装備品の発注
「ソフィア様、そろそろ結晶のことや大聖女服についてのご相談を……」
「ああ、そうだった!」
セルビスと昔話について花を咲かせる中、私はルーちゃんに言われて本来の用事の一つを思い出した。
ルーちゃんができる秘書のよう。
「なにか相談したいことでもあるのか?」
「うん、一つ目はコレなんだけど……」
私はポケットの中に忍ばせておいた結晶の欠片を取り出す。
「これは私の魔力が結晶化してできたものみたいで聖力も帯びているんだ。アークが何かに使えないかセルビスに研究してもらうようにって」
「ああ、これか」
私の結晶を見ても特に大きな反応を示すことなく、当然のように言うセルビス。
「あ、あれ? 特に驚かないんだ?」
セルビスの落ち着いた反応を見て私は驚く。
セルビスはこういた魔法や魔力、聖力といったことに関係する研究物は大好きなはずだ。
そんな彼が不思議な結晶を見て落ち着いているというのはおかしい。
前までの彼ならクールな態度を崩して子供のようにはしゃいでいたはず。それがないということはもしかして――彼も成長した?
自身は照れ隠しで大人になってもそう変わらないと言っていただけで、本当はそれなりに大人になっているのではないか。
私の心の中が驚きからそんな淡い期待と感心へと移り変わろうかというところで、セルビスはとんでもないことを口走る。
「五年以上前から拝借して研究をしていたからな」
「あー、そっか。道理で落ち着いているわけだ。あはははは――って、おかしくない!? その時、私まだ起きてないんだけど!?」
朗らかに笑っていた私であるがすぐにおかしな点に気付いてしまう。
「ソフィア様が目覚めたのはつい最近です! 一体、どこから手に入れたのですか!?」
同じくルーちゃんも驚きで声を荒げる。
五年前というと結晶の中で魔王の瘴気を浄化し続けている真っ歳中のはず。
どうやっても手に入れられるはずがない。
「ソフィアの様子を見に行った際に少し砕いて拝借した」
「なにしてんの!?」
当然のように告げられたセルビスからの驚愕の事実。私が結晶の中で眠っている時に、そんなことをされているとは思いもしなかった。
私が愕然とする中、ルーちゃんは顔を真っ青にし、それからすぐに顔を赤くした。
「それでもしソフィア様の身に何かあったらどうするつもりだったのですか!」
「あれだけ大きい結晶体なのだ。一部を削り取ったくらいで影響はないだろう」
この男に成長だなんて淡い期待を抱いた私がバカだった。
魔法のためならば、結構な無茶をやらかすのがセルビスという魔導士だもんね。
「仮に瘴気が漏れ出しでもしたらどうするつもりだったのですか!?」
「どうもしないだろう。そんな仮定の話をしてはキリがない。あの時は何もしなくてもソフィアが瘴気に負けて、漏れ出すんじゃないかとお偉方も怯えていたくらいだ」
「まあ、何十年も瘴気と一緒に結晶の中にいたらそう思うよね」
本人である私ですらどうなるかわからなかった。瘴気を全て浄化できず、残った蒸気を輩出してしまう可能性もあった。
そんな危険物を抱えて周囲の者が不安になるのもしょうがないことだった。
「あの結晶にソフィアの聖力と魔力があるのは気付いていた。だったら、それを有効利用して何とかできないかと研究するのも、お前の仮定への備えになるのではないか?」
「……そうだとしても、ソフィア様を危険に晒すような真似をされるのは不快です」
「お前はソフィアの保護者か……」
「そうだよ、ルーちゃん! 私がルーちゃんの保護者なんだからね!」
「ソフィア様、それは違うと思います」
セルビスの言葉に便乗して不満をぶつけると、ルーちゃんにきっぱりと否定してしまった。なんでだ。
「……よく考えると私って、いつ爆発するかわからないような爆弾だったんだね」
「そのために多くの聖女や見習い聖女の控える教会の地下に置いていたんだ」
「な、なるほど」
危険物のような扱いに若干ショックを受けたが、実際に危険物だったのには変わりはない。
アークや王様はきちんとただしい管理をしていたことだろう。私が逆の立場でもそうすると思う。
いつ漏れ出すのかどうかもわからない瘴気爆弾なんて怖すぎるから。
「一時はお前の安全を度外視してでも取り壊し、聖女たちで浄化する案も出ていたぞ」
「そんなことが!?」
セルビスの口から語られた過去の危機に、ルーちゃんが驚きの声を上げた。
「まあ、俺とアークとランダンがそんな案は潰したがな。ソフィアに任せておけば、あんな瘴気は浄化されるとわかっていたことだ」
「……セルビス」
しかし、それがかつての仲間のお陰で取り消しになって私は守られた。
かつての仲間の絆に救われたことで感動し、私の目頭が熱くなる。
しかし、私の中の勘がそれは違うぞと告げていた。
アークならともかく、セルビスがこんな善意を剥き出しにしてくることなどありえない。裏があるのが当然。
「最後にそんないいこと言っても、結晶を拝借したことは正当化されないからね?」
「チッ……抜けているところがある癖にこういうところは鋭い」
私が思惑を見抜くと、セルビスは顔をしかめて舌打ちをした。
「まあ、別に過ぎたことだしその事はいいや」
終わったことを突いても仕方がない。
そのように言うとセルビスが「じゃあ、なぜ終わったことを突いた?」などと愚痴をこぼしていたがスルーだ。
結晶が五年前から研究できているのであれば、アークの思い描くような何かしらの使い道が速く提案されるだろう。拝借した量は微々たるものであるが、馬車やアブレシアにはたくさん置いてあるわけだし。
「セルビスには私の装備について相談したいんだけど……」
「はじめに言っていた大聖女服のことだな?」
「うん、服装も杖も魔王との戦いでなくなっちゃって……」
聖女服は目覚めた時に劣化して崩れた。愛用の杖に至ってはどこに行ったのかもわからない始末。今の私の装備はまるっきり初期装備だ。
見習い聖女の方が杖も持っているし、装備レベルは上かもしれない。
魔王の眷属や瘴気持ちの魔物がいつ現れるかわからない世の中。もしもの時に備えて、万全の装備をしたい。
特に私なんかはアークやランダンと違って完全なる後衛職。いざという時の防御力なんて最弱だよ。
聖魔法があるとはいえ、装備による守りが薄いのは心細い。
「私の服や杖を作ってくれる職人とか知り合いとかいる? いたら紹介してくれないかな?」
私がそのように尋ねると、セルビスは不満そうな顔をする
あれ? 今の台詞で彼の機嫌を損ねるようなことを言っただろうか?
「……俺に頼むという選択肢はないのか?」
「ええ? セルビスも作れるの?」
「魔導士たるもの魔法の研究だけでなく、魔法効果を付与する道具も作るものだ」
腕を組みながら偉そうな口調で言うセルビス。
なるほど。自分が作れるのに頼まれなかったことが不満だったんだ。
こういうちょっと子供らしいところも昔から変わらないな。
「セルビスが作れるんだったらセルビスに頼むよ」
「ああ、そうするといい」
「それで私の服や杖なんだけど、どんなものを作るのか構想があったりする?」
「あるぞ。ソフィアの持ってきた結晶をそれぞれの装備に織り込みたいと思う。これはソフィアの聖力、魔力が具現化したもので装備としての相性は抜群だろう。実験では結晶単体で瘴気を薄れさせる効果もあったしな。瘴気耐性も十分効果が見込める」
私に結晶の効果や実験でわかったことを饒舌に語るセルビス。
長年研究しただけあって語りたくて堪らなかったのだろう。セルビスの語りが止まらない。
作ってもらう側としてぶった切るのも失礼だし、私のための装備でもあるのでとりあえず私は相槌を打ちながら聞き続けた。
言っていることは半分しかわからなかったけど。
「そういうわけでソフィアの杖は結晶をそのままに加工し、大聖女服については従来のものを大幅に強化した上で結晶を編みこむつもりだ」
「うんうん。うん? 結晶を服に編み込めるの?」
「ソフィアの聖力と魔力が具現化したものである以上、お前の意思で変化させることもできるはずだ」
「……それも実験でわかっているの?」
「いや、俺の推測でしかないが十中八九可能だろう」
自分の力が固形化したものである以上、それを私の意のまま戻すことや細かくすることができるというのは突拍子のないものでもない。
聖力や魔力の性質を考えるとできる可能性のあるものだ。
「というわけで、結晶の力を服に織り込みたい時は力を貸してもらうぞ」
「わかった。できるかどうかわからないけどやってみるね! 後、服は派手にし過ぎないでね! 一般的な聖女たちと同じくらいで」
「そもそも聖女は一般的な存在ではないのだが……まあ、言いたいことはわかった。あまり派手なデザインにしないようにしよう」
最後に重要な注文を伝えると、セルビスはしっかりと頷いてくれた。
セルビスなら性格から派手なデザインのものを作ることはないだろう。基本的に彼は機能性を重視するタイプだし。
セルビスにも会えたし、装備の注文もできたことだし目的は達成できたといっていいだろう。
「あっ、それで装備を作る代金なんだけど」
「不要だ」
最後に料金の相談をしようとしたらセルビスはきっぱりと答えた。
「いや、仲間でも無料で作ってもらうっていうのは……」
「……あの時、俺たちが未熟だったせいでお前一人に犠牲を背負わせた。これくらいのことはやらせろ」
それでも無料でやってもらうのは申し訳ないので食い下がるも、セルビスは取り合うことはなかった。
アークやセルビスも二十年前のことを気にしているようだ。
私としては自分が納得した上での行動だったので、そこまで気にしないで欲しいけど、そこまで割り切れというのも難しい話だ。私が逆の立場だったら絶対に気にするし。
「わかった。お願いするね」
セルビスが折れる気配がないことを察した私は、今回も仲間の厚意に甘えることにした。
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