プロテクション漁
サンクチュアリで暑さが和らいだところで私は川辺に近づく。
屈んで手を入れると、冷たい水が腕を包み込んだ。
「気持ちいいー」
水流が私の腕を通り過ぎてはまたやってくる。
流れる水の音や水しぶきの音が耳朶をくすぐり、涼やかな気分にしてくれた。
「冷たくて最高だな!」
リーナはナックルダスターを外し、ルーちゃんも手甲や鎧を外して軽装になっており、私と同じように川に手を入れて涼んでいるようだ。
「「クエエエエエエッ!」」
まったりして休んでいると、馬車のところにいるキューとロスカが訴えるようにいななき声を上げた。
「あっ、ごめんね。キューとロスカも川で涼みたいよね」
自分たちのことばかりですっかりと忘れていた。
私は急いで駆け寄り、キューとロスカの手綱を解いてあげた。
ブルブルと身体を振るわせて、二匹はトコトコと川に向かう。
ジャバジャバと川の中に入る。中々に水深が深い場所まで進んでいる。
「キュロスって泳げるの?」
「個体にもよりますが、キューとロスカは泳げるようですね」
心配になって尋ねたが、キューとロスカは問題なくプカーッと浮いていた。
微かに水中で足らしきものが動いているので、きちんと泳いでいるのだろう。
優雅に漂っている二匹を見ると、こちらまで癒される。
キューとロスカはキョロキョロと首を振ると、突然水中に潜った。
ジャバッとした音が鳴ると、水面に出てきたキューとロスカの嘴には魚が挟まれていた。
喉を器用に動かすとそれらが体内に収まっていく。
「川魚か! いいな! あたしも食べたくなってきたぞ!」
「魚の塩焼き……いいね!」
馬車の中には食料が積んであるが、せっかく目の前には新鮮な食材があるのだ。
どうせなら食べたい。
ここにやってくるまで汗もかいている。
焼いた川魚に塩を振りかけて食べると、きっと美味しいに違いない。
キューとロスカのせいで私とリーナの胃袋はすっかり川魚の気分になっていた。
「では、釣竿を取ってきますね」
「いや、いらねえ! ソフィア、昔のやつやるぞ!」
「任せて!」
馬車に戻ろうとするルーちゃん制して、リーナと私は靴を脱いで川の中に入っていく。
「小さな川ならともかく、このような大きな川では難しいのでは……?」
「まあ、見てろって」
呆然とルーちゃんが見守る中、リーナは視線を巡らせて魚の群れを探し、見つけるとすぐに追いかけた。
漫然と追いかけると魚の群れはすぐにばらけるのであるが、リーナはそうはさせないように機敏に動いて追い立てている。
一つの群れだけでなく、二つ目、三つ目も合流させ、ひとまとめにして追いかけていた。
「ソフィア、そっちいったぞ!」
「『プロテクション』」
追い立てられた魚の群れがこちらにやってきたので、私は聖魔法を発動。
生み出された障壁が魚の群れを完全に囲った。
そのまま障壁をルーちゃんの立っている岸辺に移動させると、行き場のない魚たちも一緒に移動する。
障壁で囲われた小さなスペースでは、たくさんの川魚が蠢いていた。
「わはは、大漁だな!」
「ルーちゃん、これで取り放題だよー!」
リーナが驚異的な身体能力で魚の群れを誘導し、私が聖魔法で一気に捕まえる。
完璧な捕まえ方だ。
「よく食卓に川魚が上がるとは思っていましたが、こうやって捕まえていたんですね」
「これならたくさん捕まえられるからね!」
苦笑するルーちゃんを前に笑顔で答える。
二十年前の教会はあまり裕福ではなく、十分な食料がなかったのでこうして各自で食料を調達していたのである。
聖魔法の妙な使い方であるが、こればかりはエクレールも黙認してくれた。
勿論、他の場所で変な使い方をすれば、即座に叱られたけど。
「いやー、久し振りにこれをやったな!」
「うん、上手くいったね」
二十年を生きてきたリーナからすればかなり久し振りだったに違いない。
私も気分的には少し前のはずだが、無性に懐かしく感じた。
「では、食べられる分だけを取って、塩焼きにしてしまいましょう」
「賛成!」
ルーちゃんが馬車からボウルを取ってくると、囲い込んだ鮎を手で掴んで入れていく。
「お、この鮎大きいぜ!」
「こっちはヤマメもいる! 綺麗!」
なにせたくさんいるので種類や大きさも選び放題だ。
リーナと一緒にできるだけ大きくて脂の乗った川魚を確保したら、聖魔法を解除。
囲われていた川魚たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
それを追いかけてついばむキューとロスカ。
更なる災難が降り注いで川魚たちも大変だ。
取った川魚のフンをしっかり押し出すと水で洗い、包丁で軽く鱗を取る。
鱗が取れたら串に刺していく。
正直、すっごく痛そうだけど命は無駄にしないので許してほしい。
ヒレや尻にしっかりと塩を塗り込むと、全体にも軽く塩をかけておく。
「リーナ、塩かけ過ぎじゃない?」
「あたしはこれくらいが好きなんだ」
まあ、ここに来るまでに汗はかいていたし、少し多めにかかっていても問題はないか。
私はあまりしょっぱすぎるのは苦手なので、ほんのりとだけにしておく。
「火の準備ができました」
ルーちゃんが焚火を用意してくれたので、火を囲うように串を地面に刺していく。
「後は焼き上がるのを待つだけだね」
適当な大きさの石を見つけると、そこに腰かけてジッと待つ。
パキパキと薪の爆ぜる音と水流の音だけが響き渡る。
時折、川魚から水分や油が落ちて、ジュウウッという音が鳴った。
お腹の部分が焼けると、串をくるりと回して背面部分を火に当てる。
「なあ、もういいだろ?」
「もう少しだよ」
気の早いリーナを静止させる。
既に美味しそうな匂いが漂っているが我慢だ。まだちゃんと焼けていない。
リーナは早く食べたいのか貧乏揺すりをしており、尻尾がふにゃふにゃと動いていた。
獲物を前にお預けを食らっている猫みたいだ。
ルーちゃんは落ち着いた様子で佇んでいるが、真剣な視線を川魚に注いでいた。
「もうそろそろいいだろ?」
「うん、大丈夫なはず!」
全体的にしっかりと焼き上がったことを確認した私は許可を出した。
各々が一番の焼き上がりのものを掴んでいく。
私も自分が育てた大きなヤマメを手に取った。
薄っすらと塩で化粧のされたヤマメに息を吹きかけて覚ますと、背中からパクリ。
パリッと焼き上がった皮はとても香ばしい。
皮の下にはふっくらとした白い身が控えており、口の中でほろりと砕けた。
「うーん、美味しい!」
「美味え!」
あっさりとした味ながら魚の脂がしっかりと感じられる。
苔を食べて育ったからか新鮮な風味をしており、臭みはまったくなかった。
「汗をかいたからか塩味が良いですね」
パクパクと身にかぶりつきながら感想を漏らすルーちゃん。
ガツガツと食べるリーナとは正反対に目を細めてじっくりと味わうように食べている。
そんな二人の様子を眺めながら頭にかぶりつく。
身とは違ったカラリと焼き上がった食感。
ヤマメの油が特に集まっている場所だからか旨みが一段と強く、これまた美味しい。
捕まえたばかりで新鮮なので内蔵だってそのまま食べられる。
淡泊な身の味と独特な苦みと旨みが加わって美味しい。
これが屋敷だったらすだちをかけてみたり、エールと一緒に楽しむんだけど、さすがに旅の最中にそんなことはできない。
「「クエエエ?」」
夢中になって食べていると、キューとロスカが興味を示したのかトコトコとやってきた。
さっきまで生で食べていたが、塩焼きにも興味を示したのだろうか。
「一本食べてみる?」
串を一本差し出すと、キューとロスカは器用に半分ずつ食べた。
「「クエエエエエエッ!」」
ゆっくりと咀嚼して呑み込むと、キューとロスカは興奮したように羽をバサバサと震わせた。
それから二匹してお代わりとばかりに焼いたものを食べていく。
「あー! ちょっと待って! それ私のだから! そっちにあるの食べて!」
「クエ?」
「おい、それはあたしのだぞ!? というか、ルミナリエ自分の分だけ抱えて逃げるな」
「戦略的撤退です」
キューとロスカが介入し、慌ただしくなりつつも私たちの笑みは絶えなかった。
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
https://ncode.syosetu.com/n2693io/
自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。




