特性レモンウォーター
「ふう、いい汗かいたな。今日はこの辺にしとくか!」
額の汗をぬぐうリーナの清々しい声が手合わせの終了の合図となった。
中庭ではルーちゃんとフリードがボロボロの様子で膝をついていた。
本当は地面に倒れ込みたいところだけど、リーナの発破をかけるような言葉を受けて意地で踏ん張っているという様子。
綺麗な白銀の鎧は砂や草に塗れて、すっかりと汚れてしまっている。
今までルーちゃんがランダンなどと模擬戦するところは見たことあるが、ここまで激しいのは初めてだったのでハラハラした。
「ルーちゃん、大丈夫?」
心配になった私はすぐにルーちゃんのところに駆け寄る。
隣に座っていたミオもパタパタと走ってフリードの元へ駆けつけていた。
「すみません。ソフィア様の前でお見苦しいところを……」
「ルーちゃんが頑張っているんだもん。見苦しいなんて思わないよ」
と慰めの声をかけるもルーちゃんの表情が完全に晴れることはなかった。
やはり、護衛の聖騎士として誰かにコテンパンにされるというのは悔しいのだろう。
膝をついた状態で息を整えるルーちゃん。
ちょうど頭がいい位置にくる。
「……どうして頭を撫でるのです?」
「はっ、つい手の届く位置にあったから……」
ルーちゃんに指摘され、自分が無意識にルーちゃんの頭を撫でていたことに気付いた。
それでもせっかくのチャンスなので一通り頭を撫でておく。
ルーちゃんの方が身長が高いからナデナデする機会は意外とレアだ。
「あっ! 肌に傷がある! 治癒をしないと!」
夢中になって撫でていると、ルーちゃんの頬や腕に擦り傷があることに気付いた。
「『ヒール』」
私はすぐに聖魔法を使って、ルーちゃんの怪我を治癒させる。
翡翠色の魔力に包まれると、擦り傷は瞬く間に治癒された。
「他に痛いところはない?」
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「本当に?」
「ソフィアは心配性だな。ルミナリエだって、聖騎士として鍛えているんだ。お前の身体より遥かに丈夫だぞ」
ハラハラとした様子で心配する私に、リーナが呆れたように言う。
「だって、お腹に拳がめり込んでいたし、痣になってそう……」
「大丈夫ですよ。リーナ様はきちんと加減をしてくださりましたから」
「えっ? そうなの?」
念のために鎧を外してお腹を見せてもらったが、特に痣になっていたりなどの様子は見えない。
「ひゃっ!? なにするんですか!?」
薄っすらと筋肉の乗った白いお腹があまりにも綺麗で、つい指でなぞってしまった。
ルーちゃんの口から短い悲鳴が漏れ、顔が真っ赤に染まる。
「念のための触診だよ」
「そ、そうですか。邪推してしまいすみません」
抗議の声を上げたルーちゃんだが、真剣な顔で告げると申し訳なさそうに謝罪した。
それにしてもいいお腹だ。表面はほんのりと柔らかいお肉が載っているのに、その奥にはぎっしりとした筋肉が詰まっている。
女性らしさを損なわない上で極限まで鍛えられているって感じだ。
後ろではリーナが「いや、絶対わざとだろ」などとこぼしているが無視して、私は真顔で医療行為を行い続けた。
「うん、特に問題はないみたいだね」
「ありがとうございます」
医療行為が終わる頃にはルーちゃんの息もすっかりと落ち着き、ゆっくりと立ち上がった。
フリードの方も問題なかったみたいで、ミオにヒールをかけてもらうと同じように歩き出す。
『お疲れ様です、お飲み物をご用意してありますよ』
屋敷のリビングに戻ると、エステルがタオルや飲み物を持ってきてくれた。
厳しい日差しで誰もが汗をかいてくれたので、エステルの配慮がとても嬉しい。
なみなみと注がれる水差しを見ていると、その中にレモンなどのスライスされた果物が入っているのに気付いた。
「わっ! なんか果物がいっぱい入ってる!」
『レモン、オレンジ、ライム、フレッシュミントを入れた特性レモンウォーターです!』
私が指さしながら言うと、エステルが嬉しそうに教えてくれる。
氷の入ったグラスの中にレモンウォーターが注がれ、仕上げとばかりにピンセットでスライスされた果物を乗せてくれる。
『どうぞ!』
ただの水分補給なのに女子力が高い! 見た目もオシャレだし、身体の中から綺麗になっちゃいそう。
グラスを手に取って、口をつけてみる。
「美味しい! 普通の水より飲みやすい!」
「……フレッシュミントがとても爽やか」
冷たい水の中にレモン、オレンジ、ライムといった柑橘系の味が一気に広がった。
さらに追いかけるようにフレッシュミントの清涼な風味が広がり、飲み口が実に爽やかだ。
『夏はどうしても暑さで身体が疲れてしまいますからね。少しでも皆様が元気になれるようにって思いました』
「さすがエステル! ありがとう!」
私やミオが礼を言うと、エステルはほんのりと頬を染めて微笑んだ。
汗をたくさんかいていたフリードやルーちゃんはごくごくと喉を鳴らし、リーナはお代わりを要求し、エステルが甲斐甲斐しく注いでいた。
『お風呂もご用意してありますが入られますか?』
「いえ、私は少し身体を休ませたいです」
「同じく」
ソファーでぐったりとしながら答えるルーちゃんとフリード。
汗をかいた後は割と早く風呂に入りたがるルーちゃんだが、今日ばかりにすぐに入る気になれないようだ。
「二人とも情けねえな。もうへばったのか」
「うるさい」
「……申し訳ありません」
腰に手を当てて呆れたようにリーナが言い放つが、フリードとルーちゃんは疲れすぎていてロクに返事もできなかった。
そんな光景を見て苦笑していると、ミオが袖をくいくいっと引っ張る。
「……ソフィアの世代の聖女って、皆こんなに強いの?」
「いやいや、聖騎士を倒せるような聖女なんてリーナくらいだよ」
「……そう。ちょっと安心した」
きっぱりと答えると、ミオはホッとしたように胸を撫でおろした。
確かに私の世代は皆レベルが高かったけど、聖騎士二人に打ち勝てるような聖女がゴロゴロと転がっていたりしない。聖女の役割は後方支援が普通であり、リーナが異端なのだ。
私に同じように前線を張れと言われたら、すぐに拒否して逃げ出すだろう。
色々な意味で彼女はおかしい。聖騎士より強い聖女ってなんなんだろう?
「二人が入らねえんなら、あたしが先に風呂に入るぜ」
「そうはいかないわ!」
そう言ってリーナが浴場に向かおうとしたところで、出入り口の方から声がかかった。
振り返ると、そこには王城に行っていたはずのラスティアラがいた。
ベルが鳴った気がしなかったけど、勝手に外から入ってきたのだろうか。
人見知りのミオがサッとフリードの後ろに隠れるのが見えた。
「おう、ラスティじゃねえか。城の用事は終わったのか?」
「終わったというか切り上げることになったというか。とにかく、大変な事がわかったからメアリーゼ大司教のところに行くわよ」
ラスティアラの焦りようから恐らく国王たちから魔神についての話を聞いたのだろう。
「……それってどうしてもあたしが行かないとダメか? 今から風呂に入りたいんだけど……」
しかし、それとは正反対に自由なのがリーナだ。能天気にそんなことを言う。
これには寛大だったラスティアラも額に青筋が浮かんだ。
「ダメに決まってるでしょ! お風呂なら教会本部にもあるから、今度はちゃんと付いてきなさい!」
「ソフィア、助けてくれ! あたし、教会本部に行きたくねえ! だって、メアリーゼやエクレールに絶対怒られるし!」
ラスティアラに腕を掴まれてリーナが引きずられて行く。
普段からかなり無茶をしているのだろう。
その気持ちがわからないでもない私は助けたくなったが、クロイツ王国との連携は非常に大事だ。
「頑張ってね」
込み上がる気持ちをグッと我慢して私はリーナを見送った。
決して彼女に巻き込まれるのが怖いとかではない。
これは平和な未来のためなのだ。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
https://ncode.syosetu.com/n7036id/
冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




