結界作成
リリスに気付かれなかった私はちょっと傷つきながらも、その場で聖女見習いの修行を全うすることにした。
注意を受け、マークをつけられてしまった状態で、祈りの間から抜け出すのは難しい。
どうせ抜けられないなら真面目に女神セフィロト様に祈っておこうと思った。
思えば目覚めてからは色々あり過ぎてゆっくりと祈りを捧げていなかった気がする。
魔王の瘴気を浄化して無事に目覚めることができたのは、女神セフィロト様の加護に違いない。
そのお陰で母さんと会うことができたし、かつての仲間や後輩と仲良くすることができている。そのことに深く感謝し、私は真摯に祈り続けた。
ああ、心の無にして女神様に祈り続けるのが懐かしい。
現実の出来事や感情を切り離して没頭する感じ。最近はご無沙汰だったけど、こうやって祈りを捧げているとすごく落ち着く。
しばらく無心で祈りを捧げていると、肩を揺すられた。
せっかく心地よく祈りを捧げているのになんだろう?
「祈りの時間は終了よ」
仕方なく意識を現実に戻して見上げると、リリスが私の肩を叩いて告げた。
気が付けば周囲にいる聖女見習いは立ち上がっておりザワザワとしている。
学校の授業が終わった時のようなソワソワとした空気に私は苦笑いしてしまう。
聖女が祈りを捧げた後はこんな空気になったりしない。まるでその部屋が浄化されたような綺麗な空気になり、静謐な感じがずっと続いている。誰もが祈りに没頭しており、すぐに祈りをやめるものは誰もいなかった。
だけど、見習い聖女の修行にそこまでのものを求めるのは厳しいよね。
「……もう少し祈りを捧げていてもいいですか?」
久し振りに女神様に祈り、心がとても落ち着かせることができた。
もう少しこの心地よさに浸っていたい。二十年間祈ることができなかったのだ。久し振りに祈りがこんな短いものでは申し訳が立たない。
「ダメよ。次は結界作成の時間だから」
しかし、リリスはそれを許すことなくキッパリと否定した。
ああ、そうだよね。聖女見習いはやることがたくさんあるし……聖女の時のような自由は効かないよね。
「やればできるじゃない。この調子で精進しなさいよ」
ガックリとしているとリリスが去り際に褒めてくれた。
どうやら私の祈りは指導員のリリスのお眼鏡に叶うものだったらしい。
後輩とはいえ、他人に褒められるのは嬉しいものだ。それが大聖女という色眼鏡無しというのであれば尚更。
「はい、ありがとうございます!」
リリスに気付いてもらえなかったとはいえ、褒めてもらえたので十分だ。
私はリリスへの悪戯をやめてルーちゃんの下に戻ることにする。
ルーちゃんが扉を微かに開いてずっとハラハラとした面持ちでいるのだ。あまり心配させても可哀想だし、これ以上修行に参加してはボロが出かねない。
「……あなた、どこに行くつもり? 次は結界作成だって言ったわよね?」
こっそりと聖女見習いの列から抜けて出口に向かおうとすると、リリスがソッと後ろかた近付いてきて肩に手を置いた。
これには私の心臓がビクリと跳ねた。完璧なタイミングで気付かれずに抜け出せると思ったのに。
「す、少しお花を摘みにいこうかと……」
「あなたが一人だけ祈り続けていたせいで時間が押しているの。そんな暇があると思う?」
うう、そう言われるとこれ以上言い訳を並べるわけにもいかない。
リリスや聖女見習いの皆は、私一人だけ時間を越えて祈り続けるものだから待ってくれたのだろう。
大幅に皆の時間を奪った挙句に呑気にお手洗いになど行ける雰囲気じゃない。
正直に言うと、これはただの言い訳じゃなくて本当にお花を摘みに行きたかったりする。
祈りに夢中で身体の感覚がシャットアウトされていたが集中が切れて、感覚が戻ってきたようだ。私の膀胱が悲鳴を上げている。
「とはいえ、さすがにそれでは可哀想だから結界が綺麗に作ることができたら、一時退出を認めてあげるわ」
「本当!? リリスちゃん!?」
「指導員に向かってため口な上にちゃんづけとは何様よ。さっきの言葉取り消すわよ?」
リリスが優しい言葉を吐くものだから、思わず昔の言葉が出てしまった。
そのせいでリリスに頭を叩かれた。
小柄だから全然痛くないけど、かつての後輩に叩かれると心が痛い。
「あうう、申し訳ございません」
「…………」
ひとまず謝っておくと、リリスがまじまじと私の顔を見つめてくる。
「あ、あの、どうかしましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ。早く位置につきなさい」
気になって尋ねると、リリスはぷいっと顔を背けて離れていた。
私の顔に何かついているだろうか? ステンドグラスに微かに映る自分の顔を見てみたが、特に変なものはついていない。
首を傾げていると私の中の膀胱がキュッと引き締まる。
そんなことを気にしている場合じゃない。リリスの言う通りにさっさと結界を作って、お花を摘みにいかないと。
――大聖女、教会本部で粗相をする。
そんな噂が広まってしまってはこの世界で生きていける気がしない。
私の名誉のためにはさっさと結界を作り上げて、ここから脱出しなければ。
聖女見習いたちが感覚を開けて座る中、私も最後尾にササッと移動する。
ここなら素早く祈りの間から出ることができる。
「では、自らの身体を包み込む正方形の結界を作りなさい」
リリスがそう言うと、聖女見習いが一斉に聖魔法による結界の作成にとりかかる。
聖魔法の結界はあらゆる攻撃や瘴気から身を守ることができる。
使いこなせれば自分の身を一人で守ることができる上に、魔物を近付けさせないようにすることもできる。
結界が得意な聖女がいえば、小さな街程度であれば完全に覆うことができ、人は魔物や瘴気に恐れる必要がなくなるのだ。
しかし、結界を作成し、維持し続けるというのは大変だ。
聖魔法の精密なコントロールだけでなく、聖力、魔力のどちらも必要とする。
並大抵の聖女でも、自分や仲間を覆う程度の結界を作成する程度だ。
そんな聖女でも苦労するものを聖女見習いの子たちが、すんなりとできるはずがなくて……結界を張ろうとしている聖女見習いの子たちはほとんどができていない。
自分の身体を薄い膜のようなもので包もうとしているが、できていないし、すぐに弾けている。正方形を維持するなんて夢のまた夢だ。
「さあ、やってみなさい」
リリスがこちらにやってくるなり言う。
冷静に考えれば、お花を摘みに行きたいのに成功させたら行ってもいいだなんて意地悪をされたものだ。
もし、私が普通の見習い聖女だったらできなかっただろう。
しかし、私は聖女ソフィア。今では大聖女とか大仰な名を与えられている。
この程度の結界が作成できない私ではない。
心配するべきはコントロールを謝らないかだ。やり過ぎないように自重しなければ。
私は深呼吸をすると聖魔法を発動し、自らの身体を包み込むような正方形の結界を作成する。
しかし、聖力と魔力を込めようとした瞬間、私の膀胱が激しい尿意に襲われた。
「あっ」
尿意を止めようと踏ん張ってしまったせいか聖力と魔力が結構込められてしまった。
私の足元で展開していた魔法陣が力強く輝き、何重にも広がっていく。
「この聖力と魔力は……ッ!?」
それは周囲にいる聖女見習いのところに――というより床全体に広がってしまい、祈りの間を包み込むような正方形の結界が出来上がった。
「ソフィアさん!?」
私から漏れ出す聖力と魔力でようやく気付いたのだろう。
リリスがすごく驚いた顔で言った。
「あっ、久し振り。リリスちゃん」
ようやくリリスもわかってくれた。その嬉しさから笑顔で答えると、リリスは口をパクパクとさせて指をさして何かを言おうとする。
しかし、深呼吸して感情を収めると、私の手を掴んで外に連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと来てください!」
「ま、待って! 今は激しく揺らさないで!」
私の必死な叫びが通じたのだろうか、祈りの間を出たリリスはすぐに手を離して解放してくれた。
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