今の見習い聖女
リドルのお茶を飲んで落ち着いた私は、リリスの近況話を聞くことにした。
「リリスちゃんは今、見習い聖女の指導員をやっているんだよね? どう? 指導員になった感じは?」
「意外と大変ですね。聖魔法については本人の適性だけでなく、素質にも左右されますから。本人の得意な方向を見つけて、それを伸ばしてあげるのが堅実ですね」
「ええ、そういうものだっけ? 私、全部やらされたんだけど?」
リリスの話を聞く限りでは、自分の得意な科目だけに注力して伸ばすような教育方針に思える。私の時は治癒、浄化、付与、結界などと全てのジャンルをやらされたものだ。
エクレールを初めとする過去の指導員の鬼畜っぷりを語ると、ルーちゃんとリリスが呆れと同情が混じった視線を向けてくる。
「ソフィア様は特別ですから」
「そうですよ。誰もがソフィアさんのように何でもできるわけじゃないんですから」
「ええ、そうなの……?」
もしかしてあれだけしんどい思いをしていたのは私だけ? でも、どの分野も厳しく教えてくれたお陰で自分や仲間の命を救うことも何度もあった。
こうして無事に今を生きているわけだし、報われたといえるだろう。
でも、ちょっと釈然としないな。私だけそんなスパルタだったなんて……。
まあ、それも過ぎたことだしこれ以上考えるのはやめておこう。そのお陰で今の自分があるのだし。
「リリスちゃんから見て、今の聖女見習いの子たちはどう?」
私は話題を変えるべく、最近の聖女見習いのことについて尋ねる。
先ほど修行風景を思い出すと、私たちがいたころよりも大分見習い聖女の数が増えている気がする。
きっと私の世代よりも技術も進歩して、切磋琢磨してレベルが上がっていることだろう。
そんな呑気な想いで尋ねたものであるがリリスやルーちゃんの表情は暗い。
あ、あれ?
「ダメダメです。ソフィアさんも先ほど混ざっていたのでわかりますよね? 今の聖女見習いの質の低さが」
「ええ? でも、見習いの子ならあんなものじゃないかな? あの子たちはまだ入って三か月も経ってないでしょ?」
「…………いえ、あれで半年は修行を積んでいるんです。それなのに自分の身を守る程度の小さな結界しか形にできないんです」
リリスの口からもたらされた事実に私は絶句した。
「う、嘘だよね? さすがに半年も修行すれば、結界を形作るくらいは……」
「「…………」」
リリスやルーちゃんの沈んだ面持ちが何よりも雄弁に事実を語っているようだった。
まさかリリスから半年も修行をつけてもらって、未だにまともに結界を張ることができない聖女見習いがいるだなんて。
「私たちの頃は形作りくらい半年以内には皆できていたよね?」
聖魔法の才能や得意分野に差はあれど、私たちの頃は半年も修行を積めば結界を形作るくらいはできた。というか、それくらいできないと自分だけでなく仲間の命も危険に晒してしまうので死ぬ気で頑張ったものだ。
「勿論、きちんとできる子もいますが、できない聖女見習いが大半です」
「ええ、どうして……」
「魔王が討伐されて世界が平和になった影響ですね。今の子供たちは魔王や瘴気の脅威を目の当たりした者が少ないですから」
そっか。私たちが前線に立っていたのは二十年前。
今の子供たちは親から魔王や瘴気の話を聞けど、実際に被害に遭っていないから危機感もないん
だ。
精々昔はそんな大変な事があったんだという認識程度。
祈りの間に紛れ込んだ時の様子は「なんか緩いな」と私も感じていた。
私の修業時代は誰もが一生懸命で、あんな浮ついた空気はなかった。
強くならなければ人類が滅ぼされるという境地に立っていた私たちとは意識に差が出てしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
「その癖にソフィア様の甘い御伽話ばかり聞いて育っているので、見習い聖女や聖女になって楽に人生を送りたいなどと夢を見ている者が多いのです。これじゃあ、命を懸けて戦っていた先輩方やソフィアさんに申し訳が立ちません」
ギュッと両手を握りしめながら涙目になるリリス。
真面目で責任感が強い子故に、現状が悔しいのだろう。
なんという先輩想いの後輩だろうか。私たちの姿を見て、こんな風に真剣に憂う後輩がいるなんて。
「ありがとう、リリスちゃん。そんな風に思ってもらって、昔に頑張った側の人間として嬉しいよ」
「ソフィアさん……」
リリスの手の上に自分の手を重ねて真っすぐに見つめながら言う。
すると、リリスが俯かせていた顔を上げてくれた。
悔し涙でにじんでいたルビーのような瞳と視線が合う。
「リリスちゃんならきっと何とかできるよ。だから、そんなに風に自分一人を責めないでね」
私はリリスのように誰かを導くなんてやったことがない。
聖魔法は感覚的な部分も多いし、リリスのように指導員になって見習い聖女を一人前にするなんてできない。
だから、偉そうに彼女に語る資格なんてないし、アドバイスもできっこない。私にできるのはこうやって彼女を励ましてあげることだけだ。
「……ありがとうございます、ソフィアさん。ちょっと弱気になっていましたね。これからはへこたれずに精進し、甘ったれた聖女見習いたちにビシバシいきます!」
そんな私の心が少しは通じたのかリリスは表情を和らげてくれた。
お陰でリリスのやる気が漲り、見習い聖女のこれからの修行が厳しいものになるが勘弁してもらおう。教会本部の見習い聖女はもっと頑張るべきだ。
◆
「そういえば、リーナやシャーロットはどうしてる?」
教会本部の現状を聞いた私は、話題を変えて同世代の聖女について尋ねることにした。
リーナとシャーロットは私と同じ年齢の聖女で、昔から特に仲良くしていた友人だ。
メアリーゼから同世代の聖女は多くが辺境や隣国に派遣されたと聞いたが、詳しい話は聞いていないでとても気になる。
「リーナさんは隣国のクロイツ王国の教会支部に派遣され、そちらで今もご活躍中です。シャーロットさんはオルディーネ子爵に嫁入りされました」
「シャーロットが貴族に嫁入りしたこともすごいけど、リーナが今も現役ってことに驚きなんだけど……」
私と同い年なので彼女の年齢はもう三十五歳だ。四捨五入すると大変なことになるが、それでも前線で戦い続けているってすごくない?
前世のスポーツマンが年をとって引退するように、聖女も聖力、魔力、身体能力に衰えがくる頃に前線を退く。大概が二十代後半から三十代半ばに顕著に表れるもの。
衰えを感じて戦闘で万が一があってはいけないために、その頃には大概の聖女が前線を退く。それなのに今もバリバリで活躍しているなんて凄く過ぎる。
「リーナさんは例外ですから」
「確かに」
リリスの呟きに私は心から同意する。
危険な瘴気持ちの魔物がいても、とりあえず聖魔法をぶつけてから考えようと言い出す程の脳筋っぷりだった。
そんな彼女が今でも現役なのは自然なことなのかもしれない。身体も人一倍強かったし。
「私だったら衰えがくる前に怠けて引退する自信があるよ」
「しかし、ソフィア様は目覚めてから聖力や魔力が明らかに増えていますよね? 年齢も二十年前と変わらないままですし、リーナ様よりもご活躍できそうですね」
「ルーちゃん? 私にも限界があるからね?」
曇りのない眼差しでとんでもない事を言ってくるルーちゃんに私は苦笑いで釘を刺す。
下手をすると本当にソフィア様ならイケますとか言って、私を働かせてくるかもしれないし。
仮にそんな状況になったら私は絶望して、もう一度結晶の中で眠ることになるかもしれない。今度こそ、聖女が働かなくていい平和な時代まで。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




