湯屋に行こう
「装備の打ち合わせも兼ねたとはいえ話し過ぎたな。俺は屋敷に帰る」
窓の外にある太陽の位置を確認すると、セルビスは突然そう言った。
「えー、もう帰っちゃうの? もう少し話していこうよ」
まだ時刻は昼を少し過ぎた程度で日が暮れているわけではない。久しぶりに会えたこともあって、私はもっと話したかった。
やはり、二十年の間に起きていたことは多すぎて、たった数時間ではまったく語れやしない。
「俺は話すよりもお前の装備が作りたい」
「ちぇー」
そう言われると、頼んだこちらとしてもこれ以上引き止めることはできない。
こちらとしても装備品はとても楽しみにしているから。
「ではな」
「あっ、待って! 最後のランダンについて聞きたいんだけど!」
「……ランダンなら王都から北上したところにある汚染区域を聖女と共に浄化しに行っている。まだしばらくは会うことはできないだろう」
「そうなんだ」
アークの言っていた通り、ランダンは今も前線にいるようだ。
魔王や眷属によって完全に汚染された場所には、瘴気持ちの魔物や獣がうようよとおり、人の侵入を拒んでいる。
ランダンは奪われたかつての土地を取り返そうと、今も奮戦しているみたい。
となると、すぐに会うことは難しいか。
「あいつが戻ってきたら。会って驚かせてやれ」
「うん! そうする!」
私が笑顔で頷くと、セルビスは微かに笑みを浮かべて退室した。
セルビスは手紙で事前に知ったせいであまり驚いた感じはしなかったが、ランダンはとてもいい反応をしてくれそうで楽しみだ。
◆
「水浴びでもしようかな」
セルビスが帰って少し時間が経過して、夕方に差し掛かる頃合い。
私は身体を洗うことにした。
昨日は王都に付いたばかりで、疲れてすぐに眠ってしまったがいい加減に身体を綺麗にしたい。
旅の間はお湯で身体を拭いただけで、ゆっくりと洗うこともできなかったし。
本当は温かい湯船にでも浸かりたいけど、王都や教会にはそんな施設もないし。
少ないお湯をチマチマ使うよりも冷たい水で存分に洗いたい気分だ。
「水浴びでよろしいのですか? 教会にはお風呂がありますし、王都には湯屋がありますが?」
「ええっ!? 本当? そんなもの前はなかったよね!? 教会だって儀式の前に身体を清める場所はあったけど!」
ルーちゃんの口から出た衝撃の言葉に対し、私は思わず興奮して詰め寄る。
私がいた時は聖女や聖女見習いが大事な儀式や祈りを捧げる前に、水で身体を清める場所があった。
そこは水しか湧かず、お湯が沸いて浸かれるような湯船は一切なかった。
あくまで儀式の前に使うために最低限の設備といったもの。
お風呂に入る文化は王族や貴族階級にしか浸透しておらず、平民の使える施設なんて王都にもなかった。
「は、はい。儀式の前に水で身体を清めるだけの場所ではなく、お湯で心と身体を癒し、清潔でいるための場所として機能するように改装されたのです。教会のものも王都に湯屋ができたのも聖女様たちによる働きかけで建設されたと聞きました」
あまりに必死な私の問いかけにルーちゃんが面食らいながら説明してくれる。
それを聞いて私は胸の奥がジーンとする。
「……皆、遂にやったんだね」
二十年前は冷たい水で身体を清める度に、温かいお湯に入りたいと皆で愚痴り合ったものだ。そんな私たちの願望がようやく叶えられたようで私は感動した。
身を清めるためとはいえ、真冬でも水は冷たいよね。それで身体を崩しちゃう人もいたし、きちんとして湯船ができて本当によかった。
「なら、お風呂に行こう!」
「街の湯屋と教会のお風呂、どちらに行かれますか?」
ルーちゃんに言われて私は少し考え込む。
普通に考えるなら教会の中にある湯船を使う方が近いし、お金もかからないので楽だ。
しかし、先ほどセルビスのせいで随分と注目されてしまった。
もし、教会の湯船で偽ソフィアのような見習い聖女に質問されると少し面倒かも。
お風呂の時くらいはゆっくりとさせてほしいし。
「せっかくだから街の湯屋に行くよ!」
「わかりました。では、早速準備をいたしましょう」
私の選択にルーちゃんは特に面倒くさがることなく素直に頷いてくれた。
私はウキウキで着替えやタオルの用意をする。
教会に寄るまでの道のりで下着やタオルは買ってある。
予備の服は今のところ見習い聖女服があるので楽ちんだ。
教会の名を背負っているので悪いことはできないし、不審な行動をしたら一発であるが、学生服のように使い勝手がいいから助かる。
「湯屋にゴー!」
着替えなんかを麻の袋に詰めると、私とルーちゃんは教会を出て街に繰り出す。
私はいつも通りの見習い聖女服であるが、これから湯屋に行くこともあってかルーちゃんは鎧を脱いでおり、白の長袖シャツに黒のパンツといった比較的動きやすい格好。
とはいえ、革製の胸当てをしているし腰にはしっかりと剣を佩いているので、護衛としての意識もしっかりあるようだ。
「普段着もかっこいいね」
「そうですか? 私はあまり服に頓着するタイプではないのであまり気にしたことがありませんが……」
「ええ!? もったいない!」
こんなにもスタイルが良くて綺麗なのに服にこだわらないなんて。
「なら、時間のある時に服を見に行こうね」
「……じ、時間があれば」
私がそのように言うと、ルーちゃんは微妙な表情で言葉を濁した。
フフ、そんな風に誤魔化しても絶対に連れていってみせるからね。私が着せ替え人形にして楽しんで――じゃなくて、ルーちゃんをコーディネートしてあげるんだ。
「ここが湯屋です」
などと心の中でたくらんでいると目的地にたどり着いた。教会を出て十分も経過していない。
目の前にあるのは少し大きめな建物。看板には『ドグラスの湯』と書かれている。
とてもシンプルな名前だ。横よりも縦に大きい造りのようで奥行きを感じる。
「早速、入ろう!」
早く湯船に入りたくて堪らない私はルーちゃんを急かして、一緒に中に入る。
中に入ると横に長い受付があり、ちょっとした休憩スペースがある。
風呂上りで髪の毛をほんのりと濡らした市民がくつろいでおり、憩いの場として機能しているようだった。
いいなあぁ。こういうまったりした感じ。
湯屋の雰囲気を感じながら受付をすると、値段にして銅貨三枚。前世で言う三百円程度の値段なので毎日入りにきても懐は大して痛まない良心的な額だ。
「これなら毎日遠慮なく入ることができるや」
「ソフィア様はお風呂が本当にお好きなんですね」
私のそんな言葉を聞いて、ルーちゃんが微笑ましそうな顔をする。
やっぱり元日本人としては毎日のお風呂は欠かせないかな。
朗らかに会話をしながら歩いていると、入り口が二つあって男湯と女湯と別れている。
勿論、私たちは女性なので女湯の方へ進んでいく。
廊下を真っすぐに進んで角を二回ほど曲がると脱衣所にたどり着いた。
「鍵がついた個別ロッカーがあるので、そこに荷物を入れてください。鍵にはヒモがついているので自分の腕に巻いて管理します」
「わかった!」
前世の銭湯と似たようなシステムなのでルーちゃんに説明されて特に戸惑うこともない。
自分の好きな番号を選んでそこに荷物を入れると、ルーちゃんが隣のロッカーに荷物を入れた。
さてと、早速お風呂に入るために衣服をササッと脱いでいく。
前までなら長い髪を纏めなければならなかったのだが、今はセミロング程度なので纏める必要もない。楽ちんだ。
「さあ、ルーちゃん。湯船に――」
すっかり準備の整った私はタオルを手にすると、ロッカーの鍵をかけて振り返ったところで固まった。
目の前で大きな果実が二つ実っている。
私とルーちゃんは身長差があるせいか、ちょうど視線の前にそれがあった。
……なんという迫力だろうか。私の慎ましやかなものと比べて主張が激しい。
私の呆然とした視線に気付いたルーちゃんであるが、ヘアゴムを口に咥えて髪を結っているので言葉を発することができない。
素早くポニーテールを作りあげると、ルーちゃんは怪訝そうな顔をする。
「どうしましたか、ソフィア様?」
「……ルーちゃんって着痩せするタイプなんだね」
私の視線と言葉で何を言っているのか気付いたのか、ルーちゃんは恥ずかしそうに腕で果実を隠した。
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