大地を浄化
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「くるよ、ルーちゃん!」
「はい!」
ルーちゃんが聖剣を手にして返事すると、森の奥から黒い影が三つ飛び出してきた。
出てきたのは灰色の毛皮をしたオオカミ型の魔物。
「アッシュウルフですね」
二十年前の世界にもいたアッシュウルフと言われる魔物だ。
大きな特徴は鋭角的な耳に六本もある足だ。まるでスレイプニルのように後ろ足が二股に別れている。
普通のオオカミ種とは足の数が違って違和感を抱くが、歩行や走行はとても速いので油断ならない。
そんなアッシュウルフの身体には黒靄がとりついている。身体に瘴気を宿している証だ。
周りの空気が濁っているのがよくわかる。
「うん。しかも、瘴気持ち。村人たちを襲ったのはこの子たちで間違いないみたい」
アッシュウルフの身体から漏れ出す瘴気は、瘴気に蝕まれていた村人たちと同じものだ。
彼らはこの子たちに襲われたのだろう。
「まだ瘴気を宿してそれほど時間は経っていないようですね」
瘴気を長く宿し、多くの生命を食らい、大地を腐敗させることで瘴気持ちの魔物は強くなっていく。
目の前にいるアッシュウルフたちの瘴気はそれほど大きくないので、最近誕生したばかりなのだろう。
「うん、今なら被害も大したことはなさそう。今のうちに倒そう」
「はい!」
瘴気持ちの魔物には浄化が有効的であり、聖女による聖魔法をぶつけるのが一番早い。
しかし、機動性のある相手が複数体いて、周囲には他の個体が潜んでいる場合は迂闊に浄化を使うと聖女が狙われてしまう可能性がある。
そのため護衛である聖騎士が近付かせないように、あるいが手傷を負わせて浄化を叩き込むというのが定石だ。
聖魔法を強めに使って一気に全員を浄化してしまってもいいのだが、ルーちゃんと一緒に戦う経験も積んでおきたいので定石通りにいくことにする。
「ルーちゃんに付与するね!」
「お願いします」
聖女の役目は治癒や浄化だけではない。後衛で前衛を強化し、戦線を維持するのも務めだ。
私はルーちゃんが万全の状態で戦えるように聖魔法による付与を施す。
「『聖なる願い』『剛力の願い』『守護の願い』『瞬足の願い』」
ルーちゃんに聖魔法による付与の力が宿る。
これで聖力、筋力、防御力、俊敏力が上昇して、アッシュウルフを相手に優位に立ち回れるはず。
ルーちゃんは聖剣を構えると、唸り声を上げるアッシュウルフに突撃し――そして、奥にある木に凄い勢いでぶつかった。
アッシュウルフたちが遅れて後ろを向いて驚く。
コイツなにやってんだ? という憐憫の眼差しだ。
私も仲間とはいえ、そのような気持ちを隠し切れないでいる。
「ちょっ、えっ!? ルーちゃん、なにしてるの!?」
「ソフィア様! 付与の力が強すぎます! 緩めてください!」
もしかして、私の付与で身体能力が向上し過ぎてコントロールがとれないとか?
アークやランダン、セルビスも最初に付与をした時は、普段との身体能力の違いに感覚が狂うと言っていた。
「ルーちゃん、もしかして付与を受けるのは初めて?」
とはいえ、ルーちゃんだって見習い聖女や聖女に付与をされたことはあるはずだ。
多少、身体能力が向上しても合わせた立ち回りができるように訓練しているのが普通だ。
「違います! ソフィア様の付与の力が桁違いなだけです!」
「そ、そうなの? 緩めるってどのくらい?」
緩めろと言われてもどのくらい緩めればいいのかわからない。
正直、私は久しぶりの付与だし、相手もアッシュウルフということもあってか、それほど強い付与を施したつもりはないのだ。
これで強いと言われたら、どれだけ緩めればいいのかさっぱりわからない。
「ああもう! やっぱりいいです! 自分で何とかします!」
私がそのように言うと、ルーちゃんは半ばやけになったように言う。
私が調節するよりも自分が慣れる方が早いと思ったんだろう。その方が私としても助かるので嬉しい。
立ち上がったルーちゃんが再び前進。付与の力で俊敏力が向上したルーちゃんは、目にも止まらない速さで一体のアッシュウルフを一刀両断。
聖なる力を宿した聖剣は瘴気を宿した者に有効だ。たとえ、かなりの防御力を誇る魔物であろうと簡単に斬り裂ける。
アッシュウルフの防御力では豆腐のように斬り裂かれるのも当然だ。
切り伏せた本人は、身体の制御ができていないからかブレーキを踏んでつんのめっているので少々決まらない。
「あれだけ緩めてもこれだけのスピードが出ますか……」
残りのアッシュウルフもまったく反応できず、目の前で仲間がやられたことに気付いて大慌てで距離をとる。
しかし、その頃にはルーちゃんが既に距離を詰めており、アッシュウルフ二体を瞬く間に斬り伏せた。
うん、ちょっと付与のせいで覚束ないけどうちのルーちゃんカッコいい! 瘴気持ちの魔物をあっという間に斬り伏せてしまった。すごい!
「……ソフィア様」
「うん、わかってる。『ホーリー』」
ルーちゃんがアッシュウルフを斬り伏せた直後、茂みに潜んでいた二体のアッシュウルフが私に飛びかかっていた。
最初から潜んでいたのは身に纏う瘴気でバレバレだった。
左右から飛びかかってくるアッシュウルフに私は聖魔法の浄化を叩き込む。
聖魔法で瘴気を浄化されたアッシュウルフは、空中で気を失ってバタリと地面に倒れた。
身体を蝕んでいた瘴気はすっかりと無くなっている。今は瘴気を宿していたダメージと、浄化されたショックで気絶しているだけだろう。
そこにルーちゃんが剣でとどめを刺した。
動けない相手に非情かもしれないが、アッシュウルフはクルトン村にとって危険な魔物だ。
瘴気を宿して何人もの村人を傷つけてしまったことだし、討伐しておいた方がいい。
前世とは違って、魔物のひしめき危険な異世界だからこその対応だ。
わかってはいるけど心から慣れることはできないな。
ルーちゃんやアークのように前衛に立って魔物を討伐することが少ない、後衛の聖女だから尚更慣れにくいのかもしれない。
「……ルーちゃんが倒したアッシュウルフも私が浄化しておくね」
瘴気を宿した魔物は死して直、瘴気をまき散らす。
アッシュウルフの死骸を食べて、肉食獣に瘴気が宿ってしまう可能性があるし、そのまま放置しているだけで大地を腐敗させる。
たとえ、倒したとしても聖女や見習い聖女による浄化が必須なのだ。
ルーちゃんが倒してくれた三体のアッシュウルフに浄化をかける。
「『ホーリー』」
するとアッシュウルフの瘴気はサッパリと消え、周囲の空気がとても綺麗になった。
「これで終わり。周囲に瘴気の気配はないよ」
「そうですか。念のために汚染された場所がないか探しましょう」
「うん」
瘴気持ちの魔物がたまっていた場所は、瘴気の残滓が残っており土地が腐敗していることも多い。
放置していれば命が芽吹くことのない不毛の大地になるので、浄化して元に戻すのも聖女の役目だ。
アッシュウルフの瘴気がなくなったお陰か辺りの空気が綺麗になった。
大きく息を吸い込めば葉っぱと土の匂いがする。空気も澄んでいて爽やかだ。
これがこの森本来の空気だったのだろう。
私はアッシュウルフたちが残した瘴気の残滓を感じ取る。
瘴気を纏うアッシュウルフがいなくなって空気が綺麗になったからか、僅かな残滓も感じ取りやすい。
空気中に漂う微かな瘴気の残滓を浄化しながら進んでいくと、小さな洞窟を見つけた。
その洞窟の中には瘴気が濃く漂っていることからアッシュウルフたちの棲家はここだったのだろう。
瘴気の気配を感じ取った私たちはそのまま進んでいく。
洞窟の中には草食動物らしき骨が散らばっており、瘴気が濃く漂っていた。
地面は瘴気に汚染されて腐り、雑草さえも生えない大地になっている。
今となっては誰も住んでいないので影響がないかもしれないが、洞窟に新たに住み着いた魔物や動物が瘴気に犯される可能性もある。
二次被害を食い止めるために私は聖魔法の浄化を発動した。
「『ホーリー』」
私を中心に魔法陣が展開され、淡い翡翠色に輝く。
光は波紋のように広がると、腐敗していた地面が綺麗になり、雑草などの植物がわらわらと生えてきて……。
「――って、草生え過ぎじゃない!?」
通常であれば、微かに草が生える程度でそこからは自然治癒に任せるのであるが、元からあった植物があちこちで生えてすくすくと育っている。
「素晴らしい! 大地に命が芽吹いていきますよ!」
これにはルーちゃんも驚き、そして感激している模様。
「さすがはソフィア様ですね! 数々の聖女様を見てきましたが治癒、浄化、付与などのどれもが桁違いです!」
「う、うーん、さすがに私もここまでの力があったわけじゃないんだけどね……」
「そうなのですか?」
ルーちゃんが私の実力を勘違いしそうになっているのでしっかりと訂正しておく。
いくら勇者パーティーに抜擢されるくらいの実力があっても、普通の聖女はここまでの力は持っていない。
「私が魔王討伐の旅に出ていた時も、これほど綺麗に浄化して土地を蘇らせることはできなかったんだよね。なんだか目覚めてから自分の力が強くなった気がする」
アブレシアの強化で使った治癒や、ルーちゃんにかけた付与もそうだ。
私の魔法が二十年前に比べて段違いに向上している。そのせいで以前と同じ感覚で聖魔法を使ってもとんでもない効果が現れるのだ。
「……もしかすると、聖魔力が物質化するほど濃厚な結晶の中にいたので聖力や魔力が向上しているのかもしれませんね」
なにそれ。私はスープの中に漬け込まれた具材か何かだろうか?
でも、それ以外に原因が考えられない。事実、私の結晶にはかなり濃厚な聖力や魔力が籠っている。その中に二十年もいれば、それらが身体に染み込んでいてもおかしくはない。
考えれば考えるほど漬け込まれた具材の気分。
「そうなのかなぁ」
「まあ、力が上がっている分に困ることはないかと」
「そうだね!」
衰えていたらショックだけど、その逆で遥かに上がっているのだ。慣れない力で少し制御するのに戸惑っているが、力が強い分に困ることはない。
「ソフィア様がいれば、腐敗した大地もすぐに命を取り戻せます」
「確かに! この力を使って腐敗した大地を浄化して回るのもいいかもね!」
二十年前は魔王の討伐のせいで時間がなかったけど今は違う。
さっきのように腐敗した大地を一気に浄化することができ、人が住める領域を増やせるのだ。
まだまだ完全に平和になってはいないけど、今度こそ健やかに暮らせる世界を目指したいな。
「その時はお供いたします」
私がそんな事を述べると、ルーちゃんは優しい笑顔で頷いてくれた。
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