セルビスとの再会
すみません、こちらの話が先でした。
ざわつく食堂を後にした私は、セルビスを連れて借りている自室へとやってきた。
「セルビス、久し振りに会えて嬉しいけどああいうのは困るよ」
「なにがだ?」
部屋に入るなり文句を言うと、セルビスは本気でわからないのか首を捻る。
「ソフィア様はご自身が目覚めたことを公表していませんから」
「そうそう! それなのに見習い聖女のところにセルビスがやってきたら、他の皆が驚くに決まってるよ!」
「なぜ見習いの服を着ているのかと思っていたが、そういうことだったのか。大聖女が見習い聖女に紛れるとはどんな詐欺だ」
どうして困っているのかルーちゃんと理由を説明すると、セルビスは納得がいったように頷いた。
端正な顔立ちのまま綺麗に年をとっているので、しきりに頷く姿はまるで研究者のようだ。
「ここに来てくれたってことはアークの手紙を読んでくれたんだよね?」
「ああ、だからこうしてやってきてやった」
「……もうちょっとタイミングを計るとかできなかったの?」
宮廷魔導士だというのに手紙を読んですぐにやってきてくれたのは嬉しいが、もうちょっと落ち着いたタイミングで呼び出すとかやりようがあったはずだ。
あんな皆がいるところで目立つようなことはしなくても……
「つなぎ役は聖騎士ルミナリエだと聞いていたが、俺はそいつの顔など知らん。ここにいれば、お前がいるからやってきただけだ」
あくまで自分に非はないと主張する被告人。
「なら、教会の人に聞けばいいじゃん」
「俺がそういうまどろっこしいことが嫌いなのはわかっているだろう?」
しかし、次の言葉では言い訳をすることなく、あっさりと開き直ってみせた。
こちらを見ながら得意げな顔をするセルビス。
ダメなところなのにそこまで堂々とできるのがすごい。
「わかってた、わかってたよ。でも、二十年経っているし、そんなセルビスも色々変わったかなーって期待してもいいよね?」
「フン、時間が流れようと人などそう変わるものではない」
「後輩のリリスちゃんやルーちゃんは立派になっていたよ?」
引き合いにルーちゃんを出すと、どことなく嬉しそうな顔をするのが見えた。
「お前の後輩というと二十年前では子供じゃないか。子供の成長と大人の成長を一緒にするな」
物事をなんでも吸収し、思考も柔らかい子供と、既に人格が形成され、それがガッチリと固まっている大人とでは成長の幅や可能性に差が出るのは当然だった。
セルビスの言う通り、子供の成長と大人の成長は同じではない。
つまり、二十年前の時点でほとんど大人だったセルビスはもう手遅れということか。
「アークの手紙にも書いてあったが、お前は本当に姿が変わっていないんだな」
「乙女の許可なしに柔肌を無遠慮に触っちゃダメだよ」
ぞんざいな手つきで私の頬を突いたり、引っ張ったりしてみせるセルビス。
肌の状態や確認するとすぐに手を離したが悪びれる様子はない。
かつての戦友じゃなければひっぱたいているところだ。
私が女の子だって理解しているのだろうか。でも、そんな問いかけをしても、セルビスは当然理解していると言うだけだろうな。
魔法以外のことに関して無頓着な彼は、そういう心の機微を察するのが苦手だから。
「セルビスは宮廷魔導士になったんだよね?」
セルビスの纏っている紋章入りのマントを見つめながら尋ねる私。
「魔法の開発が存分にできるのはいいが、面倒な仕事を振られるのが玉に瑕だ」
「魔王を討伐する前も魔法の研究だけやっていたいって言っていたもんね」
セルビスらしい愚痴を聞いて私は思わずクスリと笑ってしまう。
そもそもそんな彼がどうして勇者パーティーに所属していたのかというと、それほど世界が切羽詰まっていたからだ。
人格に多少の問題こそあれど、彼の魔法技能の王国内でも随一だ。そんな彼を今も王国が頼ってしまうのも無理もないことなのだろうな。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「セルビスは結婚したの?」
アーク、シャーロットと続いてかつての仲間や友人が結婚していく中、この空気の読めない男はどうなのか。
「しているぞ。子供もいる」
当然のように答えたセルビスの言葉に私はがっくりとした。
「まさか、セルビスでも結婚してちゃんと家庭を持っているなんて……」
「……おい、心の声が駄々洩れだぞ。いくらなんでも失礼だ」
一番失礼な男が何を言っているんだと突っ込みたいが、そこに突っ込んだら負けだと思ったので黙っておいた。
能力はあれどセルビスは結婚できるはずがないと思っていただけに、彼まで家庭を持っていたとはちょっとショックだ。
「どうやって結婚したの!?」
こんな男のことだ。まともな恋愛を経験できたはずがない。
「親同士が決めた縁談だ。両家に利益があり、特に反対する理由もなかったしな」
「あー、そういえばセルビスって貴族だったもんね」
「だったではない。今も貴族だ」
微妙な言葉のニュアンスをわざわざ訂正するセルビス。
平民のような恋愛的な結びつきよりも、家同士の繁栄や結びつきを重視するのは仕方がないだろう。
前世の価値観を引きずり、平民であった私からすれば違和感のある関係だけど、それで普通に回っているのがこの異世界。
世界も違えば文化や考え方も違うので文句を言うつもりはない。
「まさかセルビスまで結婚していたなんてね……」
「なんだお前、結婚したいのか? よかったら、俺がつなげてやろうか? 大聖女であるお前なら王族から貴族まで選り取りみどりだぞ?」
私がふと漏らしたボヤキを聞いてセルビスが面白そうな顔をして提案する。
こういう顔をしたセルビスの言葉に乗ると、ロクでもないことが起きるのは過去の出来事で学んでいる。
「別に結婚したいわけじゃないよ。皆の変化に驚いていただけ」
「そうか」
そんな私の言葉に一番安心しているのはルーちゃんだった。
聖騎士になって傍にいるって宣言してくれたのに、いきなり結婚なんてしたら面倒なことになるからね。
「今はようやく世界がマシになって自由な時間が増えたから、とりあえず今を楽しみたいかな」
「それがいいだろう。自らを犠牲にしてまで世界を救ったんだ。また誰かに縛られる必要はない」
私の意見を尊重してくれたのかセルビスも深く頷いてくれた。
「ねえねえ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「今度はなんだ?」
すっかりと油断しているセルビスに私はずっと尋ねたかったことを尋ねる。
「私が魔王の瘴気を浄化する時にセルビスが泣いてくれた件について」
「……そんな昔のことは覚えていない。お前の思い違いだ」
スッと表情を消して硬い口調で言うセルビス。
「えー? うっそだー? 絶対泣いていたよね? ねえ?」
その後もしつこく尋ねてみるもセルビスがそれを肯定することはなかった。
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