていた。
あー、久しぶりに入るお風呂が最高だ。
やっぱり全身をお湯に浸からせてこそ、お風呂だよねー。
「ソフィアさん!? それにルミナリエ!?」
突如傍から響いてきた声に振り返ると、そこには元後輩のリリスがいた。
偶然、湯屋で出くわしたことに驚いているようだ。短い髪をお団子状に纏めているのがとても可愛らしい。
「あっ、リリスちゃん! どうしてここに?」
「教会本部の浴場は使われないのですか?」
指導員のリリスは教会本部に住んでいる。教会にも浴場はあるので湯屋にくる必要はない。
素朴な疑問をぶつけると、リリスは苦虫を潰したような顔になった。
「……そうですけど、あそこにはたくさんの聖女見習いがいて、居心地が悪いんですよ。ヒソヒソと話されると悪口を言われているような気分になりますし」
「あー、指導員っていう立場も大変だね」
たとえるなら学校の先生のようなものだろうか。生徒の生活スペースに入ってこられると、両方ともはしゃぎづらいものだ。
いくら修行時間と私生活は関係ないとはいえ、目に見える立場というものがある。
それじゃあ互いにリラックスできないだろうな。
「そういうお二人は?」
「えっと、朝にセルビスがやってきたせいでね」
「……ああ、今日はその噂で持ち切りでしたね。お陰で聖女見習いたちもどこか浮足立っていました」
私がそのように言うと、納得したのかリリスは深く頷いた、
うちのセルビスのせいで修業に身が入らなかった子たちがいるみたい。なんか申し訳ないや。
「お嬢ちゃんたちは教会の見習い聖女様なのかい?」
そんな風にお湯に浸かりながら会話していると、近くにいるお婆ちゃんが話しかけてきた。
私たちの会話が聞こえて気になったみたいだ。
「はい、そうですよ」
すぐさまそう答えると、リリスが詐欺師を見るような視線をこちらに向けてきた。
正式には見習い聖女ではなく、大聖女だが正直に言えるはずもない。かといって、聖女といっても、脱衣所で見習い聖女服を纏う姿を見られると詐称していたと思われる。
だから、無難に見習いだと言っておく方がいい。
「私は見習いではありませんが教会で騎士として働いています」
「私は指導員を……」
「うん? お嬢ちゃんも見習い聖女様じゃないのかい?」
お嬢ちゃんという言葉が誰に向けられているのはリリスだ。
「私はこう見えて二十九歳なので指導員なのです」
「そ、そうなのかい。誤解して悪かったね」
「いえ、よくあることですから」
綺麗な笑みを浮かべているが、若干眉がヒクついている。
公職なので外でも真面目な態度でいないといけないのだろうな。それは私も同じなので気持ちがよくわかる。
「見習い聖女様が湯屋にくるなんて珍しいね」
お婆ちゃんはリリスから漏れる不機嫌な気配を察知したのか話かける対象を私に戻した。
不機嫌なリリス、ビックリするぐらい綺麗なルーちゃん。この中で一番親しみやすいのは間違いなく私だね。
「教会本部にも浴場はありますが、たまには外でのんびりと癒されたい時もありますから」
「教会にも浴場があるなんていいねぇ。私も聖魔法の素質があれば、聖女見習いにもなれてお風呂に入り放題……なんて風に言ったら失礼だね。見習い聖女様たちはそんなものを目当てにしてるわけでもないのに」
お婆ちゃんの言葉に同意するかのように激しく頷くリリス。
昨今の見習い聖女の意識の低さを嘆いている彼女だ。色々と思うところがあるみたい。
「私たちが毎日修行に打ち込めるのは皆さんの支えがあってこそです。いつもありがとうございます」
私が微笑みながら礼を言うと、今度はルーちゃんが詐欺師を見るような視線を向けてきた。
『ソフィア様にそんな外面の良さが!?』などと言外に言われているようで失礼しちゃうものだ。
これでも勇者パーティーの聖女。魔王との戦争の資金を集めるために、たくさんの人と会話をこなしてきた。このくらいの人当たりの良さは当然にある。
「いやー、そんな風に言われると照れちゃうね~。お嬢ちゃんのような優しい子に治癒をお願いしたいものさ」
「どこか身体に悪いところがあるのですか?」
「最近は年のせいか肩や腰が痛く――?」
身体の調子を確かめるように肩を回していたお婆ちゃんであるが、急にフリーズした。
ちょっと会話の途中でストンと表情を消さないで!? 怖いから!
まさか持病か何か!? それとも寿命!? 会話している途中でぽっくり逝かれちゃったら確実にトラウマになるよ!?
「お、お婆ちゃん?」
「どうかされましたか?」
これには私だけでなくルーちゃんやリリスも心配する。無理もない。
「大丈夫ですか!?」
おそるおそる身体を揺らしてみると、お婆ちゃんようやくフリーズから回復したのかゆっくりと顔をこちらに向けた。
「……あれ? 肩や腰の痛みがなくなっとる」
「特に何ともないんですか?」
「ついさっきまで痛かったのに何ともないんじゃ。まるで、根本的な原因が取り除かれたように」
不思議そうに肩を回すお婆ちゃん。結構なお年を召しているのに、その動きはとてもスムーズだ。
その年齢になると、どこかに何かしらの痛みは抱えているもの。それが急になくなると言うのは不思議だ。
「あれ? あたしも膝に打ち身があったんだけどなくなってる」
「足首を捻ったのにまったく痛くないわ。歩ける!」
お婆ちゃんだけでなく、周囲で湯船に浸かっていた若い女性たちもそのようなことを言っている。
何かしらの痛みや怪我を抱えていたのにそれが治った? それってまるで聖魔法みたいだ。
「気のせいでしょうか? ソフィア様の周りから聖力と魔力が出ているような?」
「えええ!? 嘘っ!?」
「ちょっと失礼します」
ルーちゃんの呟きを聞いて、リリスがこちらに近寄ってくる。
そして、私の周囲にあるお湯を手ですくって、それを観察する。
「……これ、間違いなくお湯にソフィアさんの聖力と魔力が混じってます」
「うえええ、なんで!?」
意味が分からない。どうして私の聖力と魔力がお湯に混じっているというのか。
私としては聖魔法を使った覚えもないし、それらを意図して漏らしたわけでもない。
別におしっこを漏らしてしまったわけでもないけど、なんか恥ずかしいし申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「二十年間、濃密な聖力と魔力が入り混じった結晶の中にいたので、身体に微量の力を宿し続けるようになったのでは?」
「そして、それが流れ出て天然の治癒風呂ができたってわけかしら? 可能性として十分にあり得るわね」
ルーちゃんの推測に神妙な顔つきで頷くリリス。
また聖力や魔力が強まったのと同じパターンだ。
二人の推測を聞いて私は、出汁の染み付いた具材のような気分になるのだった。
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