浸食されたカルネ村
キューとロスカが倒したブラックグリズリーを積み込み、アレッタやクロルを乗せた私たちはカルネ村に向かった。
しかし、その道中が思わぬものに阻まれて私たちの足を止めた。
「どした?」
馬車を停車させると、後ろにいたリーナが顔を出してくる。
「山道が蔓に侵食されているのです」
「うわっ、本当だな」
ルーちゃんが指し示す先を見て、リーナが顔をしかめる。
「うわっ、いつの間に……」
「わたしたちが出た時は、ここまで酷くなかった」
クロルとアレッタも顔を出し、侵食された山道を見て怯えた表情をみせる。
少し前まではここまでではなかったが、短時間で異常な速度で侵食してきたみたいだ。
「……瘴気が含まれている」
蔓の中には微量ながらも瘴気が含まれていた。
ジーッと観察していると微かに蠢いており、さらに山道を侵食しようとしている。
「カルネ村の瘴気被害は、我々が思っていた以上に強いようですね。私が斬りましょうか?」
「ううん、瘴気が含まれているなら私の聖魔法で駆除できるよ」
ただの蔓であればルーちゃんに任せたが、瘴気を宿しているのなら私の出番だ。
「『ホーリー』ッ!」
杖で地面をトンと叩いて地面に浸透させるように聖魔法の浄化を放つ。
すると、山道に侵食していた蔓は、あっという間に消滅した。
「すごーい!」
「さあ、カルネ村に急ごうか」
村の外にここまで侵食しているのだ。カルネ村が心配だ。
もしかすると、村は既に大きく侵食を受けているのかもしれない。
馬車に戻ると、キューとロスカにできるだけ急いで進んでもらう。
そうやって道中の蔓を聖魔法で駆除しながら進むことしばらく。
カルネ村にたどり着いた。
しかし、村の囲い柵には先程と同じような蔓が侵食しており、無残にも突き破られている。
「そんな……村が……」
アレッタが呆然とした声を上げる。
どうやら私が危惧していた通り、村は植物に大きく侵食されているようだ。
村の中に入ってみると、カルネ村の村人があちこちで集まっている。
中には侵食によって倒壊した家を呆然とした目で見ている者もいた。
幸いにも大きな怪我人はあまりいなさそうだが、突然の出来事に村人の多くは困惑と不安を抱えているようだ。
「村長!」
「アレッタ! クロル! 無事だったか!」
クロルが声を上げると、カルネ村の村長らしき老人が慌ててやってくる。
「すまない。二人のことを探しに行こうとしたんじゃが、村が植物に呑まれてしまって……」
「ううん、危ないのに外に出たわたしたちが悪いの。それに聖女さまに助けてもらった」
「……聖女? 確かに救援要請は出したが、まさかこのような辺境に……?」
ここでようやく村長の視線がこちらへと向いた。
「王都の教会本部よりやって参りました、聖女のソフィーと申します。こちらは護衛のルミナリエと、聖女リーナです」
「お、おお! まさか、本当に来て頂けるとは……っ!」
信じられないとばかりに目を見開く村長と、歓喜の声を漏らす村人たち。
その様子からいかに辺境が後回しにされているかわかるものだ。
「村長、お父さんは無事なの?」
「あ、ああ。お前たちの家は無事じゃよ」
「聖女さま、お父さんを助けて」
「わかった。お父さんのところに案内して」
アレッタとクロルに案内してもらって馬車を進めると、村の中心部に小さな民家があった。
二人に引っ張られるようにして入ると、中には包帯をぐるぐると巻かれてベッドに寝転がる一人の男性がいた。
「お父さん!」
「……アレッタ、クロル」
アレッタとクロルが駆け寄るも、父親は弱々しい声を上げる。
身体は震えており、どこか焦点が合っていない。
「あなたは?」
「聖女のソフィーです。診察させてもらいますね」
緩慢な動きでちらを見やる父親を尻目に、私は状態を確認していく。
瘴気に蝕まれている。それも衰弱をもたらす効果だ。
このまま放置していけば、父親の身体はドンドンと衰弱していき死に至る。
「聖女さま、お父さんを治せますか?」
「治せるよ。私に任せて」
顔を明るくするアレッタとクロルに少し離れてもらい、私は杖を手にして精神を集中させる。
「『キュアオール』『ヒール』」
先に瘴気を浄化で祓い、怪我を治癒で治す。
すると、父親の表情が柔らかくなり目の焦点が合うようになった。
「錘のように重かった身体が軽い。それに怪我もなくなっている」
父親はベッドから身体を起こすと、包帯を緩めながら呆然と呟いた。
「「お父さん!」」
「アレッタ、クロル。心配をかけてすまなかった!」
アレッタとクロルが抱き着くと、父親は涙を流しながらも抱きしめた。
ちゃんと治って良かった。あと一日でも遅ければ危ないところだった。
ここまで急いでやってきてくれたキューとロスカには、改めてお礼をしてあげないとね。
家族の温もりを感じ合う三人を、私たちはしばらく見守り続けた。
●
「アレッタとクロルの父のルードです。アレッタやクロルだけでなく、私の命まで救ってくださり感謝します」
抱擁が落ち着くと、父親であるルードが深く頭を下げて感謝してくれた。
「いえいえ、聖女として人々を救うのは当然の行いですから」
「その、大変申し訳ないのですが、何分ずっと床に伏せっていたもので、うちにはご用意できるお布施がありません。しかし、何とかして用意してみせるので、どうか子供たちだけは……っ!」
回復して早々に地面に手を付いて土下座してくるルード。
子供たちも事情がわからないながらも空気を察して、父親と同じように土下座をしようとする。
ちょっと待って待って! 病み上がりの父と子供の土下座なんて見たくない!
「大丈夫です! このような大変な時にお布施を貰おうとは私共も思っていませんから!」
「しかし、それでは……」
「こういう時のために私たちがいるのですから」
なおも食い下がろうとするルードに、きっぱりと私は告げる。
このような田舎では働き盛りの者が倒れるだけで死活問題だ。
見たところルードには妻がいないようなので、余計に家計が苦しかったに違いない。
「ありがとうございます! 聖女さま、このご恩は一生忘れません!」
「ですから土下座は止めてください! 病み上がりなんですから! アレッタとクロルも真似しないで!」
感極まって再び土下座しようとするルードと、真似しようとする子供たちを止めると、家の中には和やかな笑い声が響いた。
「すみません、聖女さま。他にも看てもらいたい村人がいるのですが……」
ほっこりとした空気に包まれていると、民家の入り口から村長が顔を出す。
どうやらルード以外にもたくさんの怪我人がいるらしい。
「わかりました。怪我人のところに案内してください」
「それでお布施の方なのですが……」
「私たちが滞在するための空き家と食料を頂ければ十分ですよ。今は特に大変な時期ですから」
「ありがとうございます。聖女さまのご慈悲に感謝いたします」
これが通常時であれば、少しのお布施も貰うところだが、今は村全体が植物に呑まれそうな状況ときている。
こういった状況での無料治癒は、教会の規定でも認められているのでお布施を貰う必要はない。少なくとも二十年前はそうだった。
不安になってルーちゃんの方を見ると、問題ないとばかりに頷いてくれた。
良かった、二十年経ったけど、この規定は変わっていないみたいだ。
「俺も手伝います! わわっ!」
「おいおい、しっかりしろよ」
慌てて付いてこようとしたルードだが、すぐに身体のバランスを崩してリーナに支えられる。
「治癒したとはいえ、衰弱していた身体はすぐに戻りません。ルードさんは、しっかりと栄養ある食事を摂って、休んでください」
「だってよ」
「……すみません」
リーナにベッドに戻され、申し訳なさそうにするルード。
治癒したお礼に役に立とうとする気持ちは嬉しいが、今は身体を全快させることに集中して欲しい。
「栄養のつくものといえば、ブラックグリズリーの肉なんてどうでしょう?」
ルーちゃんの提案を聞いて、私は思案する。
クマ肉は滋養強壮にも効果があったはずだ。
弱っていたのでいきなりがっつり肉というのは、アレだが柔らかくしてスープにするといいかもしれない。
「いいね。キューとロスカが倒してくれたものを分けてあげよう」
「あたしは治癒では役に立てねえし、そっちをやってくるぜ。ついでに周辺の獲物も狩ってくる」
リーナはそう言うと、家を出て馬車の方に向かった。
「よいのでしょうか? あの方も聖女なのでは?」
「彼女はあまり浄化や治癒が得意ではないので」
そう告げると、村長は目をぱちくりとさせた。
聖女なのに浄化や治癒が得意じゃないって言われれば、そう思っちゃうよね。
世の中には、そんな変わった聖女もいるんだよ。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
おかげさまで日間総合ランキングにランクインしました。
下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n0763jx/




