蔓を浄化
「次の怪我人は?」
「いないようですね」
私が尋ねると、ルーちゃんが扉の外を確認して言った。
瘴気患者の治癒だけでなく、ちょっとした怪我の無料治癒を村長の家で引き受けていたが、もう村人がやってくることはない。
落ち着いたことを理解した私は、椅子から立ち上がって伸びをした。背中を伸ばすとポキポキと音が。
ずっと馬車の旅だったから身体が全体的に凝っている気がする。
さらに腰を回転させてグッグッとストレッチ。ああ、気持ちがいい。
「聖女さま」
そのタイミングで村長がやってきた。
「あっ」
腰を捻ったままの体勢で視線が合ってしまい、なんともいえない微妙な空気が漂う。
どうしよう。思いっきり庶民的な姿を見られちゃった。聖女としての威厳が台無しだ。
どうやってやり過ごすか考えていると、ルーちゃんが私の腰を回し、正しい体勢で村長の方に向かせてくれた。
「コホン、どうしましたか村長?」
「あ、いえ、今の村人で怪我人はいなくなりましたので、その報告をと……」
何事もなかったかのように振舞うと、村長は戸惑いながらも乗ってくれた。
さすがは人生を長く経験しているだけある。
「ありがとうございます、お疲れさまでした」
「いえ、こちらこそ。本当にありがとうございました。ささやかなではありますが、聖女さまご一行を歓迎し、宴を開きたいと思います」
「それは嬉しいですが、よろしいのですか?」
村長たちの気持ちは嬉しいが、こんな大変な時にそんな余裕があるのだろうか。
「こんな状況だからこそ行いたいと思います。それにリーナ様がたくさんの獲物を狩ってきてくださったので、食料の心配も問題ございません」
「そうですか。それならば、参加させていただきたいと思います」
参加の意を伝えると、村長は嬉しそうに微笑む。
どうやら私が浄化と治癒に励んでいる間に、リーナも活躍してくれていたみたいだ。
「宴の準備が始まるまで、こちらでお休みになられますか?」
「いえ、先に蔓の浄化をしておきたいと思います」
「承知しました。何卒、よろしくお願いします」
そう伝え、私とルーちゃんは村長の家を出た。
すると、あちこちで村人たちが駆け回る姿が見えた。
次々と運ばれる獲物を男たちが運んで解体していく。
毛皮や牙と素材ごとに分けられると、可食部は女性たちが抱えて持っていって調理されていく。
村の中心部では宴のためにテーブルやイスが並べられており、子供たちが食器を並べていた。
そんな賑やかな村の中を突き進み、私とルーちゃんは中心部から離れたところにある民家へ。そこではあちこちの民家が蔓に呑み込まれていた。
「中心部から離れると結構侵食されていますね」
蔓の重みで屋根は凹み、壁を突き抜けて生えている。
蔓がゆっくりと蠢き、民家が悲鳴を上げるようにギシギシと音を鳴らした。
放置していれば民家は潰れ、蔓に吞み込まれることになるだろう。
「『ホーリー』」
杖を掲げ、蔓に聖魔法の浄化をかける。
すると、蔓はあっという間に浄化されて消えた。
侵食の影響による凹みや穴なんかは元に戻らないが、修繕すればまた住めるはずだ。
「……うん、やっぱり蔓自体に宿る瘴気は弱いね。多分、侵食力に特化しているタイプだ」
瘴気持ちの魔物に襲われた怪我人以外は、衰弱の症状が出ている者はいなかった。
それは蔓に宿る瘴気が弱いことを表している。
勿論、放置していればゆっくりと蝕まれていく可能性があるが。
「あの、ソフィア様。私も浄化のお手伝いを――」
「よし、一掃しよう!」
そう決めた私は、精神を統一して杖を地面に突き刺す。
「『ホーリー』」
聖魔法の浄化を発動。
今度は局所的な範囲ではなく、杖からカルネ村全体の地面に聖魔力を浸透させるように広げた。
地面が薄っすらと翡翠色の光に包まれ、浄化の光が立ち昇る。
すると、民家を侵食し、あちこちの地面からせり上がっていた蔓が見事に消えた。
「うん、これでカルネ村周辺の蔓は除去できたかな。それより、ルーちゃん。何か言おうとしていた?」
浄化をする前、私に何か話しかけようとしていた気がする。
「……いえ、さすがはソフィア様です。私などが手を貸す必要はなかったですね」
讃えてくれるルーちゃんだが、どことなく表情がいじけている気がする。
はっ! もしかして、浄化を手伝おうとしてくれていた? だとしたら、悪いことをしちゃった。
「いやいや、単にルーちゃんの手を煩わせるまでもないっていうか……これが聖女である私の役目だから!」
「すみません。少しいじけてしまいました。忘れてください」
必死にフォローすると、ルーちゃんが苦笑しながら言う。
いや、忘れない。いじけるルーちゃんは、とても貴重で可愛かったから。
●
私たちが浄化を終えて戻ると、日はすっかりと落ちていた。
本来ならカルネ村も闇に包まれるはずだったが、宴のために用意された篝火があり、中心部はとても暖かな光で満ちていた。
「おお、聖女さま! 少し前に眩い光が立ち昇り、蔓が無くなりましたが、あれはもしかして……?」
戻ってきた私たちを見て、村長が一番にやってくる。
「はい、カルネ村周辺にある蔓を浄化いたしました」
「さすがは聖女さま! ありがとうございます! ささ、既に準備は整っております。是非ともこちらに座ってください」
村長に案内されて移動すると、テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいた。
「遅えぞ、ソフィー! あたしはもうお腹が空いてくたくただ!」
「ごめんごめん」
リーナも既に席についており、待ちくたびれている様子だった。
周囲を見渡すと、他の村人も勢揃いしており私とルーちゃん待ちの状態だったらしい。
杯にワインが注がれそうになったが、さすがに旅先ということで辞退し、フレッシュジュースをいただく。
「聖女さまとの奇跡の出会いに祝して、乾杯」
「「乾杯!」」
村長が声を張り上げると、村人たちは元気良く叫んで杯をぶつけ合った。
私は同じテーブルにいうルーちゃんとリーナと杯を軽く重ねた。
「美味え!」
フレッシュジュースを飲んでいると、リーナは早速骨付き肉を両手に持ってむしゃむしゃと食べていた。
しかも、彼女はお酒を控えることなく、ワインを瓶でがぶ飲みだ。
そんなリーナの様子を見て、村人たちが驚いたような視線を向ける。
王都の教会本部からやってきた聖女が、ワイルドに食べるのでビックリしたのだろう。
心なしか幻滅したような人もいる。
そして、次に向けられる私への視線。
そこには多くの期待が込められている気がした。
うっ、こういう視線勇者パーティーにいた時もよく向けられたな。
心の中で苦笑しながら同じ骨付き肉を両手で持ち上げ、あまり口を開け過ぎないように上品に頂く。
すると、村人たちからホッとしたような気配を感じた。
良かった。王都の聖女のイメージは何とか保てたらしい。
本当は片手で持って、豪快に噛み千切りたいけど我慢しよう。
骨付き肉を食べ終わると、ブラックグリズリーの肉が入ったスープを飲む。
「あっ、美味しい!」
肉からは旨みの他に脂身も溶け出しており、それが根菜や山菜によく染み込んでいる。
グリズリーの肉を食べてみると、豚、牛、鶏とは違う旨みがした。
臭みを消すためのハーブの香りが少し強くなっているが、それほど気にならない。
「この季節のグリズリーの肉は、臭みが強い傾向にありますが、ほとんどありませんね。きっと、新鮮な自然の恵みを多く食べていたからでしょう」
私にはグリズリーの肉の季節感はわからないが、夏でもこの美味しさというのはすごいことらしい。
辺境地帯は危険も多いが、その分自然が豊かだ。このグリズリーの肉の美味しさも、それが関連しているのかもしれない。
「聖女さま、ご飯食べてる?」
「料理は足りる? まだまだあるよ?」
食べているとクロルとアレッタが料理を手にしてやってきた。
「おお、助かる!」
リーナが肉料理を掻っ攫っていくが、私はここにあるもので十分だ。
とはいえ、二人の好意は無下にしたくない。
「ありがとう。それじゃあ、私は果物を貰うよ」
「私も果物で」
ルーちゃんと一緒に梨のような形をした果物を貰って食べると、甘酸っぱくて美味しい。口の中がさっぱりとした。
「ルードさんは大丈夫?」
「スープを飲んだら眠った」
「そう。衰弱していたから明日もできるだけ消化のいいものを食べさせてあげてね」
「わかった。聖女さま、ありがとう」
クロルとアレッタはぺこりと頭を下げると、嬉しそうに戻っていった。
村人たちの何人かが踊り出し、それに合わせて楽器の得意なものが音を奏で出した。
きっかけができると、次々と村人たちが動き出し、賑やかになる。
「ソフィー様のお陰で村人たちの表情が、とても明るくなりましたね」
「うん、皆元気になったみたいで良かった」
やってきた時のような陰鬱な空気は吹き飛んだ。
でも、根本的な原因はまだ取り除けていない。
明日の朝になれば、また蔓が侵食してくるかもしれないのだ。
村人たちもきっとそのことはわかっているだろう。
それでも今は怪我人の回復と蔓の浄化を喜んでくれている。
私たちにできるのは村人の不安を取り除いてあげることだ。
明日は瘴気の原因を突き止め、取り除くことにしよう。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n0763jx/




