空気の読めない子
リリスと思う存分に話し合った翌朝。
メアリーゼの計らいで王都の教会本部で泊まることができた私は、聖女見習いたちに紛れて食堂にいた。少し離れた隣のテーブルには聖騎士であるルーちゃんがいるせいで、少しだけ好奇の視線が向けられているが私はどう見ても聖女見習いなので何ら疑問の眼差しを向けられることはない。
精々どうして聖騎士様が食堂に紛れているんだろうと思う程度。
長テーブルには黒パンに野菜たっぷりのポトフ、キャベツの酢漬け、オレンジと栄養を考慮されたもの。
食が豊かな前世と比べると豪華という程ではないが、この世界を基準に考えると贅沢な食事だったりする。二十年前はスープの具材は少なかったし、果物なんてなかった。
二十年が経過して随分と教会への補助が手厚くなったものだと思う。
これが毎日無料で出てくると思うと、リリスが言ったように補助を目当てに聖女見習いになるのも仕方がないことかと思ってしまう。
自分も相伴に預かっているわけだが、私としてはただ飯が目当てというより、懐かしき料理を食べることが目当てだ。
前世でたとえるなら大人になって、懐かしい学校の給食を食べられるような。
給食独特の甘いサバの味噌煮や、肉じゃがが大好きだったなぁ。
「食前の祈りを……」
ぼんやりと給食のメニューを思い出していると、司祭の女性が静かに告げる。
『女神セフィロト様、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。私の心と身体を支える糧に感謝し……』
ズラリと座っている聖女見習いが一斉に両手を組んで食前の祈りを唱和し始めた。
久し振りで戸惑ったものの、過去に何度も唱和した祈りであったので自然と私の口からも紡ぐことができた。
染み付いた習慣というのは意外と抜けていないものだ。ちゃんと間違えずに言うことができた。
「では、いただきましょう」
司祭の言葉を合図に聖女見習いたちが一斉に食器に手をつけて食べ始める。
食堂には百人以上の聖女見習いがいる。私がいた時よりも遥かに人が多い。
これだけの人数がいると中々に壮観だ。
人数が多いとひとりひとりの声が小さくてもそれなりに賑やかになる。
私の時は厳しい指導員や司祭が目を光らせていたけど、随分と緩くなったね。
これもリリスの言っていた変化というものだろうか。
とはいえ、私には聖女見習いの知り合いなどいない。左の離れたテーブルではルーちゃんが座っているが、話しかければ目立つので声をかけていない。
私は静かに懐かしの食事を味わうことにしよう。
早速と私はポトフを食べる。野菜の染み出たスープと調味料と整えられたスープが美味しい。全体的に味は薄めだが野菜の甘みがしっかりと出ており、崩れたジャガイモのお陰で味はしっかりとしていた。
ああ、この素朴な味がいい。これぞ懐かしき教会の味。
「……ねえ、あなたって昨日リリスさんに連れ出された子だよね?」
ポトフを味わって食べていると、隣にいる聖女見習いの女の子が話しかけてきた。
見たことがあるなと思ったらリリスの指導中に私の隣にいた子だった。
「うん、そうだよ」
「教会本部所属じゃないよね? だって、ここであなたを見たことがないもの」
おおっと私が昨日悪戯をしたことで早速怪しまれているようだ。
どうして昨日の今日でこの子と隣になってしまうんだろう。食事中ゆえに適当に誤魔化すことも難しい。
「いや、教会本部所属だよ。私はあなたの顔を見たことがあるもん。たまたま印象に残らなかっただけじゃないかな?」
「え―、本当に? 記憶力には自信があるんだけどなぁ。それにあれだけすごい結界を張れる子を知らないはずないし」
「たまにはそういうこともあるよ」
私は二十年前から教会本部所属の聖女なので、別に嘘は言っていない。
そんな堂々とした態度もあってか見習い聖女の子もひとまずは引き下がった。ただ、すごく首を捻っているようだけど。
私はとにかく隣の子に会話を振られないように食事に集中する。
食べるのに夢中で会話は望んでないですよーみたいなオーラを醸し出して。
聖女見習いでもなんでもないし、これ以上質問されたら確実にボロが出るから。
パクパクと食事を進めていると、扉の外側が何やら騒がしい。
「あの、困ります! 今は聖女見習いの子たちが食事中ですので!」
「大丈夫だ。すぐに用事は終わる」
食堂の外で誰かが言い争っているのだろう? 食事の時くらいは静かにしてほしいな。
なんて呑気に思っていると、扉がバンと勢いよく開かれた。
魔力の反応があったので魔法で開けたのだろう。
黒髪に白銀の眼鏡をかけた気難しそうな顔をしたダンディなおじさんだ。
魔導士のローブを羽織っており、色は最上位を示す黒のローブ。
さらにはドンドルマ王国の紋章が刺繍されていることから間違いなくエリート。
王国軍の魔導士、あるいは宮廷魔導士――などと考えていると、不意にかつての仲間のことを思い出した。
――あっ、間違いなくこのおじさんはセルビスだ。
一度そう認識すると、年をとり顔つきが変わっていてもセルビスにしか思えない。
見間違いなんかじゃなく、勇者パーティーの魔導士であったセルビスだ。
突然の闖入者に驚き聖女見習いたちも彼を見て『セルビス様』などと黄色い声を上げている。
かつての勇者パーティーの一員であり、宮廷魔導士である彼の知名度と人気は高いのだろう。
突き刺さる好奇の視線を一身に受けてもセルビスは動じることなく、鋭い瞳で睥睨する。
ヤバい。バレたら絶対にこっちにくる。
視線が合う前に顔を逸らそうとしたがバッチリと視線が合う。
セルビスは私を見て微笑を浮かべると、真っすぐにこちらにやってきた。
うわー! セルビスがやってくる!
再会できたのは嬉しいけどもうちょっとタイミングを考えてほしい。こんなところで会ったら私が何者なんだと思われちゃうって。
私は助けを求めるようにルーちゃんに視線をやる。
私の意図を察してくれたのかルーちゃんをこくりと頷くと、席を立ってセルビスの前に立ちふさがった。
「セルビス様、彼女にご用があるとは思いますが、ここは時間を改めていただけないでしょうか?」
「誰だお前は? 俺に指図するな」
「…………」
ルーちゃん、撃沈。
聖騎士であるルーちゃんが言った言葉の意図を察してくれ。というのは私の中の心の声だ。
そういえば、セルビスは空気がとことん読めない子だったね。
頭はいいんだけど、こういうところの常識はなく我が道をいく天才だった。
私としては多彩な魔法よりも、常識というものを身に着けてほしかったな。
半ば諦めの境地でいると、セルビスは私の前にやってきた。
「ここにいたのかソフィア」
「ええ!? ど、どうしてセルビス様が私にっ!?」
反応したのは私ではない。私に話しかけて隣の聖女見習いだ。
どうやら私の大聖女伝説の影響でソフィアという名前をつけられてしまったのだろう。
なんと不憫な。そのせいで隣のソフィアちゃんはセルビスの言葉を勘違いしてしまったらしい。
「お前じゃない。用があるのは隣の奴だ」
「え、あー……」
自分の舞い上がりが勘違いだと指摘されて、隣のソフィアちゃんが顔を真っ赤にして俯く。
もう少しフォローの仕方があったと思うが、それ彼に期待するのは無理というものか。
「何か私に用があるようですね。ここではなんなので外でお話いたしませんか?」
周囲の見習い聖女たちから驚愕の視線が突き刺さる中、私はひとまずここを脱出しようと提案す
る。
「……なんだ? その気持ちの悪い言葉遣いは?」
穏便に済ませようとしているのにそれを察せず、無遠慮な言葉を投げかけるセルビスにイラっとした。
「お外で話しましょう!」
「あ、ああ」
気迫を込めて笑顔でもう一度言うと、セルビスは気圧されたのかひとまずは頷いてくれた。
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