聖域の便利な使い方
サレンから詳しい南部地帯のことを聞くと、屋敷に戻って準備を整える。
出発準備が整うと私たちは、南部に向かうためにキュロス馬車の御者席に乗った。
「おー!? お前のキュロス、普通のと色が違わねえか!? なんか聖力も感じるぞ!」
キューとロスカを目にしたリーナが好奇の視線を向けながら言う。
通常のキュロスは黄色や白といった毛の色なので、翡翠色の体毛だとひと目で違うことがわかる。
「えっと、私の魔法を浴び続けた影響で聖力を宿しちゃったみたい」
「変異種か! 抱えているこっちのスライムは?」
「こっちは私の結晶を食べちゃって……」
「マジかよ! 相変わらずソフィアは無害な顔してやることがぶっ飛んでるな!」
経緯を軽く説明すると、リーナが手を叩いて爆笑する。
ええ、そうかな? 意図してやったわけじゃないし、私としては普通に生きているだけなんだけ
ど。
リーナは軽くキューとロスカを撫でると、ひょいと左側に乗ってくる。
「ソフィア様、大丈夫ですか? 後ろに乗られます?」
間に挟まれる私を見て、ルーちゃんが心配する。
「大丈夫だよ」
ちょっと窮屈だけど、一人だけ荷台に座るっていうのも寂しいしね。
「そうですか。いざとなったらリーナさんには荷台に行ってもらいましょう」
「おいおい、あたしに対して冷たくねえか?」
「主であるソフィア様優先ですので」
抗議の声を上げるリーナに動じた様子なく答えるルーちゃん。
私の聖騎士は主想いなのだ。
『皆さま、お気をつけて~!』
「うん、行ってくるよ! 屋敷のことは任せたからね!」
「それでは出発します」
玄関まで見送りに来てくれたエステルに手を振ると、ルーちゃんが手綱を操作して馬車を進めた。
キューとロスカはいななき声を上げると、トコトコと歩いて屋敷の敷地を出る。
ゆっくりとしたペースで通りを進み、やがて南門の外に出た。
王都の外に広がるのは果てしない平原だ。
城壁付近には入場者が並んでいるが、そこを過ぎればだだっ広い街道が続くのみ。
ここからは周囲に気を遣う必要はない。
「走っていいよ!」
「「クエエエエエエッ!」」
私がそう言うと、キューとロスカは羽を広げて嬉しそうにいななき、足を速めてドンドンと加速した。
「うおおお! すげえ! 速いな!」
普通のキュロスならば出せないであろう速度にリーナは興奮している。
最初はあまりの速さに腰が引け、振り落とされそうになった私だが、さすがに何度も経験すると慣れた。
今では流れていく周囲の景色を楽しみ、スラリンを撫でる余裕もあるほどだ。
周囲に配慮する必要がなくなったのでキューとロスカは遠慮なく走っている。
まるで風と一体化したようでとても気持ち良さそうだ。
御者席に乗っている私もとても楽しい。
ここ最近は思いっきり走らせることができていなかった。
だから、今日は思う存分走ってほしい。
「キューとロスカ! 思いっきり走って!」
「「クエエエエエエエッ!」」
●
王都を出て南下し続けることしばらく。
キューとロスカは最初と変わらないペースで走り続けている。
炎天下であろうと乗せている人数がいつもより一人多かろうと、キューとロスカにはまったく問題ないらしい。
「さっき通り過ぎた村ってリカルドだよね?」
「はい、そうですね」
地図を確認しながら尋ねると、ルーちゃんがこくりと頷く。
「このままのペースで向かえば、五日ぐらいで辺境に入れそうだね」
王都から南の辺境地帯までキュロス馬車で十日はかかる。
しかし、今のキューとロスカの脚力と体力は尋常ではなく、通常の二倍ほどの速度で進んでいる。
さっき通り過ぎた村も、通常なら一日かけて進む距離にある村だった。
そこまでたどり着くのに半日もかかっていないからね。
「付与もかければもっと速く進めるんじゃねえか?」
リーナがわくわくとした顔で尋ねてくるが、それは難しい。
「そうなんだけど、付与をかけたら馬車の方がね……」
「そっかぁ。残念だな」
これ以上、速度を上げると、馬車の方にガタがきそうで非常に怖い。
「既に補強していますからね。これ以上の速度に耐えられるものとなると、根本的に新しいものにする必要がありそうです」
「確かにそうだね」
キューとロスカのパワーも上がったことだし、もっと重装甲な馬車でも大丈夫かもしれない。
できるかわからないが今度デクラトスに相談してみよう。
なんて考え事をしていると馬車が大きく揺れた。
「すみません、石を踏んでしまったようです。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。でも、少し休憩がしたいかな」
「ケツがいてえ」
リーナ。気持ちはすんごくわかるけど、もうちょっと言葉をオブラートにね?
「ちょうど川がありますし、あそこで休憩にいたしましょう」
空を見上げると太陽が中天を過ぎており、すっかりと昼だ。
昼食と休憩を兼ねて、私たちは川岸に馬車を停めることにした。
馬車が停止すると、リーナが一番に御者席から降り、続いて私もゆっくりと降りる。
久々に走れて満足げな様子のキューとロスカを労わるようにして撫でた。
さすがに長時間座っているとお尻が痛くなる。
お尻の筋肉をほぐすようにポンポンと叩きながら周囲を見渡す。
平原から森へと続く大きな川。
流れる水はとても綺麗で、覗き込むと魚が優雅に泳いでいる。
風が吹きつけると草花がサーッと潮騒のような音を立てて揺れた。
「景色がいいですね」
眺めていると、ルーちゃんが前髪を抑えながらやってくる。
「うん、ここならゆっくりできそう。でも……」
「どうかされました?」
「暑い」
綺麗な平原や森が見え、傍には綺麗な川が流れている。ロケーションは抜群なのだが、如何せん日差しが厳しい。
午前中は日差しが緩かったし、走っていることで風が吹いていて気にならなかった。
でも、午後になるにつれて日差しは強くなり、立っているだけだとかなり暑い。
ジッとしているだけでダラダラと汗が流れてくる。
これでは休めるものも休めない。
「まあ、夏ですから仕方がありませんよ」
「仕方がなくない! 私の魔法でなんとかする! 『サンクチュアリ』ッ!」
私は杖を構えると、聖魔法を発動。
私たちの場所を中心とした聖なる結界を作成する。
「おっ? なんか涼しくなった!」
「『サンクチュアリ』で日差しを防いでいるからね!」
「さすがソフィアだな!」
「しかし、どういう原理なのです? 私が張っても、このような効果は得られません」
賞賛してくれるリーナと、不思議そうに首を傾げるルーちゃん。
かつて聖女として稽古を重ねたからこそ気になるのだろう。
「『サンクチュアリ』は自身を中心とした結界を作成する聖魔法と認識されているけど、その真骨頂は自らの聖域を作りだし、自身に害なすものを弾くものなんだよ」
物理攻撃や魔法攻撃、状態異常攻撃、瘴気だけでなく、こういった自らが有害だと認識したものも弾くことが可能だ。
私はそうサレンに教わり、だったら日光なんかも防げるんじゃないかって気付いた。
「……なるほど。勉強になります」
私の解説を聞いて、メモを取るルーちゃん。ちょっと恥ずかしい。
「原理なんか知ってもあたしにも無理だけどな!」
一方、聖魔法が苦手なリーナはきっぱりと割り切っているようだ。
原理を説明されたとしても、それができるかどうかは別の話なのでリーナのスタンスも間違いではない。特に彼女は結界系が苦手だからね。
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
https://ncode.syosetu.com/n2693io/
自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。




