王都のキュロス
王都からキュロス馬車で南下していくこと五日。
私たちは山道を進んでいた。
「そろそろ辺境に入ったかな?」
「はい。このまま道なりに行けば、瘴気被害の報告があったカルネ村があります」
「すげえな。本当に五日でここまで来れちまったぜ。あたしもキューとロスカみてえな、キュロスが欲しい。そしたら面倒な移動も楽になるのによ」
キューとロスカでなければ、ここまで来るのに十日はかかる。
リーナが思わずぼやいてしまうのも仕方のないことだった。
苦笑しながら周囲を眺めてみる。
山道の道幅は狭く、地面の凹凸が激しい。
そのせいか馬車はかなり揺れており、キューとロスカには速度を落として歩いてもらっている。
「うわー、深い谷だね」
すぐ傍には谷があり、視線を下に向けるも暗闇しか見えない。
落下防止の柵なんて優しいものはなく、落っこちたら終わりだ。
辺境は王都やその周辺地域に比べて、自然環境が厳しいのが特徴だ。
「ソフィアを一人で歩かせたら落っこちそうだ」
「……歩く時は気を付けてくださいね?」
「さすがにそこまで鈍くさくないからね!?」
二人に比べれば鈍くさいかもしれないけど、そこまでおっちょこちょいではない。
妙な心配の仕方をする二人にさらなる抗議をしようとしたら、遠くから悲鳴らしきものが聞こえた。
「……今のって? 悲鳴?」
「多分、子供だ。様子を見に行くぞ」
耳をピクリと動かしたリーナが御者席から降りて、山道から外れた獣道に入っていく。
「ルーちゃん、私たちも行こう!」
「はい!」
キューとロスカには待機してもらうように言い、私とルーちゃんも追いかけることにした。
聴覚や嗅覚が人間の何倍も優れているリーナなら、悲鳴の上がった場所に正確に向かえる。
茂みや雑草を振り払いながらリーナの背中を必死に追いかける。
しかし、リーナの速度はドンドンと速くなってしまい、背中が小さくなってしまう。
「リーナが速い!」
「ソフィアが遅すぎるんだよ! 置いてくぞ!?」
「えー!」
このままではリーナを見失ってしまう。
「ソフィア様、失礼いたします」
「ルーちゃん……ッ!」
私が焦っていると、ルーちゃんが私を抱きかかえて走る。
長身でこんな綺麗な女性に抱きかかえられたら、私もドキッと――
「って、またこの運び方なんだ」
「両腕が塞がっては、いざという時にお守りできませんから」
お姫様抱っこではなく、ルーちゃんの脇に抱えられているお米様抱っこ。
ロマンスの欠片は皆無で米俵になったかのような気分だ。
だけど、ルーちゃんが思う存分に走れるお陰でリーナを見失うことなく追いかけることができていた。複雑だけどここは我慢だ。
「瘴気の気配がするよ! 気を付けて!」
「ああ、わかってる!」
山の中を走っていると、微弱ながらも瘴気を感じた。
忠告しつつも進むことしばらく。
木々が開けた場所には小さな子供が二人おり、瘴気を宿したデビルプラントが蔓を伸ばして襲い掛かっていた。
「『プロテクション』ッ!」
私は聖魔法を発動。子供たちを中心にドーム状の障壁を展開。伸ばされた蔓は子供に当たる寸前で弾かれた。
聖力に反応したデビルプラントがこちらに振り向き、棘の生やした蔓を振るう。
ルーちゃんは私を抱えながらも聖剣を振るい、襲い掛かる蔓の全てを両断。
デビルプラントはすぐに蔓を生やそうとするが、リーナがそれを見逃すはずがない。
ナックルダスターを打ち鳴らすと、デビルプラントの懐に潜り込む。
リーナの拳はデビルプラントの花弁のような頭を撃ち抜く。
「弾けろ! 『ホーリー』ッ!」
さらにそこから聖魔力が解放され、体内の内側から浄化されたデビルプラントは跡形もなくなった。
「こんなもんだな」
私と同じ聖魔法を使っているのに、えらい違いだ。
身体技能を駆使して接近し、相手に直接聖魔法を叩き込む。
詠唱を必要とした戦いは基本的にしないので、守護する聖騎士を必要としない。
これがリーナの戦い方だ。昔から変わっていないな。
おっと、リーナの鮮やかな戦いぶりに見惚れている場合じゃなかった。
「君たち、大丈夫?」
私は聖魔法を解除し、襲われていた子供たちに駆け寄る。
十歳くらいの女の子と七歳くらいの男の子だ。
「もしかして、聖女さま……?」
「うん。王都の教会本部からやってきた聖女だよ」
こくりと頷いて返事すると、子供たちの目に涙が浮かんで抱き着かれてしまった。
瘴気持ちの魔物に襲われて怖かったのだろう。
「よしよし、怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」
必死に抱き着いて泣き叫ぶ子供たちの頭を撫でて、私はあやし続けた。
●
「『ヒール』」
「わっ、膝が痛くなくなった!」
膝を擦りむいた男の子に聖魔法の治癒をかけると、あっという間に傷が塞がった。
これくらいの傷の治癒なら朝飯前だ。
「これでもう大丈夫だね」
「うん!」
すっかりと気持ちも落ち着いた男の子の表情は実に明るい。
お姉ちゃんの方は、泣いたせいでちょっと恥ずかしそうにしているがこちらも問題はなさそうだ。
二人とも大きな怪我をしていないようで何よりだ。
さて、気持ちが落ち着いたところで二人のことを聞かせてもらうことにしよう。
「私は聖女のソフィー」
「ソフィー?」
バレないように偽名を名乗ると、リーナが素っ頓狂な声を上げた。
そちらの説明はルーちゃんにしてもらうようにアイコンタクト。
察したルーちゃんはリーナに近づいて説明してくれる。
「コホン、二人の名前を教えてくれる?」
「アレッタです」
「クロル」
どうやらお姉ちゃんのほうがアレッタで弟の方がクロルと言うらしい。
「二人はどこから来たの?」
「カルネ村」
私たちが向かおうとしている村の住人のようだ。
「どうしてこんなところに?」
「お父さんが怪我をしちゃって……」
「ここには聖女さまなんていないし、薬師のお婆ちゃんも死んじゃったから、傷を治すための薬草を探しにきたの」
アレッタの持つ籠を見ると、傷薬、火傷薬、胃腸薬の材料になる薬草などが入っている。が、まとまりがなく、とりあえず薬草類を片っ端から集めている感じだ。
幼い子供なりに父親の助けになれるようなものを探していたのだろう。
「そしたら、途中で魔物に襲われちゃったのかな?」
私が尋ねると、こくりと二人が頷いた。
「さっきみたいな変な植物に襲われて、村には怪我人がたくさんいるの! お願い、聖女さま! お父さんや村の人たちを助けて!」
「お願いします!」
アレッタとクロルが必死に助けを求めてくる。
さっきと同じ魔物というと、やはり瘴気持ちの魔物が被害をもたらしている可能性がある。
「任せて。私たちはそのために王都からやってきたんだから」
「「ありがとうございます!」」
ポンと胸を叩いて了承すると、アレッタとクロルはぺこりと頭を下げた。
「んじゃ、馬車に戻ってカルネ村に向かうか」
「うん」
改めてカルネ村に向かうために、私たちは来た道を引き返す。
程なくすると、山道にはキューとロスカが待機していた。
「ただいまーーって、わあ! 大きなクマがいる!」
近づいてみると、二匹の傍には大きな黒いクマが倒れていた。
「ブラックグリズリーですね」
「首がへし折られてるぜ。いい一撃だな」
転がっているクマを冷静に観察するルーちゃんとリーナ。
「もしかして、キューとロスカが倒したの?」
「「クエエエエッ!」」
おずおずと尋ねてみると、キューとロスカがそうだとばかりに頷いた。
うちのキュロスは、脚力がパワーアップしてクマすら仕留められるようになったみたいだ。
思えば、ウルガリンではオーガを相手に奮闘していたのだ。野生のクマなら余裕で倒せるか。
「よく馬車を守ってくれたね。えらいえらい」
「「クエエエエ」」
とりあえず、キューとロスカの活躍を労って撫でてあげる。
「……王都のキュロスって、ブラックグリズリーを倒せるんだ」
「……都会ってすごい」
そんな私たちの様子を見て、アレッタとクロルが呆然とした顔で呟いた。
そんなわけはないけど説明するのが難しいので、そういうことにしておこう。
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