辺境の瘴気被害
翌朝。リーナの様子が心配で教会本部に顔を出してみると、ロビーでぐったりとしているリーナがいた。
「あっ、リーナだ」
「すごくぐったりしてますね」
ルーちゃんやフリードを相手にして手合わせを終えてもピンピンとしていた彼女が、たった半日見ないだけであんな風になるなんて。
「リーナ、大丈夫?」
おずおずと声をかけると、リーナは虚ろな目をこちらに向けた。
「昨日、なんか小難しい話をされた後、めちゃくちゃエクレールに説教を食らった」
「……そうだったんだ」
その一言だけで私はすべてを察した。
エクレールのお説教は聖女の地獄のような稽古に匹敵する。
冷静に理知的に反省するべき部分を詰めてくるのだ。
お説教なので当然なのだが、私やリーナのようなあまり理知的ではないタイプには、それは呪詛に近いものだ。
なぜ? どうしてその時にそうしたのか? もっと他にいい選択肢があったのでは? などと問いかけられた際には発狂して頭を抱えそうになる。
「お疲れさま」
「ああ」
とにかく、今の私がかけられる言葉はこれだけだった。
「にしても、魔王がいなくなったかと思いきや、次は魔神かよ。意味わかんねえよな」
「クロイツ王国では特に異変とかなかった?」
「うーん、ここ半年くらいで瘴気持ちの魔物が増えたなって感じたことや、魔王の眷属が一人コソコソしてたくらいだな」
「眷属がコソコソって何してたの?」
「さあ? 調べずに、とりあえずぶっ倒したから怒られた」
軽くぶっちゃけた様子のリーナに私は口を閉ざしてしまう。
今までの動きを考えると、魔王の眷属と魔神は繋がっているみたいだし、きっと動き出したことにも何か理由があったはずだ。
だけど、リーナはそれを調べることなく倒してしまったのだ。
眷属を討伐したのはいいことだが、素直に喜べることではない。
まあ、それに関してはエクレールにこってりと怒られたことだし、私たちがどうこう言えることでもないと思う。
「ソフィア、ちょっといい?」
「どうしたのサレン?」
なんて思っていると、受付をやっているサレンがやってきた。
「なんだサレン? 手合わせでもするか?」
死んだ魚のような目をしていたリーナが、みるみる潤いを取り戻す。
耳や尻尾がピクピクと震え、期待に満ち満ちていた。
昔からそうだったけど、この二十年で戦闘狂に磨きがかかっている気がする。
「しないわよ。大体、私じゃ相手にもならないでしょ。どうやって手合わせするのよ」
「サレンが結界を張って、あたしがぶち壊せるか、壊せないか勝負する」
「しないわよ。そんな不毛な勝負」
「えー? あたしは楽しいと思うけどなぁー?」
きっぱりと拒否するサレンを見て、残念そうにするリーナ。
「ところで、サレンさん。私たちに用があったのでは?」
ルーちゃんの言葉にサレンは思い出したようにこちらを向いた。
「実はソフィアとルミナリエに頼みたい依頼があってね」
「どんなの?」
「実は王国南部で瘴気被害が次々と起きているみたいなの」
「ついこの間までそんな被害はなかったよね?」
「ええ、今日になって情報が回ってきたのよ。王都とは距離もあるから、本当はもっと早くから被害があったのかもしれないわ」
南部といえば、王国内でいう辺境だ。
被害報告しようにも教会本部とはかなり距離があるので時間がかかるのだろう。
「被害の原因はわかっているのですか?」
「わかっているのは瘴気持ちの魔物が現れたことと、村人が被害に遭っていることくらいね」
ルーちゃんの問いかけにサレンは首を横に振った。
「つい最近までそのような被害はなかったのに怪しいですね」
「……もしかして、魔神が関与していたりするのかな?」
「わかりませんが、調べる価値はあると思います」
汚染地域から瘴気が浸食してきたり、瘴気持ちの魔物が移動してきた可能性も万が一の可能性もある。
「辺境には街や村も少ないから聖女や聖騎士はほとんどいないの。それに今は聖女や聖騎士を王都から動かすことは難しいから……」
辺境にはそもそも大きな街や村もないために人口が少ない。
そんな場所に貴重な聖女や聖騎士を常駐させておくことはできない。
それについ先日、王都の地下水路で魔王の眷属が出現したばかりだ。迂闊に戦力を動かすことはできないのだろう。
既に私たちの答えは決まっている。
「わかった! 私とルーちゃんで行ってくるよ!」
「いや、あたしも含めた三人だ!」
ポンと胸を叩いて自信満々に答えると、大人しく聞いていたリーナが言った。
「ええっ!? リーナもくるの!?」
「なんだソフィア? あたしが付いてくるのが不満なのか?」
驚く私の肩に腕を回してくるリーナ。
「いや、ないよ! むしろ、頼もしいけど使節団の護衛なのにいいの!?」
「ラスティは、王族やメアリーゼたちと話し合い続けるんだとさ。そんなの暇で暇で仕方がねえぜ。ここにいてもエクレールに小言言われるだけだしよぉ」
リーナはそうなのかもしれないけど、勝手に連れて行ったら私まで怒られちゃいそう。
縋るような視線を向けると、サレンは指でこめかみを摘まみながら、
「リーナが同行するには、ラスティアラ様の許可が必要よ。無許可で行ったら大問題だからね。国賓だっていう自覚を持ってちょうだい」
「ちえっ、しょうがねえな。ちょうどラスティがやって来たし許可貰ってくるぜ」
ちょうどリーナを探してロビーにやってきたラスティアラのところに向かうリーナ。
ラスティアラは最初こそ笑顔だったものの、リーナが口を開くごとにげんなりとした顔になった。
本来は使節団の護衛としてやってきているのに、違う依頼をやりたいなどと言われれば呆れるのも仕方がないかも。
やがてラスティアラは諦めたような顔を浮かべ、リーナが嬉しそうな顔で戻ってくる。
「いいってよ!」
「あの本当にいいんですか?」
「許可しないならしないで勝手に付いていくでしょうから」
「さっすがラスティ! あたしのことわかってんじゃん!」
能天気な反応をするリーナを軽く睨んだラスティアラだが、特に効果はなかった。
「わたくしは、しばらく会合のため王都に逗留しますし、他の聖女もきますのでリーナはお預けしますね。その方がドンドルマ王国のためにもなりますし」
「責任を持てるかどうかはわかりませんがお預かりします」
どこか諦観に塗れた表情をするラスティアラ。
この王女様も苦労していそうだ。
「あまり迷惑をかけないようしっかりと人々の力になるんですよ?」
「ああ、わかってる!」
ラスティはそう告げると、ツカツカと歩いてロビーの奥に消えていった。
「これであたしも行っていいよな?」
「そうね。許可も貰えたことだしね」
ウキウキとしながらのリーナの言葉にサレンも観念したように頷いた。
リーナが付いてくることで何も問題がないのであれば、私としても素直に嬉しい。
「それじゃあ、三人で辺境に向かおっか!」
「おー!」
「……お、おー」
私とリーナが拳を突き上げて叫ぶと、ルーちゃんが遅れて恥ずかしそうにしながらも拳を上げてくれた。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




